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第三十九話 魔女の再訪 ザロフの村へ迫る影

「やあ、また会えたねぇ。さっきぶりだ。まずは無事でなにより……。僧侶のお嬢ちゃんの魔力切れなんかであっさり死んだら、さすがに格好がつかないからねぇ」


「……おまえは! なんのつもりだ?」


 こんなにすぐ再会するハメになるとは――。


 意表を突かれた。それは間違いない。


 だけど、俺はそこまで焦ってはいなかった。


――いくら魔女とはいえ、こんな近い距離では俺の方が速い。


 相手が魔法を使うより先に毒を嗅がせる自信はあった。剣を抜くまでもなく、だ。


「なにを驚いてるんだい? またすぐに会えると言ったろう?」


「……なにをするつもりだ? なにが目的で、また……」


「……」


 魔女は目を細めて俺を見た。


 胸糞悪いことこの上ないが、この至近距離――月光のもとで見る魔女の顔は美しかった。


「目的……? あんたがそれを言うのかね? 平和に暮らしていた私の生活をぶち壊したのはあんたじゃないか。仕返ししたくなるのも当然だろ?」


「……」


 言い返してやりたい気持ちはもちろんあった。


……でも、こいつに言っても無意味だ。こいつは人を殺すことをなんとも思っちゃいないし、そうやって暴力にまみれた暮らしこそを平和と呼んでいるのだから。


「けどねぇ、悔しいことにあんた個人にやり返すことはできそうもない。少なくとも、いまの私の力じゃあね……。だから、ちょっとでも嫌がらせをしてやろうって趣旨の来訪さ。……いいかい? ここからよくお聞き」


「……」


「あの場から退散したあと、すぐに私は近場をあちこち回ってねぇ……。また一からせっせと下僕を集めたのさ。針だけは沢山あったんだ。もしものことを考えて保管しておいて助かったよ」


「……」


「急ごしらえだったから、あまり質は望むべくもないけれど……。それでもちったぁマシな奴らを選んで針を刺していったよ。あんたも満足してくれるといいが……」


「……なにを言っている?」


「そうそう、先に言っておくよ。私が死んでも針は効力を失わないからね」


 魔女はニヤリと口角を上げた。


「まだ距離があるけれど、いま全方位からこの村にモンスターの群れが向かっている。私が向かわせてるのさ。針を使って命令してね」


「……!」


「ただ歩いただけで、こんな小さな村、跡形もなく踏み潰されちゃうような規模の群れさ。私頑張ったのよぉ、それだけの数を用意するのに走り回ってね。まだ生まれ変わったばかりの慣れない身体には堪えたわぁ」


「……」


「もちろん、行進させるためだけにあいつらを使うわけがない。人間の姿を見つけ次第、本能のまま食らいつくように指示してある。きっとお祭りのような騒ぎになるわねぇ。モンスターが大地を揺らす音と、村人たちの甲高い悲鳴が重なって――」


 そう言って魔女は目をうっとりとさせる。


「逃げるのは自由よ? ただ、寝静まってる村人全員をいまから外に逃がすのは無理だと思うけど。あんたたちだけなら逃げられるかもね。……でも、あんたはそうしないでしょう?」


「……」


 魔女の微笑みに俺は拳を握った。


 嘘を言っているとは思えなかった。こいつが嘘をつく意味はない。


 あの森でこいつを逃してから、約七時間――。


 そんな短時間で大量のモンスターを用意できるのか?


……できるのだろう。なんていったって、こいつは魔女なのだ――。


「おかげで、魔力は枯渇してこの身体はもう普通の人間と変わらないの。放っておいても害はないのよ。私としては、ここで慌てふためくあんたをいましばらく眺めていたいと思うんだけど、どうかしらね? それでも私を殺すかい?」


「……逆に、殺さない理由があるか?」


「そうかい……。なら仕方ない。最後にせめてもの嫌がらせをしてやろうかねぇ」


「――っ!」


 俺は身構える。


 が、魔女は動かなかった。


 ただ、その顔が変わった。


 表情という意味ではない。骨格から皮膚、髪の長さに至るまで、すべて――。


「久しぶりだな、ヨハン。元気だったか?」


 赤い髪と銀髪が混ざった、とてもめずらしい髪色。


 そして、眼も――左の瞳は青く、右の瞳は茶色い。


 こんな特徴的な外見の人、ひとりしか知らない。


 それは、師匠の顔だった。


 顔だけじゃない。声も、表情も、その漂わせる雰囲気も、本人そのもの。


「……」


 これはニセモノだ。


 こういう魔法なのだ。俺の記憶からすくい上げた人物になりすますという……。


 それでも、それでも……。


 わかっているのに胸がつまる。


「また会えてうれしいぞ。五年ぶりか……。ちょっとは成長したんだろうな? ハナタレ坊主のままだったら、また尻を蹴り上げるぞ」


「ええ」


 俺は短く応え、師匠の胸に剣を突き立てる。


「こうやってすぐに立ち直れるくらいには。あの日からもう、泣けるだけ泣きましたから」


「……」


 毒を流し込む。


 魔女は震えながら倒れた。


 変身が解けていく彼女を見下ろす。


「ありがとう。一応、礼を言っておくよ。ニセモノでも、もう一度師匠の顔を見られて嬉しかったからな」


 口の端から血を垂らしながらも魔女は不敵に微笑む。


「いいとも……。では、楽しんでちょうだいな」





 宿屋の中から足音が近づいてくる。ちょうどクハルナーが戻ってきたようだ。


「これは……!?」


 突然の死体に驚いたクハルナーの手からジョッキが落ちる。


 俺は死体の方に顎をしゃくってみせた。


「こいつの顔を見てくれ」


「まさか……これは魔女か?」


「意外と律儀な奴だったらしい。こうやってまたすぐに戻ってきたというわけだ」


「……なにをしに、また? ヨハン、大丈夫か?」


「俺は大丈夫だ。だが、危険が迫っている」


 俺はクハルナーに手短に説明した。


 村のすぐそこまでモンスターの大群が迫っているであろうことを。


 クハルナーはごくりと生唾を呑み込む。


「それは本当なのか? こいつの狂言である可能性は?」


「本当だと考えて行動したほうがいい。じゃないと、こいつはなんのためにここへ姿を見せたのか意味がわからなくなる」


「……わざわざキミへ襲撃の予告をするためだけに?」


 俺はうなずく。


「ああ。実際、こいつは抵抗もせずに俺にやられた。もう抵抗する力も残っていなかったんだ。何にそんな力を使ったのか、勘ぐりたくもなる」


「では、これからどうすればいい? 村人を全員避難させるには手が足りないぞ」


「村の中央には教会があったな」俺はクハルナーにうなずいてみせる。「そこに住民をみんな集めてくれ。一ヶ所に集まってもらったほうが、こっちとしても守りやすい」


「わかった。村人を叩き起こす理由はなんとか考えよう。ラウレオたちも呼んでくる!」


 クハルナーは急いでまた建物の中へ戻っていった。





 俺は一人、教会の屋根の上に立っていた。


 眼下では住民の避難がはじまっていた。クハルナーとラウレオが中心となり、村の人々を教会へと誘導している。


 さいわいにも住民たちは素直に従ってくれたようだ。伝え方がわるければ信じないだろうし、もし信じても、こちらの信用がなければパニックを招くことになる。


 クハルナーは彼らになんと言って説得したのだろう。彼女のことだ、「キミたちのことは絶対に守る。ボクたちを信じてくれ」とまっすぐに想いを伝えたのかもしれない。


 もちろん、俺も彼女を嘘つきにするつもりはなかった。


「……」


 視線を遠くの方へ移す。


 月の光に照らされて、闇にうごめく軍勢を見渡すことができた。


 影の群れはとくに急ぐこともなく、のっそりとした足取りで村へ近づいてきている。


 ゆっくりと、だが確実に。その歩みは止まることがない。


 顔を向きを変えれば、そちらにも同じ光景が。


 村一つ攻め落とすにしては、あまりにも余剰な戦力が投入されていた。


――いや、狙いは村ではなく、俺一人か。


「よっと……来てあげたわよ」


 声にふりかえると、魔法使いのイーザシャが屋根に手をかけて身体を持ち上げたところだった。いつも手に持っている杖はその背にくくりつけている。


「一体何の用? 私はラウレオじゃないんだから、気軽にこんな屋根の上になんか招待しないでほしいわね。落っこちゃわないかヒヤヒヤしたんだから。ほら、腕ももうプルプル……」


 イーザシャは自分の二の腕を揉みながらそうボヤいた。


「もちろん、気軽に呼びつけたわけじゃない。クハルナーから話は聞いたか?」


「一応ね。……なんか感情が麻痺しちゃった感じ。もう驚かないわよ。今日は醜い魔女に出会うわ、おまけにそいつが脱皮するわ、さらにはモンスターの大群を引き連れてまた戻ってきたですって?」


「すまないな」


「なんであなたが謝るわけ? 悪いのは魔女でしょ?」


「……」


 俺は視線をイーザシャの奥に向けた。


 彼女もふりかえる。


……影の群れはさきほどより距離を詰めてきていた。


 もういくばくかの猶予もない。


「なんで私を呼んだの? 私になにをさせたいわけ?」


 イーザシャが真剣な目を向けてくる。


 俺は彼女にうなずいて返した。


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