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第四十八話 リアマンタとゼッピア

「うっ……」


 俺は二人のそばを離れた。


「オロロロロロ……」


 茂みに吐く。


 口元を拭って二人の元へ戻った。


「失礼……我慢できなかった」


「気にしなくていい。感覚が優れている奴ほどそうなる」


「すみません。ほとんどの人は大丈夫なんですけど……」


 少女の方も謝ってくれた。


 俺は「問題ない」と首をふる。


 俺たちの近くにはクハルナーたち四人の姿もあった。彼女たちはまだ眠っている。


 周りを見回す。


 さっきの場所と似たような景色だけど、やはり違う。ごく短時間で移動したようだ。これもゼッピア――この少女の力のようだった。


「まずは、ありがとうと言わせてくれ。……助けてくれたんだよな? あのままではまずい状況だった。俺はともかく、仲間の方がね……。まだ目を覚まさないし、きみたちが来てくれなかったら、どうなってたか……」


「感謝には及ばない。私たちにも私たちの事情があっただけだ」


 そう赤いフードの女は控えめに首をふった。


「よければ名前を教えてくれないか?」


「リアマンタだ。――こっちは弟子のゼッピア」


「ゼッピアと申します。よろしくお願いします」赤いフードの少女がぴょこんと頭を下げる。


「弟子? ……失礼、ご職業は? 魔法が使えるみたいだけど、冒険者ともちょっと違うみたいだ」


「報酬の出処がちょっと違うだけで、やっていることは同じさ。人間に害を与えるモンスターを狩る――。冒険者の主な仕事もそれだろう?」


 リアマンタはフードの奥で薄く笑った。


「差し支えなければ、その事情ってやつを聞かせてもらってもいいか?」


「ルトヴィヒという男を知っているな? きみがついこの間まで所属していたパーティーのリーダーだ」


「……」


 俺は一瞬黙ってしまった。


……嫌な名前が出た。


 表情にも出てしまったかもしれない。この嫌悪感は隠しようもなかった。


「……あいつがなにか? 処刑はとっくに済んだはずだけど」


「きみはあのとき見にきてはいなかったな? もし広場で見かけていれば私も覚えているはずだ。記憶力は悪くない方だからな。――ギルドで一連の事情は聞いた。実際に処刑される瞬間を見て溜飲を下げるくらいは許されたはずだ。なのに、きみは来なかった……」


「……」


「まあ、それはきみの自由か。とにかく、ルトヴィヒという奴はそれほどの男だった。あいつがいなくなったことによって、さまざまな証言をする人間も出てきたしな。そうやって酒場なんかで陰口をたくさん聞いたよ。その中でわかったんだ、きみがあのパーティーで不遇な扱いを受けていることを」


「確かに、恵まれた立場とは言い難かったよ。でも、もう終わったことだ」


「それが終わってないとしたら?」


 俺はリアマンタを見つめる。


 彼女の顔は真剣だった。とても仮定の話としているとは思えない。


「……どういうことだ?」


「きみは悪魔を目にしたことは?」


「?」


 質問の意図ははかりかねた。


「悪魔? 見たことはないな。ふつう目に見えない存在だと聞いている。一部の例外を除いてな――魔女が儀式なんかで呼び出して助力を請うとか――正直、眉唾な存在だと思っていた。その魔女にしたって、いままでは会ったこともなかったしな」


「いままでは? では、最近会ったのか?」


「不本意ながら、仕事の途中で出くわした。もう会いたくないものだけど……」


「魔女と遭遇して命があるなら、相当運がいい。……で? 実際に魔女を目にして考えは変わったか?」


「いや、魔女は魔女だろ? 悪魔じゃない。悪魔もいるかもしれないけど、昔から代々言い伝わるような存在じゃないと俺は思っている。ただのモンスターの一種だと。ドラゴンより強いかもしれないが、決して神がかった強さではない――」


「悪魔はモンスターとは違う。両者は決定的に異なる。モンスターは人間と同じく、肉体に魂が宿ったものだが、悪魔は魂のままこの世に存在している。あらゆる肉体を行き来することができ、完全に滅することは難しい」


「詳しいんだな? もう一度きく。きみたちの職業は?」


「ああ……すまない。そういえば答えてなかったな」失念していた、というふうにリアマンタは首をふった。「私たちは悪魔払い師だ。教会の命を受け、悪魔を滅することをなりわいとしている」


 悪魔払い師――実際に見るのは初めてだった。


「教会、か……。さっきのこともあるし、あんまりいい印象はないな。異端審問官とは親戚みたいな関係なのか?」


「異端審問官――さっきの場所にいた女か。……なにがあった? どんな理由で揉めていたかは知らないが、一応弁解しておこう。悪魔払い師と異端審問官は仲間ではない。敵でもないがな」


「本当か?」


「討伐対象が悪魔か魔女かというのがまず違うわけだが、現場では縄張り争いみたいなことがよく起きる。まあ、向こうがこっちを一方的に嫌っているといっていい。私たちは魔女も相手できる力があるが、向こうは悪魔には対応できないからな。その劣等感が攻撃性に繋がっているのさ。幼稚な連中だ」


「そういうお師匠様の態度が嫌われる一因にもなっていると思いますけど。悪魔払い師ではなく、お師匠様個人が」


 弟子の少女――ゼッピアが横から口を挟む。


 そのチクリとした指摘に、リアマンタの方は口を歪めた。


「話が逸れてしまったな――そうだ、ルトヴィヒだ。きみのパーティーのリーダーだった男が処刑される瞬間、悪魔と契約を結んだんだ」


「……契約、だって?」


「契約者の魂をもらうのと引き換えに、契約者の願いを一つ叶える――そんな甘言を手土産に悪魔は対象に近づく」


「……」


「どんな願いでもいい、と最初こそ言うが、悪魔は巧みに話を誘導し、憎い人間を呪うような方向へもっていく――そうすれば呪いを連鎖させることができるからだ。大事な人を救って欲しいなどといったヌルい願い事にはしない――絶対にな。すべての不幸には原因がある、誰かしらの暗躍がある、と激情を煽る。偽の情報も平気で伝える。死ぬ間際の人間に正常な思考など望めない。契約が結ばれると、悪魔は適当な肉体を見繕い、仕事に乗り出す。そして契約者に頼まれた者を苦しめたあとに殺すと、その魂にまた話を持ちかける。……誰か憎い奴に心当たりは? もしいなくても、じつはこの裏にはある人物の思惑があってだな、と……」


「……」


「まあ、最初から特定の人物を憎んでいるなら話が早い。契約はさっさと結ばれ、悪魔も作り話をする必要もない。ルトヴィヒ――あの男はどうだっただろうか? 悪魔と契約者の話を盗み聞きすることは不可能だから、つぎ狙われる人物は特定するのは簡単じゃない。周囲の人間から聞き込みをして、予測するんだ」


「……」


「きみに否はないことはわかっている。きみのギルドでの評判も上々だった。パーティーを抜けるよう勧める声もあったのに、きみはそうしなかった。責任感ゆえか? ……まあ、なんでもいい。だが、きみをそばに置きながらあのルトヴィヒという男は汚い仕事に手を染め続け、とうとうそのツケを払うときがきた。悪事がばれ、処刑台へ送られた。きみ一人だけが罪には問われなかった。それは当然のことだけど、やつはそうは思わないかもしれない。いや、きっと考えるだろう。すべての原因はきみにあると。ヨハン――あいつがおとなしく従っていれば、こんな事態は招かなかったのに、と」


「……」


「実際にルトヴィヒが誰の名を挙げたかはわからない。だが、私の追っている悪魔――アンドラスなら、まずきみを候補として考えるはずだ。もしルトヴィヒが迷った場合、最初にきみの悪評をあれこれ吹き込むだろう。スケープゴートにするなら、きみが一番簡単だ」


「俺が、ルトヴィヒ――いや、アンドラスとかいう悪魔に狙われているのか?」


「その可能性が高いと私は踏んだ。だから、きみに話を聞きに来たんだ。まあ、周囲から話を聞いた時点でかなりきみの線が濃厚になったからな。建前は話を聞きに来たということにして、近くで様子を見ることにしたんだ」


「……その、悪魔はすぐに現れるのか?」


 俺はきいた。


 リアマンタはうなずく。


「そうだな。あまり猶予はないといえる。奴らは我慢というものを知らない。男が自らの体液で女を汚すことを極上の愉悦とするように、奴らもまた罪人の魂をさらに汚すことをやめられない。奴らの使う探索方法も万能ではないが、一方で完全な秘匿手段もない。結界に籠もってもいないかぎり、すぐに姿を現すだろう」


「お師匠様……その例えは必要ですか?」


 弟子のゼッピアがおずおずと口を挟む。


「俺はどうすればいい? きみたちが結界を張ってくれるのか?」


「いいや、なにもしない。きみは囮だ――きみを餌にして、アンドラスをおびき出すんだ」


 そうはっきりと口にするリアマンタ。


 俺はしばらく絶句してしまった。


「それはそれは……喜ばしい待遇だな」


「多少の時間稼ぎはできても、いずれは嗅ぎつけられる。だったら、最短時間で勝負したほうがいい。私たちがきみを守る。きみは私たちを信じて、じっと待っていればいいんだ」


 リアマンタが強い口調で言う。


 自信、というよりは、決意のこもった口ぶりだった。


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