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第四十六話 寄生鎧 ブラックスライム

 具体的には、男の左肩から――。


 勢いよく突き出たものが俺の顔面へ。


 とっさに身体が動いていた。顔をふり、それを避ける。


 俺は眼球を動かし、頬の横にあるモノを見た。


 それは、鈍く銀色に輝く硬質な物体だった。


 先端は鋭利に尖っている。まさに槍の穂先そのものだ――。


 なおもそれは動こうとする気配があった。それを察知し、俺は横に飛ぶ。その刃は曲がりながら勢いよく伸び、俺を追ってきた。


「……っ!」


 俺はなおも避け続けながら距離をとった。刃は生き物のように俺を追ってきた。


 二十メートルを越えたあたりで、刃はピタリと動くのをやめた。このへんが射程距離の限界のようだった。


 俺は改めてソレを見た。


 触手にも見える銀色の刃は、いまや男の身長の十倍以上にも達していた。


 ソレは男の内側から肩口を破って出てきているようにも見える。だけど、血は出ていなかった。となると、彼とソレは別々のもではなく、一つの生き物ということになる……。


 男は、やれやれというふうに大きく息を吐いた。


「コイツの難点は、攻撃をもらわないと起きないところでな。それで、俺はたいして使えもしない剣を持ってまずは戦わないといけないってわけだ。だが、これでおまえを敵として認識してくれたようだ。こっからが本番だぜ」


「……それはなんだ?」


「とあるダンジョンの奥で見つけた鎧さ。宝箱を開けたときには、ごくごく普通の鎧に見えたんだがな。――まあ、ちょっとばかし立派ではあったけども。ちょうどそのとき着ていた鎧がボロボロになってたもんで、俺は着替えることにしたんだ。――で、いざ着てみると、この鎧は俺の身体を乗っ取ってきやがった。コイツはこういう生き物で、寄生する鎧だったのさ」


「……」


 世界は広い。そして奥深い。ダンジョンの奥には様々なものが眠っているとはいうが、まさかこんなものまで存在するなんて……。


 防具という形をとっているが、寄生生物である以上、宿主を守ろうと動く――それは鎧であり、同時に武器でもあった。


「でも、なんでそんなに喋れるんだ? 全身が痺れてるはずなのに……」


「舌を動かしているのも筋肉だろ? いまは舌と喉の筋肉もコイツが無理やり動かしているんだ。外側から操るようにな。で、喋れるってわけだ」


 男は膝をついたままだった。


 彼の身体から伸びた触手のような刃は、引っ込むこともなくゆらゆらと宙を漂っている。


「俺は遠くからでも仕留める技がある。……あんたはどうだ?」


 このまま彼が動かないなら、勝負はついたも同然だった。


 だけど、男はニヤリと笑う。


「……聞いてなかったのか? コイツに与える支配権を増やせば、俺は動かずとも動ける。なんなら、俺は眠ったままでも戦えるってことだ――」


 彼の身体全体が脈動した。


 男のあらゆる部分から銀色の物質が飛び出してきて、その身体を覆った。この状態になるとはっきりわかった――確かにソレは鎧だった。


 男は立ち上がる。


 見た目はフルプレートアーマーの戦士そのもの。だけど、見栄えを気にする騎士ならいざしらず、実戦の数が桁違いな冒険者であんな鎧を着る奴はいないだろう。理由は単純、動きが鈍くなるからだ。


 だけど、こいつは違った。それもそうだ、コイツは鎧を着た人間ではなく、鎧そのものなのだ。人間に寄生した、動く鎧――。


 男の突進をかわした。ふりかぶった腕にはなにも握られていなかったが、そこから刃が飛び出してくる。それもかろうじてかわした。


 頬に熱さを感じた。……ちょっとかすってしまったようだ。


 かわしてもかわしても、寄生鎧の男はしつこく向かってくる。攻撃の一つ一つが全力だった。人体の可動域を超えた動きなうえ、スタミナも人間のそれじゃない。


 俺は舌打ちする。面倒な相手だと思った――。





 異端審問官コージータと相対するアルトガー。彼は己の勝利を疑ってはいなかった。


 アルトガーの操る曲刀が音もなく振られる。上下左右、あらゆる角度から。


 コージータの使う仕込み杖は長槍ほどの長さがある。そのリーチ差をものともせず、アルトガーの方が攻め立てていた。


 しかし、コージータもよく防いでいるといえた。なにせ、相手はB級冒険者なのだ。その剣を一分でもしのげる人間がこの大陸にどれほどいるだろう。


 早く終わらせると言っていたアルトガーだったが、剣を交えたいまは少しだけ気が変わり始めていた。相手の予想以上の腕前に素直に感心していたのだ。とはいえ、彼もまだ全然本気ではなかった。アルトガーから自然と嗜虐的な笑みがもれる。


 コージータも己の分の悪さを感じっていた。このまま武器だけでの戦いでは厳しいだろう。だけど、それは相手が本職の戦士だからだ。その点、彼女は武器が本命じゃない。彼女はあくまで魔法使いだった。


 互いの刃がぶつかり合い、遠くから見れば真夏の日の水面のように激しくきらめく。


 そんな攻防のさなか、コージータは槍から左手を離した。その手がすばやくポケットの中のベルを引っ張り出し、鐘の音を鳴らす。チリーン……。


「――っ!」


 アルトガーの視界に影が差した。それが自分の瞼だと遅れて知る。それくらいの睡魔だった。コージータのベルに込められた魔法により、強制的に瞼が閉じられようとする。


 しかし、あくまでそうなっただけだ。戦闘中の気の昂りにより、術も完全にはかからない。それは仕掛けた側のコージータもわかっていた。だから、続けざまに次の手を狙う。


 一瞬にも満たないわずかな隙だったが、視界が狭まったことによりアルトガーはコージータの唇が動いたことを見逃していた。彼女は小声で呪文を詠唱し、魔法を発動する。


 途端に地面が軟化した。


 詠唱の短縮化により、術の効果はごくごく限定的だった。


 範囲はアルトガーの足元まわりだけ。威力も、重心のかかった方の足をつかのま沈ませる程度。


 だが、それだけで充分だった。アルトガーにとっては、気力をふりしぼって眠気を払ったと思ったら急にバランスを崩していたことになる。なにがなんだかわからない。地面がやわらくなったせいとは理解できず、とっさに踏みとどまろうとしてしまった。しかし、いかに足に力を入れようと、やわらくなった地面の上では意味がない。


 コージータは右腕一本で槍を突き出した。アルトガーのどてっぱらに向かって。


 避けようもないタイミングだった――が、それが真正面からはじかれる。


「――っ!」


 魔法による防壁だとコージータはすぐに理解した。


「……ちっ!」


 察した彼女は即座に飛び退く。


 タイマン勝負に余計な手を出されたのはあきらかだった。


 距離をとろうとしたコージータに詰め寄る小さな影――。


 目がなく、顔には大きな口だけという異形のコウモリ――それが一匹、彼女の左手に噛み付いた。


 狙いは、その手に握られていたベルだった。彼女の指ごとそれを奪い取る。


 コウモリはそれから強靭な顎の力でベルを噛み砕いた。バキバキ、とコージータの指の骨を砕く音も混ざる。


「そのベルは反則じゃない? 没収させてもらうよ」


 コージータは声のした方を睨みつけた。


 アルトガーの奥にいた術士の男――モデストレだ。


「……せっかくいいところなのに、水を差さないでくれます?」


 コージータの左手からボタボタと血が垂れる。指が三本、根元から失われていた。


「一対一の戦い、ってわけでもないでしょ? 最初からさ」


 モデストレは飄々と応えた。


 アルトガーはすでに沼の中から抜け出していた。眠気の名残りを払うかのように目をこすり、足元の感触を確かめるようにブーツの底で地面を蹴っている。


「ああ、礼ならいらないよ。パーティーのリーダーを助けるのは当然だからね」


「……邪魔をした仕置きは、ケツ叩き二十回で許してやる」


「げっ」


 アルトガーの返しに顔をしかめるモデストレ。


 そのあいだにコージータは自分に回復魔法をかけていた。指の欠損程度、たいして時間はかからない。数秒、白い光が彼女の手を包んだあとには、また元通りに指が生えていた。


 アルトガーは首の骨を鳴らしてからコージータの方へ向き直る。


「おい、メス豚。――雑魚のくせに、わずかだが俺に傷をつけそうになったのは褒めてやる。まぐれだとしても、そうそうあることじゃない」


「……傷どころか、致命傷だったはずですけど」


 ボソリと反論するコージータ。アルトガーは聞こえないフリをした。


「だから、その褒美としてちょっとだけ本気を出してやるぜ――」


 アルトガーはベルトについたバッグから、細いガラスの容器を取り出した。中には黒い物質が入っている。彼はその蓋を開けると、容器を逆さまにした。


 中に入っていたものは、一見すると液体に近かった。ソレはとろりと地面に落ちる。しかし、土に染み込むことはしなかった。


 黒い液体はモゾモゾとひとりでにうごめく。やがて、またたく間に人間のサイズよりも大きくなった。これほどの質量があの小さな容器に収まっていたというのは異常だ。だが、驚くには値しない。魔術の世界では常識も天地もひっくり返るものだ。


 その液状の塊は人の形へと変化した。となりのアルトガーをそっくりそのまま形どる。


「これはブラックスライムだ。まあ、まんまだな」


 アルトガーは言った。


「こいつは、とあるダンジョンの深層で捕まえたんだ。なにせ、そこで見つけた宝箱にコイツの従わせ方が巻物で記されていたからな」


 アルトガーはマジックボックスから剣を一振り取り出した。自分が使っているものと同じ曲刀だ。それをブラックスライムに渡した。


 曲刀を受け取った人型のスライムは、剣を抜いてかまえた。その構え方、そして漂わせる雰囲気……。それらは、となりにいる本物のアルトガーと瓜二つだった。


 全身が黒光りしていること以外はまったく一緒だ。衣服や装飾品も、シルエットだけではあるが完全に再現している。


 まるで影のようだった。己の意思を持ち、立体的に出現した影……。


「方法がわかっても、結局従わせることができたのは俺だけだった。……コイツになにができるか、わかるか? 自分とまったく同じ頭と身体を持った奴が、もう一人現れたら?」


「さあ? 自分のイチモツでもしゃぶらせるんですか?」


「コイツは俺の戦い方を真似できる。完璧にな。そこら辺の器用な奴とはわけが違う。おまえに勝ち目はない。単純にこの俺様が二人になるんだからな。さっきみたいな小細工をまた使ってもいいぞ。ただ、そんな暇があるならな――」


 アルトガーとブラックスライムは同時に地を蹴る。


 二本の白刃が同時にコージータへ迫った――。





――俺は迷っていた。


 奴の鎧は顔も全部覆っている。だけど、完全に密閉されているわけではないだろう。なら、俺の毒を嗅がせることもできる。


 ただ、毒で身体の自由を奪っても、彼は鎧に操られた状態で向かってくる。さきほどから攻撃をかわしつつ、いくつかの種類の毒を試していた。だけど、いまだこの鎧には効いた様子はない。どういった生物かはわからないけれど、俺の毒魔法が効かないなんてことは考えられない。ただ、有効な種類に辿り着くまでこの攻撃をしのぎ続けるのは、いささか骨の折れる作業だった。


 はっきり言って、宿主である彼の命を奪う方が手っ取り早い。そうすれば、一瞬で片は付く。


 そうしても誰も咎めないだろう。でも、俺はしたくなかった。彼個人にはなんの恨みもない。こんな戦いは無意味だ。


「どうした、ヨハン! 防いでいるだけでは勝てないぞ! それとも、それが全力か!」


「……っ!」


 俺は距離を離す。


 それを男はすぐさま追ってきた。


 そのとき、俺の横を風が吹き抜けた。俺の後ろから駆けてきた誰かは、そのまま男の方へと向かう――。


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