第四十七話 赤いフードの女 と少女
赤いマントに身を包んだ人物だった。フードをかぶっており、横顔すら見えなかった。
そいつは鎧男に正面から肘鉄をくらわせた。男のみぞおちに向かって。
――いくら勢いがついていたといえ、それは相手も同じだ。鎧をまとった相手では、ぶつかっていった方が逆に吹っ飛ばされてもおかしくなかった。
だけど、確実に格闘術の心得があるであろう、きれいな打撃――打った方はそのまま地面に残り、鎧男だけが身体をくの字に曲げて吹っ飛んでいった。
鎧男は空中で体勢を立て直し、後ろへ倒れることはなかった。膝をついた姿勢で、突然の乱入者を睨みつける。
「誰だぁ、てめぇは!?」
「『強打の札』五枚だ――」
赤いフードの人物が言った。
――声は低いけれど、確かに女性のものだ。
赤いフードの女は男の腹部を指差していた。
「……!?」
自分の腹部を確認する男。
そこには確かに複数枚の紙切れがくっついていた。
「いきなりだが、挨拶代わりだ――別れの、な」
「――」
その瞬間、目に見えない衝撃が鎧男を貫いた。
男の身体が浮く。
衝撃は連続――。
間を空けずに五回――鎧を鈍器でぶん殴るような音が奏でられた。
鎧男は空へ打ち出され、そのあと地面に叩きつけられた。
包んでいた鎧が解除され、男は元の姿に戻る。
男は小さく呻いたあと、動かなくなった。どうやら気を失ったらしい。
「……あんたは?」
「ただの通りすがり。ただ、ちょっとばかし善良な」
俺がきくと、赤いフードの女はわずかに口角を上げた。
「……」
「……信じてないな。まあ、正解だ。私は通りすがりでもないし、善良でもない。おまえたちが争っている理由もわからないのにおまえの方に加勢したのは、探している人物と特徴が一致するからだ。――おまえ、名前はヨハンといわないか?」
「……!」
俺が答える前に、赤いフードの女へ影が迫る――。
仲間のもう一人――鎧男とジャンケンをしていた奴――が声も発せず突進してきていた。
「……」
赤いフードの女は視線を戻すと、逃げようともせず相手を迎える。
女は素手。
相手の戦士も武器を持っていなかった。
ただ、鋭利に尖った手甲を装備していた。あれは防具であり、武器でもあるのだろう。
男は突風のように大地を駆けた。
彼の拳が女へ至る。
避けようもない速度だった。
「――」
が、予期していたような音はなかった。
代わりに、強い風が彼ら二人を中心にして球状に吹き抜ける。
女は男の拳を受け流し、その衝撃を逃していた。
男はすかさず打撃を重ねる。
女はそれらのすべてをガードした。
体術は互角。いや――このままでは女は反撃の糸口が掴めない。
「……」
俺は助けに入るのを躊躇していた。
理由はまだ聞けていないけれど、彼女は俺を助けてくれた……。
なぜか俺を探していたらしい。なにが目的はわからないけれど、とにかく助けてもらったのは事実だ。
……なら、俺も借りを返したい。
だけど、毒魔法を使えば二人ともに当たってしまう状況だった。
そのあとで女の方だけ術を解除すればいいとも思ったけれど、あの速度での攻防戦だ――彼女の方がわずかにでも先に動きを止めてしまえば、その瞬間に男の攻撃が当たってしまう。
僧侶のダクマリーに回復魔法を頼んだとして――彼女がまもなく起きれば、の話だけど。いまのところその様子はない――赤いフードの女が即死してしまっては意味がない。
あの拳が当たれば、きっとそうなる――そうたやすく予想できるほど、男の打撃は並外れたものだった。
「――」
だけど、二人の攻防は長くは続かなかった。思っていたよりずっと早く決着した――。
街道の向こうにいるルトヴィヒの兄ともう一人――彼らが突然の乱入者に気づくまえに――いまは異端審問官のコージータにかかりっきりだけど、いつ終わるかもわからない――それに、手甲の男に動きを対応されてしまうまえに――いずれ目が慣れるのはお互い様だが、引き出しの多さでどうなるかはわからない――赤いフードの女は即座に勝負手に出た。
「――」
正直、離れて見ていた俺にもいつの間に仕掛けていたのかわからなかった――赤いフードの女は、挙動のどこかで男の足元にあの札を置いていたらしい。俺も当事者と同じく、彼の片足が突然跳ね上がったことでそのことを知った。
「……っ!」
おそらく威力は調整されたものだった。手甲の男は吹っ飛ぶことなく、その場ですこし浮き上がっただけ。
充分すぎる隙だった。地面に足をつけずに力を発揮できる人間はいない。
「――」
赤いフードの女は相手の顔面に掌底を叩き込む。手甲の男は吹っ飛んだ。
もちろん、それだけじゃない。男の顔面には、またしても札が貼ってあった。
衝撃が顔面のみに集中して三連打。
そのあまりにも強烈な追い打ちに、男は地面の土をえぐりながら転がっていった。
「もう一度きこう。おまえがヨハンか?」
赤いフードの女がふりかえって言う。
まだ顔は見えない。低いけれど、よく響く声だった。
「……あんたに答える必要が?」
「その一拍の間は肯定と受け取ろう。私は――いや、紹介はあとにしようか。とりあえず、ここを離れよう。このままでは落ち着いて話もできない」
「もちろん、そうしたいところだけどさ……」
俺は遠くにいるルトヴィヒの兄に視線をやった。
彼らもこちらの状況に気づいたようだった。
「ディクラス! イェルマー! おまえら、どうしたぁ!?」
ルトヴィヒの兄が仲間の名前を叫んだ。
「あン!? おまえ、誰だぁ!? どっから来やがった!?」
「ああ、こちらは気にせず続けてくれ。邪魔はしないよ。ただ、ヨハン――彼は連れていく」
「あぁン!? なに言ってやがる!」
「そうですよ! 横取りしないでください!」
ルトヴィヒの兄とコージータが同時に吠えた。
二人はこっちに向かってくる。とりあえず一時休戦して、共通の敵を叩くつもりのようだった。
「……どうするんだ?」
俺はきいた。
赤いフードの女はうなずく。
「動かなくていい。――ゼッピア。出番だ」
「はい」
その可愛らしい声は、俺の背後から聞こえた。
俺がふりかえるより早く、その背中は俺のまえに現れていた。
俺どころか、赤いフードの女よりはるか先――ルトヴィヒの兄とコージータの進路をふさぐように、街道の真ん中に――。
彼女も赤いマントを羽織っていた。ただ、そのシルエットはずっと小さい。どうやら子供のようだった。
「どけ、クソガキ!」
「どいてください、死にますよ!? っていうか、死んでください!」
またもルトヴィヒの兄とコージータの声が重なる。
二人とも加減するつもりはないようだった。速度を緩めることなく武器をふりかぶる。
その少女がなにをしたかはわからなかった――ただ、両手を前に出したことくらいしか。
「――!」
次の瞬間、ルトヴィヒの兄とコージータは激突していた。
――もろに顔面から――正面衝突だ。
並行していたはずの二人の姿が、一瞬消えたように見えた。
そして、次に見えたときにはぶつかっていたのだ。
二人の身体の向きが変わっていた。おそらく、進行方向を変えられたのだ。
両者はぶつかっただけ。だけど、普通の人間が街角でぶつかったのとはわけが違う。
突風のような速度で走ることができる強者の二人が真正面から激突したのだ。尻餅をつく程度では済まない。それこそ、お互いハンマーを顔面に叩きつけられたくらいの衝撃を受けただろう。
「……」
想像して俺も思わず顔をしかめていた。
ルトヴィヒの兄とコージータは衝突のあと、お互いに大きく弾き飛ばされた。二人とも大の字になって地面に倒れる。彼らも気絶したようだった。
これで俺と赤いマントの二人以外に残ったのは、魔法使いらしき男一人だけ。
「……」
彼は遠くからこちらをじっと見据えていた。
劣勢のはずだけど、退く様子はない。
「やれやれ、みんな無様だね。……さあて、僕はどうしようかな?」
彼は笑っていた。
この状況でもなんとかできる自信があるようだ。
彼もB級パーティーの一員――それを自惚れと一蹴するのは早計だろう。
「あいつはどうする?」
赤いフードの女にきくと、「なにも」と彼女は首をふった。
「仕掛けてくるなら応じるが、それをわざわざ待つ気はない。予定通りだ、場所を変えるぞ」
「待ってくれ。仲間がいるんだ。置いてはいけない――」
「……どいつだ?」
「……」
俺はクハルナーやイーザシャたちの倒れている位置を視線で伝えた――彼女になら、それだけで伝わると思ったのだ。
期待どおり、赤いフードの女はうなずいてくれた。
「だそうだ。――ゼッピア。数が多いが、いけるか?」
「そんな数は初めてですけど。たぶん、いけます」
離れたところで赤いフードの少女が応えた。
「なにを僕そっちのけで話してるんだい? ――寂しいじゃないか!」
魔法使いの男が叫ぶ。
彼が術を放とうとする気配があった。
俺は攻撃に備える。
でも、避ける必要はなかった――。
「――酔うなよ? 少し動くぞ」
女の低い声が、遠くと耳元で重なるように聞こえた――。




