第三十五話 戦士イェルマー 蛇の一族の少年
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アルトガーのパーティーに所属する戦士、イェルマー。
彼は町の反対側で爆発を聞いた。
……いや、ただ爆発と呼ぶにはあまりにも生ぬるい。火山が噴火したかと思うような音と揺れだった。とはいえ、イェルマーは大昔の噴火を物語として伝え聞いたことがあるだけで実際に聞いたことはなかったが。
風が吹くと、辺りに漂う匂いが変わった。
焦げた木材の香りが路地に充満する。あとは、焦げた肉と。
なにがあったのだろうか。仲間である魔法使いのモデストレが使う術とも思えなかった。では、なんらかの反撃を受けたのか? 誰に? おそらく、この町のギルドにいた冒険者に。
だが、イェルマーはなんら心配していなかった。アルトガーもモデストレもディクラスにしても、自分のパーティーに弱い奴はいなかった。信頼なんて綺麗なものじゃない。ただの事実だった。彼らのしぶとさは折り紙つきだ。
「……」
イェルマーは気を取り直してまた歩き始める。
と、彼の頭上に真上からボールが降ってきた。
イェルマーは気づいていないように思えた。あきらかに視界の外からだったし、音もなかったから。
「――」
が、イェルマーは一瞬その姿が消えるかのような速度で数歩前に踏み出した。
彼の背後でボールが破裂する。ボールはやわらかい素材でできていて、中には液体が入っていた。
かわしはしたものの、いまのはなんだったのか、彼がふりかえって確認するよりも早く、さらにボールが降ってきた。
続けざまに二投目、三投目と。
今度はイェルマーの動く先を予測しての投擲だった。
それでも彼には当たらない。投擲する主の予想を軽々と超えるほどの素早さ。
結果、計五回も投擲されたすべてのボールが石畳に落ちて割れた。
「どうした、少年。俺に遊んでほしいのか?」
イェルマーはそう言って上を見上げた。
「……」
屋根の上にいた子供が姿を現す。
ごく普通の少年に見えた。しかし、その目だけは鋭く、そして濁っている。
「誰なんだよ、あんたら。なんのつもりでこの町を?」
「そういう少年はなんだんだ? この町の自警団か? そんな可愛いツラで?」
「……」
「子供は子供らしく、ベッドの下に隠れて震えているのがお似合いだ。なのに、なんで外へ出てきた? 子供ゆえの好奇心か? 気持ちはわかるけどな」
「ベッドの下に隠れても見逃してはくれないんだろ? 戦い方を見ればわかる。あんたたちはそういう奴らだ」
「まあな」
イェルマーは漂ってきたニオイに鼻を鳴らす。
彼は眉間にシワを寄せたあと、「ふむ?」と一人うなずいた。
「このニオイは覚えがあるな……。そうだ、確か『蛇の一族』とかいう連中が使っていたマーキングだ。少年は蛇の一族の出だったのか」
「……このニオイを知っているの? ということは――」
少年の鼻腔がピクピクと動く。
彼はイェルマーから漂ってくるニオイを嗅ぎ取ろうと集中していた。
やがて少年は驚きに目を見開く。
「あんたも僕たちの標的だったのか……。驚いた、ほかのニオイに紛れて気がつかなかった……」
イェルマーはニヤリと笑った。
「らしいな。以前と違って、最近はおまえたち一族に襲われなくなったと思ってたんだ。理由はわからないけどな。一生消えないって豪語してたこの香りも、どうやら年月とともに薄まってくるらしいな?」
「……いや、違う」
少年の顔がより一層厳しくなった。
「薄れたんじゃない、あんたから漂うべつのニオイが強すぎるせいだ。――ひとつきいていい? 一体どれだけの血を浴びれば、そんなニオイになるの?」
「……」
イェルマーは口角を上げたまま髪の毛をガシガシとかいた。
「普通に生きてりゃ、こうなるさ。俺たちは冒険者なんだ。……でも、困ったな。実は俺、おまえたち一族に狙われるのは嫌いじゃなかったんだよ。だって、退屈しないしな。だが、あいつらの血を浴びすぎたせいで結果的にあいつらを遠ざけるハメになっちまったんだな」
「……」
「……ああ、さっきのニオイ付きボール。避けない方がよかったかもな。そうすりゃまたおまえらと遊べたわけだし。おい、少年……あのボール、まだ持ってるか?」
「……っ!」
少年の表情が変わる。
イェルマーの言い草は少年の逆鱗に触れた。
――少年は刺客としてはまだ正規の活動はしていない。訓練中の身だった。
優秀な成績で里での訓練期間を修了したが、現在は外で活動するメンバーの援護要員でしかない。つまり、実戦は経験していない。
それでも、自分の力は大人の冒険者に通用するであろうという自負があった。いままでは命令に従って戦闘に参加したことはなかったが。
前回、冴えない顔をした戦士にマーキングをしたときも、自分が戦ってもいいのに、と少々不満が残った。あのときは、仲間と一緒に行動するはずが少し遅れてしまって、追いついたときには仲間はやられてしまっていた。だから、自分に与えられた仕事として奴にマーキングをおこなった。
仲間の二人は揃いも揃って油断したのだと思った。いくら仕事の先輩とはいえ、その仕事ぶりを無条件で信頼しているわけじゃない。彼らの尻拭いをしてやろうかという思いが一瞬だけ湧き上がったが、心の中だけに留めておいた。仮に成功しても決して上司から褒められることはないからだ。命令違反として逆に罰が待っているだろう。
だが、あのときといまでは状況がちがう。いま目の前にいるこいつは、明確にこちらを狙っている。この町から誰一人として逃がすつもりはないのだ。
だったら、やるしかない。
物心つく前から身体に染み込まされてきた誰かを狙う戦いではなく、自分の身を守るための戦い。慣れてはいないが、やることはそう変わらない――。
「――」
少年は腕を振りかぶり、ボールを投げた。
思いっきり投げた、というほどの速度ではなかった。相手の要求どおりにぶつけてやろう。そう思わせる投擲だった。
しかし、少年は投げた勢いのまま腰に差したナイフに手を伸ばす。それを抜くと同時に前方へ飛ばした。
イェルマーから見たらボールに隠れるような軌道だ。そしてボールに勝る速度で宙を滑り、ボールが破裂した次の瞬間、イェルマーの眼前にナイフが迫っていた。
「――」
イェルマーはあっさりとそれをかわしてみせる。
当然のことかのように、まったく表情を崩すことなく――。
歴戦の戦士、しかもB級冒険者なのだ。この程度の攻撃、文字通り眠りながらでもかわすことができるだろう。
「……」
イェルマーが視線を戻したとき、少年の姿は消えていた。
少年は位置を変え、屋根の上からまたボールを投げる。今度は思いっきりだ。
イェルマーはニヤリと笑いながら腕を前に出した。避けることなく、ボールを正面から受け止めるつもりだった。それこそが彼の望みだったのだから。
イェルマーの手のひらでボールが割れる。中に詰まっていた液体を彼は存分に浴びた。しかし、そこで息を吸い込んた彼は表情を変える。
予想していたニオイと違ったからだ。このニオイは――。
「そう、ただのお酒だよ。まあ、かなり度数の高いヤツだけど」
「……っ!」
少年は鋭い踏み込みで、すでにイェルマーのふところにまで飛び込んでいた。
マッチを擦り、液体に近づける。
途端にイェルマーの全身が炎に包まれた。
「――っ」
悲鳴はなかった。
こうなってもイェルマーは冷静だった。
ただちにそばの民家に飛び込み、奥の寝室へ。
毛布で身体を包み、火を消そうとした。
当然、少年はそうはさせまいと追撃に出る。
マジックボックスの中には、まだまだ酒入りボールが入っていた。
それを取り出しながらイェルマーのあとを追う。
ここが勝負のタイミングだった。
少年は寝室に飛び込むと同時にベッドへボールを投げつけた。二つ、三つと間髪をいれずに連続で。
ベッドが燃え上がる。
しかし、予想に反して毛布の中から飛び出てくる人影はなかった。
そのとき、少年は背後の気配に気づく。
「――っ!」
部屋の隅をふりかえるや否や、彼はものすごい衝撃を受けた。
少年の身体は扉を二つ突き破り、また元の路地へと戻ってきた。
すぐに身を起こそうとしたが、そのまえに少年は口から血を吐き出す。彼は呆然とした面持ちでその血を眺めた。恐怖よりも、奇妙なおかしさを感じるほどの血の量だった。
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