第四十話 作戦開始 一騎当千
「クハルナーから聞いた。――風属性の魔法が使えるらしいな?」
俺が訊くと、イーザシャは一瞬目を丸くしたあとにコクリとうなずいた。
「昔はまんべんなく勉強してたからね。四属性の魔法は全部使えるわ。ただ、ぜんぶ中途半端だけど。あの数のモンスターに通用するとは思えないわ」
彼女は自信なさげに首を振る。
「いや、いいんだ。攻撃に使うわけじゃないから」
「……?」
「俺のこれから言うとおりに魔法を使ってくれ。みんなの避難が済んだらはじめよう。迎撃開始だ――」
○
群れの最前列にいるモンスターが村の端にさしかかる。
畑を囲った柵の砕ける音が夜風に乗って聞こえてきた。それ以上に激しく地面が揺れていた。ずいぶんまえから、ずっとだ。
実際にこの光景を目にしていない住民たちも、もはや疑ってはいないはずだった。
「さあ、はじめよう」
俺の言葉を受け、イーザシャは杖を強く握り直した。
彼女は教会の屋根の中央に、俺はいま端の方に立っていた。
――手順はすでに伝えてあった。
俺はこれから歩いて屋根の上を一周する。イーザシャにはそれを追うようにして突風を吹かしてもらうのだ。
直接、攻撃に使うわけではないため、術としての出力は高くなくていい。
ただ強めの風を吹かすくらいなら私にでもできる、と彼女は請け負ってくれた。
俺が一周し終わったあとには、彼女にはすぐに下へおりてもらって教会の中へ入るように、そして扉は絶対に開けないことを約束させた。
本当は念のためにダクマリーに防壁魔法を張ってもらいたいところだったが、彼女はまだ魔力切れで眠っているため仕方ない。
それらも考慮して俺は魔法の威力を調整した。
――以前、ルトヴィヒたちと一緒に行動していたときによく使っていた種類のものだ。人間には効きにくいが、モンスターにはよく効く毒。しかも、動きを鈍くさせる程度のもので、直接命をどうこうするといった影響まではない。
俺はそれを発動させながら屋根の上で一歩を踏み出した。
すぐさまイーザシャも魔法を放ち、俺の横を突風が吹き抜ける。
目には見えない。
が、俺の出した毒が一気に遠くまで流れたはずだ。
俺は左回りに歩みを続ける。
さいわい、この教会の屋根はゆるやかな傾斜となっていて、慎重に歩くならば滑り落ちる心配はなかった。
イーザシャの魔法の精度は高く、正確に俺の右隣を撃ち抜いていく。
一回でも位置がズレれば俺は屋根から転げ落ちてしまうところだ。
魔法によって発生した風の勢いは中々のもので、これなら自然に吹いている風とぶつかっても押し負けることはない。
いずれは少しずつ風に流されるだろうけど、教会へ達するまでに俺が解除すればいい。それまでには決着がつくはずだった。
屋根の上を一周し終わると、俺はイーザシャのほうをふりかえった。
「よし、これでいい。じゃあ、イーザシャは早く下りてくれ」
「わかった」
彼女は素直にうなずき、梯子の方へ向かった。
梯子に手をかける直前、俺を見て口をひらきかける。
「……」
なにか言いたそうな顔だった。でも、結局彼女はなにも言わずに下りていく。
イーザシャは俺とおこなったこれらの行動に対してなにも訊かなかった。
彼女は魔法使いなのだ――たとえ、どんなに不真面目な魔法使いがいたとしても、さすがに察しがついたはずだ。
魔法の歴史について学ぶとき、絶対に出てくる項目。
禁忌の術、毒魔法――。
周囲の誰にも術の発動を知られることなく、対象を毒殺することができる……。
あまりにも強力で、その使い手はあらゆる為政者や権力者から追われる身となった。
一人、また一人……と処刑されていき、やがて毒魔法を使える者はついえてしまう。
――そうだ、少なくとも表向きにはそうなっている。
だけど、闇に葬られた秘術を復活させようとする人間も現れており、使い手に対する死刑宣告はいまだに解除されていない。
今回の作戦……いままでのおこないもあるし、魔女の放った言葉もある。イーザシャの中では確信に変わったことだろう。
「ここまでかな……」
今回の件が片づいたら、彼女たちの前から消えよう。
毒魔法の使い手であることを知られた以上、一緒にはいられない。
短い付き合いだった。
でも、彼女たちには救われた。それだけは間違いのない事実だ。
絶対に守ってみせる。
近づきつつあるモンスターがどこかで家屋をなぎ倒した。
俺は屋根から飛び降り、すぐさま音の聞こえてきた方へ走り出す。
○
俺はモンスターの群れに向かって走る。
真正面から突っ込んだ。
家屋の壁を蹴り、その巨体の顔の高さまで飛ぶ。
モンスターのうつろな目に映る俺の剣――。
相手はかわす気も起きないようだった。
あらかじめバラ撒いた毒によって、モンスターたちの動きは散漫になっていた。
体調のふるわない奴らは、到底俺の速さについてくることができない。
俺は思う存分刃をふるい、トドメの毒を傷口に流し込んだ。
最前列のモンスターが皆倒れれば、その死体が邪魔になって後ろのモンスターの歩みが遅くなる。通常の状態であれば、そんなものは投げ飛ばして進んでくるだろうが、いまは普通の状態ではない。
まだ生きている奴らも仲間の死体に道をふさがれ、まるで目的を忘れたかのように右往左往しはじめた。
この隙に俺は一旦その場を離れた。
教会へはべつの方向からも群れが向かってきている。
そちらも対処しないと――。
東西南北、あらゆる方向から濃密な気配が迫ってきていた。
俺は自分の身体を毒で強化し、その脚で村の中を端から端まで一気に駆けた。
誰に遠慮することもなく、己の力をふるえる。
敵はまだまだいるけれど、俺はまったく負ける気がしなかった。
○
半分は倒したかもしれない。
油断はできないけれど、終わりが見えてきた。
俺は一度教会のまえへ戻ってきた。
またここの屋根に登り、高い位置から戦況を確認しようと思ったのだ。
すると、教会の中からなにやら大声が聞こえてきた。
さらに扉が揺れる。
俺はぎょっとした。いまはまだ扉は開けないほうがいい。広範囲に撒かれた毒が風に乗ってどのように流れているか、教会の近くまでやってきていないという保証はない。
「どうしたんだ? 一体なにがあった?」
俺は扉をノックし、中に向かって声をかけた。
「……ヨハンか? いま、村の女性が外に出ると言って……」
クハルナーが中から応える。
そして、
「息子がいないのよ! ああ、家に置いてきてしまったんだわ! あなたたちが急かすから! 早く探しに行かないと!」
ヒステリックな女性の声が続いた。
「子供と一人、はぐれたみたいだ。彼女、ほかにも子供が八人いて、確認が難しかったらしい……」
クハルナーが補足する。
「子供の名前と、家の場所を聞いてくれ。探してこよう」
俺が言うと、
「いや、それは……ヨハンはモンスターの迎撃に集中してくれ。ここはボクが――」
「安全第一だ。俺が行く。場所を早く……」
クハルナーの言葉をさえぎって俺は言った。
「……」
扉の向こうでしばらく沈黙があった。
それからかすかに話し声。
そして、
「名前はケール。家は、教会を向いて立っているキミの右手の方向だ。道なりにまっすぐ、坂を下ってくれ。下った先にある左の家だそうだ。扉にかかっているワシの羽根飾りが目印だ」
「わかった。みんなは引き続きここを頼む」
俺は教会の前を離れる。
走りながら、クハルナーの気落ちしたような声を思い返していた。
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