第四十四話 対立 そして乱入
俺は、まいった、というふうに両手を挙げた。
「わかった。面倒なことになるから黙ってようと思ったが――もう充分面倒なことになってるしな……。そうだ、魔女を倒したのは俺だよ」
俺は正直に伝えた。
三編みの女――異端審問官は眉をひそめる。
「あいつは死んだよ。確実に。それは約束する。だから、おまえには悪いけど、もう手がかりはなくなったってわけだ。また別の魔女を探すなりしてくれ」
「……あなたが魔女を? ……ははっ! おもしろい冗談! それを証拠もなく信じろっていうんですか?」
三編みの女は表情を一転させ、俺を馬鹿にするように大笑いした。
「確かに相手の死体もなかったけれど、同時に魔女の死体もありませんでした。――あったのは抜け殻だけ。――あの術は知っています。魔女が使う、肉体を新たに生成する魔法――」
「……」
――生まれ変わった方の魔女はザロフの村で殺した。でも、モンスターたちと一緒に燃やしてしまったから、もう死体は残っていない。
「魔女は性別すらも超越して肉体を新たに作り出せる。だから、魔女があなたじゃないとも言い切れません。……いえ、そう考えれば納得いく部分もある。わたしの魔法が効かないなんて、普通は考えられませんから。それこそ、魔女クラスの術士でないと……」
三編みの女は目を細めて俺を見る。俺を疑っているのはあきらかだった。
「もし違ったらどうするんだ? そんな根拠ともいえない小さな疑いで俺を調べるのか?」
「もちろん。優先順位はあきらかです。わたしの目的のまえでは、あなたの命など考慮する価値もありませんから」
「……」
彼女の言葉は嘘ではないのだろう。実際、ここに倒れる人々にそうやって処置をほどこしたのだ。なにが目的かはしらないけれど、その覚悟は本物だった。
「なあ、よかったら聞かせてくれないか? なんのためにおまえはそこまでするんだ? おまえの目的っていうのは一体なんなんだ? 魔女の力を解明したいというのが、そこまで教会の意思に反するとも思えないんだが……」
「教会のために役立てる気なんてありません。わたしはわたしのために魔女の力を解明したいんです」
「……」
「わたしが魔女になるために――そう、わたしはすべての魔女をも超える魔女になりたいんです」
冗談とは思えなかった。そう願ったけれど、とてもそうは聞こえなかった。
三編みの女はゆらりと立ち上がる。背は小さいが、その身にまとう迫力は本物だった。
「とんだ異端審問官がいたもんだな……。名前を教えてくれないか? ここを出たら、まっさきに教会に駆け込むからよ」
「わたし、コージータと申します。同業者に似た名前はいないので、教会本部に伝えればすぐにわたしだってわかるでしょう。本部も馬鹿じゃないから、もしかしたらとっくにわたしのことを疑っているかもしれません。だから、一市民の突然のタレコミも一蹴はされないと思いますよ」
「……ずいぶん簡単に教えてくれるんだな。教会に行かせるつもりはないってことか」
「それはもちろん。わたしの秘密の告白を聞いたんですから。――ああ、後悔してももう遅いですよ? わたし、いいモノを持ってるんです。ひとに沈黙を約束させるのにはコレが一番!」
そう言って異端審問官の女は長杖を取り出す。
それはただの長杖じゃなかった。杖の底を床に強くぶつけると仕掛けが作動し、先の方から刃が飛び出した。
仕込み杖か……。それも、ひとの身体をまとめて三つくらいは貫けそうな凶悪な刃をしていた。
「黙るのはどっちだかな。あいにく、俺の剣もそいつが得意なんだ」
俺は剣の柄に手をかけた。
……不本意だが仕方ない。クハルナーたちを守るためだ。
善人とは言い難くても、やっぱり若い女の子を手に掛けたくはないものだ。でも、降りかかる火の粉は払わなくてはならない。ただ問題なのは、俺に降りかかってくる火の粉がやけに多いってことだけだ――。
○
馬を走らせるアルトガーたち一行。
彼らはギルドで得た情報を元に街道を急いで上っていた。
「んだぁ、あれは?」
前方――道をふさぐ馬車の群れが目に入った。
「モデストレ――魔法で吹っ飛ばせ」
アルトガーが速度を落とさずに馬上から言った。
「うん。あ、いや――ちょっと待って!」
「?」
「みんな止まって! すぐ!」
「……っ!」
術士のモデストレがめずらしく出した大声。只事じゃないことを察してほかの三人もすぐに馬をとめた。
「どうした? なにがあった? ……あれがなにかの罠だと?」
アルトガーは顎をしゃくって前方の馬車群を示す。
モデストレはうなずいた。
「もちろんその可能性はあるよ。――いや、僕が気になったのは別のことなんだけど。結果、前のアレが罠である可能性は高まったね。っていうか、まず間違いない。きっと魔法でまとめて吹っ飛ばされるのにも対策がしてあるはず。そんなことしたら、向こうの思う壺かも」
「……」
モデストレは一人さっさと馬を降りた。
「おい……」
「任せて」
モデストレは徒歩で前方へ歩いていく。
やがて、なにもないところで足を止め、地面を見下ろした。
彼は目を細めて足元を注視する。よく見ないと気づかないが、地面には魔術文字が書かれていた。文字は細く、浅い。杖の底で地面をひっかいて書いたものだろう。
モデストレは試しにブーツの靴底で土をならしてみた。文字は束の間消えたように見えた。しかし、すぐに土がひとりでにモゾモゾと動き、またそこには文字が現れる。
――当然か、簡単に消えるような代物にはなっていない。文字はすぐに復元される仕様だ。
まとめて地面を削り取る方法も考えられたが、それでもうまくいくかどうかは保証がない。それに、魔力の消費を考えたら褒められた作戦とはいえなかった。このあとにこの術者との対峙が待っているのだ。
「面倒くさいな。……しようがない。引っ張り出すか」
そう言ってモデストレは杖を取り出した。
「モデストレ。なにをする気だ?」馬上からアルトガーが訊く。
「この下に誰かいるみたい。なにが目的かはしらないけど、きっとろくなことは考えてないだろうからね。こっちから入ることもできるけど、それはちょっと危険だ。――だから、地面の上に引っ張り上げる」
ちょっと待ってて、とモデストレは断ったあと、呪文の詠唱に入る。
パーティーのほかの三人も馬を降り、いつでも戦闘に入れる準備をした。
「なかなか高度な術だね……。でも、僕に解析できない術はない。……さあて、きみはこんなところでなにをしてるのかな? さあ、顔を見せてみろ!」
面倒くさいと口では言いながら、さすがはモデストレだ。稀有な実力をもつ彼は、たった十数秒で術の解析を完了する――。
モデストレが杖の底で地面を二回叩いた。
共鳴するように地面が輝き出す――。
アルトガーたちの足元から遠くの馬車――さらにその向こうの方まで――地中からまばゆいほどの光がもれる。
光がやむと同時に大量の土砂が舞い上がり、地中からあらゆるものが飛び出してきた。
ほとんどが倒れたひとや馬であった。意識を失っている彼らは一瞬宙を舞ったあと、また地面の上に力なく落下する。
一度掘り起こされてやわらかくなった土砂の上だったとはいえ、かなりの勢いで落ちていた。それでも、誰一人目を覚ます気配はなかった。
自身の足の裏で着地できたのは、たったの二人だけ。
冴えない顔をした戦士風の男と、三編みの女。
三編みの女は眼鏡の奥で目をパチパチさせながら周りを見回した。
「え、なに……? もしかして、わたしの術が破られたんですか? 信じられない! なんて日なんですか、まったく! 術が効かないひとだけでなく、破るひとまで現れるなんて!」
三編みの女はそう甲高い声で叫んだ。
アルトガーは女の服装に見覚えがあった。黒づくめの服は教会の関係者に多い――神父から修道女に至るまで――しかし、各箇所に鉄板が入っていると思われる独特の身体の厚み――あんなのを着るのは、日頃から荒事を担当する連中しかいない。
なにより、あんな仕込み杖を持っているのは……。
「おい、異端審問官のメス豚」
「……はい?」
「おまえはちょっと黙ってろ。俺はそこの男に話があるんだ」
アルトガーはそう言って、冴えない顔をした戦士風の彼をジロリと睨んだ。




