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第四十五話 出会う三者 それぞれ戦闘態勢へ





 突然、辺りが揺れた。


……地震か? もちろん、その可能性もなくはなかった。


 だけど、魔法で出来た空間がこんなにもモロに影響を受けたりするものだろうか? 只事じゃない揺れ方だった。


 術者である異端審問官――コージータも慌てていた。少なくとも彼女が関与していることではないのだろう。


 俺たちはお互いに一時休戦。


 真っ白な空間にヒビが入る。揺れがさらに激しさを増した。


 身体が浮き上がるような感覚があった。


 気のせいでもないし、俺だけでもなかった。周りのクハルナーや馬たちも一斉に宙に浮く。


 下から突き上げられるように天井は砕け散り、俺たちは空へ放り出された――。





 最初に薄暗さを感じた。


 空には太陽が。でも、灰色の雲が出始めていた。


 辺り一面、ほぐれた土でいっぱいだった。石ころ、うごめく虫、雑草の根……それらがあちこちに散らばって見えた。


 元いた街道だった。ちょうど異端審問官の罠にかかった場所。


 なんでかはわからなかったけど、コージータの術が解除されたらしい。それでまた地上に戻ってきたと。もともと地面の上にあった馬車たちは、離れたところで横倒しになっていた。かなりの勢いで吹っ飛ばされたものと思われる。


 離れたところに四人組の男の姿があった。


 偶然居合わせた通行人――とは思えなかった。彼らの佇まいを見ればそれは明らかだったし、なによりこの状況になんら驚いた様子もなかったからだ。


 男の一人から強い視線を感じた。なぜか俺を睨んでいる。


 人相のわるい男だった。しかも、おそらく見た目だけの話じゃない。


 彼らのものと思われる馬が四頭――目を凝らさないとわからないけれど――その一頭の後ろに死体らしきものが載っていた。


 もちろん、見間違いであってほしい。それか、なにかやむおえない事情があるか……。


 でなければ、相当にヤバい奴らだ。


「え、なに……? もしかして、わたしの術が破られたんですか? 信じられない! なんて日なんですか、まったく! 術が効かないひとだけでなく、破るひとまで現れるなんて!」


 動揺して叫ぶコージータに、人相のわるい男が口を開いた。


「おい、異端審問官のメス豚」


「……はい?」


「おまえはちょっと黙ってろ。俺はそこの男に話があるんだ」


 コージータを黙らせ、男は俺の方を見た。


「もしかして、もしかしてだが……こいつがその、ヨハンだったりするのか?」


 俺はドキリとする。心当たりなんてないけれど、なにか嫌な予感がした。


……なんで、俺の名前を知っている?


「ちょっと待ってくれ。ギルドに絵の書ける奴がいたんだ。で、そいつに絵を書かせた」


 彼の仲間らしき一人がポケットから紙を取り出した。「チッ……血が付きすぎだ。見にくいぜ」男は眉間にシワを寄せながら、紙と俺の顔とを見比べた。


 そして彼は大きくうなずいた。


「バッチリだ。完全に一致するぜ。……あいつ、かなり絵がうまかったんだな」


 人相のわるい男の表情がさらに険しくなった。


 いや、険しいどころじゃない――憤怒の表情だった。


「貴様がヨハンか。俺はルトヴィヒの兄だ」


「!」


 俺は言葉を失う。


 まじまじとその男の顔を見た。


……確かに似ている部分もある、かもしれない。


 狡賢そうだったルトヴィヒと違い、目の前の男は単純に粗暴そうな見た目をしていた。鎧の上からでもわかる筋肉の厚みや首の太さ……。


 道ですれ違いそうになったら、思わず端に寄ってしまいたくなるほどの迫力……っていうかガラの悪さだった。


 男は続けて言った。


「弟から最後に手紙が届いたんだ。そこにはヨハン――貴様のことが書いてあった。なんて書いてあったか、想像はつくか? ……なあ、想像できるよな? 俺がいまから貴様をどうするか――」


「……」


 なんてことだ。


 ルトヴィヒは処刑前に手紙を送っていたらしかった。その行為が重罪人に許されているかどうかは知らない。だけど、もし許されていなくてもなんらかの方法で送ったのだろう。賄賂はルトヴィヒの得意技だった。


「なあ? たぶん、誤解があると思うんだが……」


「誤解もクソもあるかこの野郎っ!」


 男は吠えた。


――表情とは裏腹に、研ぎ澄まされた動作だった。彼はナイフを抜き、流れるような動きの中でそれを飛ばしていた。そのナイフは彼の声よりも早く俺の方へ――。


 俺に当たる寸前でナイフがはじかれる。空中に突如として壁が現れたみたいだった。


 いや、実際に現れたのだ。誰かが俺を守るように防壁魔法を張っていた。


「なんでもいいですけど……」口を開いたのは、異端審問官のコージータだった。「わたしの邪魔をしないでくれます? 彼はわたしの獲物なんですから」


「……」


 ルトヴィヒの兄はコージータへ視線を移した。


 人間というよりモンスターに近い目をしていた。その睨みだけで獲物を殺せそうなほどの。だけど、相手は異端審問官。臆する素振りもない。


「俺の邪魔するのか? メス豚。すっこんでろよ。挽き肉にされたいのか?」


「リーダー、俺が黙らせようか?」横から仲間の一人が言う。


 リーダーの男――やはり彼がリーダーなのか――は首を振った。


「いや、いい。俺が秒で片付ける。おまえらは奴を捕まえておけ。……殺すなよ? 奴にはあとで俺がいやっていうほどわからしてやるんだからな」


「はいはい、了解っと」


 戦士風の男はかるく返事をし、前へと歩いてくる。もう一人の仲間もそれに続いた。


 どちらもあきらかに前衛職だった。とてもめずらしいパーティー構成といえた。リーダーも含めて戦士が三人も。あと一人は、魔法使いか僧侶かは不明だけど、術士という構成……。


 俺の方へ歩いてくる二人。自信の垣間見える足取りだった。おそらく相当な実力者なのだろう。


 ルトヴィヒが過去に「俺の兄貴はB級冒険者なんだぜ」と自慢していたことを思い出す。C級とB級のあいだには大きな隔たりがあり、それを越えていく者は少ない。ゆえに有事の際の権限で、B級冒険者は一国の騎士団長に並ぶとされていた。


 歩いてくる二人の背後で、ルトヴィヒの兄と異端審問官の戦いがはじまった。彼らの動きは雷のように速く、ここからでは目で追えない。ただ、激しい衝突音だけが耳に届いてきた。


 二人の戦士は途中で足を止める。一歩前を歩いていた男の方が、もう一人をふりかえった。二人はしばらく顔を見合ったあと、黙ってジャンケンを。


 勝った方はガッツポーズ。負けた方は舌打ちをして後ろへ下がった。


「おし。じゃあ、やるか」


 そう言って男は剣を抜いた。


「ちょっと待ってく――」


 俺が言い終わる前に、彼は地を蹴った。恐ろしく速い踏み込みだった。


 でも、予想した域を出てはいない。


 俺は剣を抜き、刃を合わせた。何度か刃が交差する。


 俺は適当にいなし、一旦距離をとった。


「へえ、やるじゃねえか。C級にしては、なかなか――」


「いまならまだ間に合う。お互い、今日のところは無傷で帰らないか?」


 俺は早口で男の言葉をさえぎった。


「あの彼がルトヴィヒの兄弟なら、俺と彼には確かに因縁がある。……それにしたって、俺からしてみればあまり納得できるものではないけれど。――これはごく個人的な問題だ。同じパーティーのメンバーとはいえ、あんたたちには関係ない。……そうだろ?」


「……」


 相手の男は手持ちぶさたな感じで剣をもてあそび、やがて肩をすくめた。


「当人同士の話で済めば戦争は起こらない。……あの人は褒められた人格じゃないが、あんなんでも俺たちのリーダーなんだ。あの人が号令をかければ、俺たちは突撃するしかない」


 男は俺に同情するように笑った。


「わかるぜ? あの人の弟のパーティーだったんだろ。なんとなく察しはつくよ。あいつとは数回しか会ったことはなかったが、兄貴に似てクソ野郎だった。血は争えねえよ。クソの身内はクソ。当たり前の話だ」


 悪口を言われている当人は離れたところで戦闘中だ。この声は聞こえていない。


「でも、こうなっちまったんもんは仕方ない。いまさらどうしようもないんだ。さあ、続きをしようぜ。あっちより早く終わってないと、あとでなに言われるかわからないんでな――」


「……っ!」


 男が向かってくる。先ほどより速い踏み込みだ――。


 俺は毒を撒きながら後ろへ下がった。


 彼のふるった初撃をなんとかガードした。続けて剣をふりかぶる彼だったが、その動きがピタリと止まる。――俺がいま撒いた毒は即効性だった。


「な、なにを……しやがった?」


 その手から剣がこぼれ落ち、彼は膝をつく。


「大丈夫。死にはしないよ。ただ、もう動けないけどね」


「……」


 これで勝負はあった――はずだった。


 彼の身体がブルッと震えた。


……痙攣か? いや――。


 つぎの瞬間、男の身体からなにかが飛び出した――。


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