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第四十三話 異端審問官

 ふりむいた顔は女性のものだった。


 彼女は長い黒髪は三編みに結んでいて、大きなレンズの野暮ったい眼鏡をかけていた。


「……ああっと、いけないいけない。気づくのが遅れちゃった。また新しい獲物が引っかかったみたい。次こそは当たりが引けるといいんだけど――って、あれ?」


「……」


 その女は俺の顔を見て目をパチクリさせる。いまさら俺の姿に気づいたらしい。まるで喜劇役者かのような驚き方だった。


「え、ええええ!? なんで、あなた起きてるんですか!? わたしの魔法で眠ったんじゃないの!?」


「そんな術が俺に効くかよ。ただ、知り合いが落ちていくのが見えてな。この下はどうなってんのかって、興味本位で覗いてみたんだ」


「……」


 俺はいろいろと嘘をついた。


 そんな術効くかよって言ったのは、もちろん強がりだ。実際はけっこう危ないところだった。


 それに、仲間が落ちたと言えば弱みを握られる。知り合いくらいにしておくのが無難だった。


「……で? ここはなんだ? ああ、いい――おまえが魔法で作り上げた空間だってのはわかる。……だが、目的は? 物盗りにしてはやり方が回りくどいよな?」


「失礼な! 物盗りなんなしませんって。わたしがそんな悪人に見えますか? ショックです……」


 俺の問いかけに三編みの女はぷくぅと頬を膨らませた。


「……それにしてもびっくりしました。このわたしの魔法が効かないなんて。そんな人、初めてです。魔女相手にも通じるよう磨き上げてきた術なのに……」


「……」


 俺は内心の動揺を表情に出さないよう我慢した。


……魔女、だって?


 多くの者が知っている単語だろうけど、昨日の今日だ。このタイミングとこの場所……。当然ながら疑問がよぎる。――こいつ、もしかしてあの魔女の関係者なのか?


「もう一度聞こう。おまえは何者で、なにが目的なんだ? 答えないなら、それはそれでいい。俺は知り合いを担いで出ていくだけだからな」


「ちょっと待ってください。話しますから。……そうですよね、ちゃんと説明するのが筋ですよね」


「……」


 三編みの女は胸に手を当てて息を吸い込んだ。


「わたしは仕事柄、普段から使い魔をあちこちに放っているんです。ちょっとした調査のためですね。その一つが、昨日の午後、ここの上空を通りかかりました。すると、とても不思議な状況になっていました。なんと、森の一角が銀色に染まっていたんです!」


「……」


「魔法の影響だとは推測できるけれど、そんな魔法は聞いたことがありません。一般には使い手もいない特殊な魔法……。術者はただの魔法使いじゃない。だったら、誰がありうると思います? わたしたちはこういうときにある人物を疑うんです――それは魔女かもしれない、と」


 そう話す彼女の目は鋭かった。レンズの奥で眼光が輝く。


「魔女と会ってなにがしたいんだ? 普通の人間なら探してまで会いたい人物とも思えないが……」


「もちろん、殺すんですよ。それがわたしたちの仕事だから」


「……おまえの職業は?」


「わたしは異端審問官。魔女を追う者です」





 異端審問官――。


 見るのは初めてだが、噂は聞いたことがある。


 どの噂にしても、話し手は誰もが顔をしかめていた。つまり、その評判はいいとはいえない。


 魔女の疑いをかけられたら最後――自白するまで異端審問管は拷問をやめない。我慢し続けてもいずれは命を落とすことになるし、嘘でも自白すれば即日処刑だ。


「彼女が魔女だったはずがない」と怒りを顔に滲ませる人々を何度も見てきた。恋人、妻、母親、祖母……親しい人を理不尽に失った者は数え切れない。


 そんな噂を耳にしているから、俺としても連中にいい感情は抱いていない。


 だけど、いまのこの状況ではお互いに敵対する必要はないはずだった。魔女を殺すのが仕事なら、俺のしたことに文句はないだろう。手間が省けたと褒賞金をくれたっていいくらいだ。


 だけど、俺はまだ警戒を解いていなかった。なぜなら……。


「狙いが魔女一人なら、なんで道行く一般人を次々とこんなところに引きずり込んでいるんだ? 正義の味方のふるまいにはとても見えないんだが?」


「……」


 三編みの女は唇をまっすぐに結ぶ。


「それに、俺が話に聞いているかぎり異端審問官は最低でも二人一組で行動するはず。そりゃそうだ、危険を伴う仕事をしていて単独で動くなんていうのは普通考えられない」


「……」


「どこかに隠れているのか? いや、そうとも思えないな。そんな気配は感じられない。それに、俺に気づかれないほど見事に気配を隠せるようなヤツなら、とっくに仕掛けてきているはずだ。こんなムダなおしゃべりを律儀に聞いている必要はないわけだしな」


 俺の指摘に三編みの女はにやりと笑った。


「そうです。ご指摘のとおり、わたしに仲間はいません。――普段は相棒がいますけどね。いまは別行動中です。ここへはわたし一人で来ました」


「なんのために? 魔女を相手にするなら、当然仲間がいたほうがいいよな? ここに相棒がいると、なにが不都合なんだ?」


「それが不都合しかないんです。わたしは魔女を殺さないから」


「?」


「わたしは魔女を研究しているんです」


 三編みの女はまた大きく息を吸い込んだ。





 魔女を研究している、とその女は言った。だから、異端審問管でありながら魔女は殺さないと――。


「……研究、だと?」


 三編みの女はうなずく。


「はい。研究のためには、生け捕りにして、解剖して、その力を解明しなくてはいけません。さきほどの話の続きになりますが、昨日――少なくとも近日――この付近に魔女がいた疑いがあります。疑い――いえ、その線はかなり濃厚です。森の中を探った結果、それらしき住居も見つけましたし」


「……」


「でも、もぬけの殻でした。魔女が姿を消すなんて、かなりイレギュラーな事態といえます。わたしたち異端審問官がヤサを襲撃しても、奴らは面倒くさそうに相手をするだけ。――魔女の魔法の仕組みはいまだ解明されていません。どうなってるのか、殺しても殺しても、またどこかで復活してくる。だから、魔女は危機というものに鈍感です。どんな事態も危機だと思っていないから」


「……で?」


「本人が不在なら仕方がありません。近くに誰か――誰もいいから、なにか知っている人がいないかな、と――わたしは話を聞くことにしました。魔女と争った人物、もしくはその仲間でも、ただの知り合いでも……。なにか知っている人がここを通りかかるかもしれない。それに賭けてみたんです。とにかく、なんでもいいから魔女についての情報が欲しくて……」


「こんなやり方をして、罠にかかった人が素直に話すとでも?」


「それに関しては大丈夫です。仕事柄、人に話を聞くのは慣れてますから。――頭の中を直接のぞく魔法があるんです。隠し事はできません。これを使えば、相手の記憶をそのまま引き出すことができるんです。……ただ、その術を受けた人は記憶が一部欠如して、最悪の場合は人格も壊れてしまうのがちょっと難点なんですけど」


「……」


 三編みの女は、さほど悪いことをしているといった自覚もないように淡々と言う。


 俺は近くで眠る人々の方へ今一度視線をやった。耳をよくすませると、その寝息は不自然なようにも聞こえてきた。所々苦しげであり、身体も痙攣しているように見える。これが術の後遺症なのか、いまだ目覚める気配はない――。


「あ、それはですね……急いでたから、ちょっと術の扱いが雑になっちゃって……。ほとんどの人が壊れちゃいました。……あ、でもでも! 丁寧にやれば、わりと大丈夫なことも多いんですよ? あなたとあなたの知り合いの方には丁寧にやらせていただきます。……だから、ね? よろしくおねがいします」


 三編みの女は可愛く頭を下げる。その幼気で無邪気な仕草に、俺は怖気がした。


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