第四十一話 夜明け つぎの予兆
言われたとおりに道を走る。
らしき家を見つけた。――扉には羽根飾り。ワシの大きな羽根が円状に並んでおり、まるで一輪の花かのように飾られていた。
俺は戸を叩き、それから扉を押した。かんぬきはかかっていなかった。
「ケール、いるか!」
家の中を見回す。
明かりは消えていた。
暗闇に耳をすますが、返事は聞こえない。
「お母さんが待ってるぞ! みんなはいま教会にいるんだ!」
続けて言うと、奥の扉がゆっくりと開いた。
おずおずと少年が顔を覗かせる。
「……ほんと?」
「本当だ! さあ、行くぞ!」
俺は少年の身体を肩にかついで家を出た。
有無を言わさず、その状態でもと来た道を引き返す。
けっこうな速度に最初は悲鳴を上げていたが、途中からケールは楽しそうな声に変わっていた。
教会の扉を開けさせ、ケールを中へ引き渡す。
「えー、もう終わり?」
「ケール! 大丈夫かい!」
事情も知らず呑気なケールの顔と、必死な母親の対比がおかしかった。
扉を開けた隙間から一瞬クハルナーと目が合う。彼女はなにも言わない。
すぐに扉を閉め、俺はまだ行っていない方面へと急ぐ。
あらかじめ撒いていた毒の効き目は抜群で、モンスターたちはまだ教会とは離れた場所でうろうろしていた。
ケールは屋内にいたのと、外に出たのが短時間だったために目に見える影響はなかったのだ。
ここも同じ要領で対処する。前列の死体が後ろの奴らの邪魔となる。
俺は休むことなく、またべつの方面へ走った。
体内へ流す自己強化のための毒は、使いすぎないよう抑えていた。もし途中でガタがきた場合、回復してくれる僧侶はいないからだ。
だけど、それでも充分に持つと踏んでいた。東西南北の第一陣はすでに対処できた。後列の進みはさらに遅くなる。あとは少しずつ削っていくだけ。
呼吸が乱れないよう、俺は走るペースを落とした。
○
朝日が昇ると、村を取り囲むモンスターの死骸がはっきりと見ることができた。
連中はほとんどが黒っぽい身体をしており、それが積み重なったさまは泥の固まりのようでもあった。
戦いは深夜まで及んだが、敵の規模からすればずっと早く済んだといえる。村への被害もわずかなものだった。
昨晩、俺は敵の全滅を確認し、もう安全だということをみんなに伝えた。けれど、村の住人たちは信じなかった。俺はべつに不快には思わなかった。疑うのは当然だ。
――どこの誰かもわからない一介の冒険者、そいつがたった一人でモンスターの群れを壊滅させただって?
信じられないのも無理はない。
俺にしてもそれは賛成だった。生き残っているモンスターがたった一匹でもいれば、それだけで一般人にとってはかなりの脅威だ。慎重になるのも当然といえる。明るくなってから彼ら自身のその目で確認すればいい。
教会の中で住民たちは夜を明かした。各家庭から俺とクハルナーたちが手分けして毛布を運んできたし、夜通し俺たちが外を警戒した。
明るくなってくると、俺は再度教会の屋根に登った。
そこから村の周囲を見渡してみる。
不審なものは見えなかった。昨晩襲ってきたモンスターは俺がぜんぶ仕留めた。それは間違いない。だが、魔女の仕掛けがそれだけという確証もない。そこまで本気で俺に嫌がらせをしてくるとも思えなかったけれど、会ったばかりの人間だ。嗜好を完全に理解することはできない。
「ここにいたの?」
屋根に登ってきたのは僧侶のダクマリーだった。
「魔力切れはもう大丈夫なのか?」
「まだ万全とはいかないけどね。もう動けるくらいには」
ダクマリーはそう答えてから、屋根の端まで歩いてきた。
「わぁ……なんていう景色なの。すっげぇ汚い……」
「正直な感想だな」
「あの片付けって誰がするわけ? あの量の死体が腐るとヤバいニオイがするよ?」
「俺がこれから頑張るよ。そうだな……どっか遠くまで運んだあと、火をつけて燃やすか」
「それでも、あの量だよ? この土地に影響が出ないわけがない。空中に漏れ出た魔力がきっとここら一帯を汚染するはず。農作物が枯れるかもしれないし、住民だって病気になるかも……。それでも、地中に埋めるよりはマシだけどさ」
「……」
――そうだ。普通、モンスターの死体を処理するときには聖水が必要になる。聖水を散布したうえで死体を埋めれば、魔力の悪影響は最小限で済むのだ。
だけど、生産される聖水はほとんど王都に集められるし、地方で買うにしても安くはない。あれだけの死体へ使う分の量はとても確保できないだろう。
だから、燃やすしかない。
「ダクマリーはなんでここに? まだ万全じゃないんだろ?」
「……わかってるくせに」
「……」
「村の住民たちもわかってる。あれだけの死体、燃やすしか手がないってことを。だから、機嫌が悪い。もう何人かが村の端っこまで行って実際に見てきている。報告を受けた年配の方々はカンカンよ。一般の人にとって魔力の影響はとても怖いから。お年寄りは今回の件が原因になって近いうち病死するかもしれない……」
「……」
「昨日までなんの予兆もなかった――。私たちのせいで村が襲われたかもしれないってこと、みんなは当然疑ってる。口に出して非難したいところを、ギリギリのところで踏みとどまってる。仮にも命の恩人だからね。それに、一度口に出したらもう止まれなくなる。口の次にはきっとクワやスキを持ち出してくるよ」
「……ただの村人が冒険者に勝てるわけがないのにな」
「そう。私たちだってべつに勝ちたくはないし」
「それで居づらくなって、ここに?」
「うん。早く出発しようよ。長居したっていいことないよ」
「わかった。そうしよう」
○
俺は昼までかかってモンスターの死骸を村から離れた場所へと運んだ。
できるだけ遠く離れた場所にしたかった。だけど、どうしても限界はあった。
俺にとってモンスターとは、倒すことよりも、その後処理の方が大変なものだった。
種族は様々だが、そのほとんどが人間よりずっと巨体だ。当然重たい。
それを引きずって遠くまで運ぶ。
一体ずつ、一体ずつだ。
これに関してはクハルナーたちの助力も期待できない。彼女たちは一般の成人男性よりずっと力も強かったが、それでもモンスターの死体を引きずるほどの力は持っていない。
村からある程度離れたところに、ちょうどいい平原があった。
ひらけていて、燃え移るのを心配するような樹木もない。
四人には待機してもらい、俺は一人でそこまでの道のりを何往復もした。身体に限界がくるたび、ダクマリーに回復魔法をかけてもらった。
正午すぎ。積み重なった死体のまえに立つ。
モンスターを火葬するにあたって、俺はそのまえにある種類の毒を撒いた。この毒は可燃性が高いのが特徴で、こういうときには使える。
「いいぞ」
充分に距離をとってからイーザシャに合図する。
彼女が杖をかかげ、火属性の初級魔法を放った。
普通ならばモンスターの体皮を焦がす程度の火が、俺の毒に引火して大きなものとなる。うねるような炎が空高くまで上がった。
離れていても、その熱さに皮膚がチリチリとする。
俺たちは遠くから火が落ち着くのを待った。
あの火力だ、そう長くはかからないだろう。
クハルナーらは布を巻いて口と鼻をふさいでいた。たぶん村の住人たちもそうしているだろう。モンスターの焼けるこの悪臭は世界の終わりそのものだ。
○
夕方。
俺たちは徒歩で街道を進んでいた。
昨日来た道を戻り、町へ戻るのだ。
イーザシャは馬車に揺られながら報告書の執筆に集中していた。昨夜の遅れをあっという間に取り返すかのようなペンの走りだった。
この街道の異変については解決している。俺たちのあいだに緊張はなかった。
がしかし、この道を来たときのような打ち解けた会話もなかった。
「……」
「……」
「……」
「……?」
イーザシャは黙って報告書を書いている。
ダクマリーもそんな彼女を邪魔しないよう、静かに手綱を握っていた。
クハルナーは俺のまえを歩いている。彼女は俺から距離をとるかのように、ズンズンと早足で一人先頭を行く。
ラウレオはそんな彼女に戸惑っていて、俺とクハルナーの顔を交互に見比べている。
俺がクハルナーの機嫌を損ねたのは間違いない。だけど、俺には心当たりがなかった。
「……」
クハルナーの足が急に止まる。
俺たちもつられて足を止めた。
「どうした?」
「……」
クハルナーが黙って前方を指差す。
街道をふさぐように何台もの馬車が停まっていた。
……一台や二台じゃない。重なっていて正確にはわからないが、十台を超えているかもしれない。
なにが原因で立ち往生しているのか。ここからではわからなかった。
なにより不思議なのは、それだけの人や馬がいるはずなのに、物音一つしないことだ。
馬のちょっとしたいななきすら聞こえてこず、風がただ木の葉を揺らす音だけがしていた――。




