第三十七話 その四人の脅威 そして赤いフードの二人
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冒険者ギルドの建物から男が一人出てくる。
アルトガーのパーティーに所属する戦士・ディクラスだ。
彼の衣服は全身血だらけだった。
だが、すべてが返り血だ。本人は無傷。格下とはいえ、冒険者が集まる場所に単身乗り込んで、だ。
ディクラスは広場に戻ってくる。
彼以外に動くものはなにもなかった。
途中、買い物帰りだったらしい女の死体のそばから袋を拾ってきた。中に入っていた果物やパンをかじりながら、ほかのメンバーも戻ってくるのを待つ。
やがて、パーティーの仲間がポツポツ集まりはじめた。
メンバー四人が集まると、ディクラスは開口一番、大きなため息をついた。
「おまえら、一体どこでなにしてたんだ? ギルドにいた連中、俺一人で相手にするハメになったんだが?」
彼は不機嫌であることを隠そうもせず言った。
それに対し、イェルマーはとりなすように頭をかく。
「わりぃ。おもしろいヤツがいたから、つい遊んじまった。だけど、数は一人でも、冒険者ギルドにいた連中に匹敵すると思うぜ?」
「実際にやってもいない奴がテキトーなこと言うなよ。イラッとくるぜ」
「いや、ほんとほんと。なんでか、蛇の一族がうろついてたんだよ。誰か標的を探してるみたいだったけど。よくいるただの刺客じゃなくてよ。まあ、とにかく中々のヤツだった」
そう言うイェルマーの鎧は傷だらけで複数箇所欠けており、さきの激闘を物語っていた。
彼は終始笑顔を崩そうとせず、ディクラスの冷たい視線にも動じなかった。よっぽど満足のいく戦いだったらしい。
ディクラスは顔の向きを変える。「モデストレは?」
話を振られたモデストレは肩をすくめた。
「僕の仕事は結界を維持することだろ? それ以上を望まれても困るな。ああ――ただ、町を一部吹っ飛ばした魔法使いは倒したよ。向こうからちょっかいをかけられたものだからね」
「……で? リーダーは?」
ディクラスは最後にアルトガーを見た。
アルトガーはいつもどおりの表情をしていたが、鎧には真新しい傷ができており、よく見ればその顔にしても左耳が欠けてなくなっていた。
「B級の野郎が一人いたんでな。少し時間をくっちまった」
「……」
ディクラスはできるだけ見ないようにしていたが、やはり訊かずにはいられなかった。アルトガーは片手に男の死体を引きずっていたのだ。
「あー、リーダー。……ちなみに、それは?」
「B級のそいつさ。気に入ったからな、腐りきるまでたっぷりと使わせてもらおうと思ってな」
死体は腕と足が切り落とされ、胴体と頭だけの状態となっていた。そしてズボンははぎ取られ、陰部が剥き出しになっている。
尻のあいだからは血がしたたっていた。また、別の種類のニオイも混ざっている。
「……」
ディクラスは吐き気がしたが、それを表情には出さなかった。あとの二人にしても同じだ。
――よくある、というほどのことでもないが、かといってめずらしいことでもなかった。
我らがリーダーはいつもこんな調子だ。
「まあ、少しは気分が晴れたのなら、そいつはいいことだけどな……」
「俺の気分なんぞどうでもいい。こいつは弟のためにやったことだ。にぎやかに送ってやりたかったからな。――でも、ああ……そうわるくない気分かもな」
アルトガーは応えながら、手に持った死体を一瞥した。
「で、ギルドではなにか情報はつかめたのか?」
アルトガーの問いにディクラスはうなずく。
「ああ。見回りの仕事を受けて街道を上がっていったらしい。――そう遠くない。一日とかからず追いつけるぜ」
「よし。じゃあ、さっさと行くぞ。弟の埋葬は、仇の男を殺してからだ。モデストレ――弟の身体に結界を張っておいてくれ」
「わかったよ」
アルトガーは馬屋の方へ歩き出す。
弟を待たせる気はない。この件は本日中に片付けるつもりだった。
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「……モデストレ? どうした?」
「いや……」
顔色を気にして訊いてきたディクラスに対してモデストレは首を振る。「なんでもないよ」
結局、モデストレは黙っていた。
――結界に穴を空けられ、誰かに逃げられたらしいことを。
その何者かは、慎重な手口で結界に小さな穴を空けた。
モデストレだからこそ気づけたのだ。それほどスマートな結界破りだった。
もしリーダーに報告すれば、叱責は免れないだろう。すぐさま逃げた人間の大捜索が始まってしまう。それは面倒だ。
モデストレ個人としては、放っておいてもとくに問題はないと判断した。この殺戮がモンスターではなく人間の仕業だと発覚しても、自分たちがどこの誰だかバレた様子はない。それならなにも不都合はないだろう。
どこの誰だかは知らないが、そいつはこの結界を破るほどの腕を持ちながら、正義感を発揮して歯向かってくることもなかった。こっそり逃げ出しただけだ。なら、この先も障害になる可能性は低い。
「……」
そうモデストレは考えたのだ。
――ただ、自分の結界に穴を空けられた事実が彼のプライドをわずかにだが傷つけた。
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赤いフードをかぶった少女は後ろをふりかえる。
町を丸ごと覆った結界はいまだ健在だった。
もはや物音一つ漏れてこない。強力な結界によって音すらも漏れていないのだろうが、それを抜きにしても音を立てる存在がいなくなったのかもしれない。つまり、すべての住民が。
「お師匠様。私たちだけが逃げてもよかったのでしょうか?」
少女の問いに、同じく赤いフードをかぶった女は黙って首を振る。
「私たちには私たちの目的がある。より大きな目的のためだ。奴を――アンドラス――あの悪魔を倒さなければ、もっと大きな犠牲が出る」
「本物の悪魔でも、あそこまでの人数はなかなか殺さないと思いますけど……」
弟子の反論に、女は「ふん」と鼻息を吐いた。
「誰しもそれぞれの役目がある。奴らに裁きを下すとしたら、それは私たち以外の誰かだろう」
「……」
弟子の少女はそれ以上は口ごたえせず、「これからどうしますか?」と話題を変えた。
低い声の女はうなずく。
「ルトヴィヒのパーティーの元メンバー――ヨハンといったか――奴の帰りを待つつもりだったが、もうこの町にはいられないな。仕方ない、こちらから訪ねるしかないようだ」
「行き先はわかっているのですか?」
「ギルドに確認をとっておいた。小さな仕事を受けて、ザロフの村までの街道を上がっているらしい。私たちもその道を辿るとしよう。途中ですれ違えるかもしれないな」
赤いフードの女と少女は歩き出す。
くしくもその行き先はアルトガーたちと重なる――。




