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第三十四話 駆けつけるザール それでも状況は

 ジョジョゼは走りながら杖を握った。


 乱れそうになる呼吸をいまだけは抑えつけ、呪文を詠唱する。


 居間を走り抜ける際にテーブルにぶつけた脛がズキズキと痛んだが、そんなことは小事だ。泣き言をいっている暇はなかった。


 飛び出した先の路地をまた走り出すも、後ろからだけでなく上空からもコウモリもどきが迫ってくる。


「――っ!」


 ジョジョゼはやむおえず防壁魔法を展開した。


 コウモリもどきたちはぶつかった瞬間にはじけとび、肉片になったかと思えば、焦げた塵のようになって宙に消えた。


――もともとこの場にいたモンスターではなく、魔法使いによって召喚されたものだという証拠だ。


「……」


 わずかなあいだ足を止めた彼女が視線を動かすと、通りのあちこちに人間のものと思われる死骸が転がっていた。


 誰がなんの目的で町を襲っているのか、ジョジョゼには見当もつかない。この町にそれだけの価値があるとは思えなかった。しかも、住民を皆殺しにしてまでも。


 防壁魔法を張ると、術者はその場から動けない。すぐに解除して逃げる必要があった。


「――っ!」


 だが、相手もそうはさせてくれない。彼女のところへさらにコウモリもどきが殺到する。きっと派手に音を立ててしまったせいだ。


 コウモリもどきに知能はないようだった。もしくは、目がないからさっきの光景が見えていなかったのか。防壁魔法に触れれば自滅してしまうことを理解していない。


 ジョジョゼを覆うほどの数が激突。そして即座に消滅する。


 それでも、コウモリもどきの群れは止まらなかった。


「くっ……!」


 どこからこれほどの数が集まってきているの?


 一体どれだけの量を召喚している?


 術者は何者?


 コウモリもどきは次々と飛んできて、突撃と死を繰り返していく。


 その衝撃は確実に彼女の防壁を削りつつあった。


「……くっ! このままじゃ……!」


 完全詠唱を終えての発動ではない。


 いま展開している防壁魔法は、その場しのぎのために急いで張ったものだ。強固さが足らない。破られるのは時間の問題だった。


「あっ――」


 何度目かの突撃を防いだと同時に防壁が砕け散った。


 モンスターの塵の向こうに、また飛来してくる奴らの影が見えていた。


 つぎの防壁を張る時間の余裕もない。


 ジョジョゼは死を覚悟した――。


 が。


 誰かが強く踏み込む気配がした。


 大振りな剣が振られ、コウモリもどきをまとめて蹴散らす。


「無事か?」


「……ザール!」


 助けてくれたのは、相棒の調査員であるザールだった。


 彼がもう一度剣をふると、コウモリもどきの血液までもが塵となり、刃からすぐに分離して散った。


「ありがとう! でも、すぐにつぎが……!」


「大丈夫だ」


「?」


 彼の言葉どおり、コウモリもどきの襲撃はやんでいた。


 それからジョジョゼは気づく。


 昼間だから明るいのは当然だが、それよりも明るいなにかが空にあった。


 発光する物体が太陽と地上のあいだをよぎった。束の間、大きな影が町の一角を覆う。


「……あれは?」


「俺の魔法だ。ありったけの魔力を込めた」


「え?」


「間もなく着弾だ。衝撃はここまで来る。――防壁を張れるか?」


「……ちょ!」


 ジョジョゼは文句を言いそうになるのをこらえ、すぐに呪文の詠唱をはじめた。


 これ、間に合うの?


 魔法を放った張本人のザールは、涼しげな顔でジョジョゼのそばに寄る。


 内心、腹立ちと感謝が入り混じっていた。


 防壁魔法を展開する。


――と同時に、防壁が嵐の直撃をくらったかのように振動した。





 衝撃が二人の横を駆け抜ける。


 家屋はバラバラになり、その木片が濁流のように押し寄せる。


「くっ……!」


 気を抜けば、たちまち吹っ飛ばされそうな勢いだった。


……ザールのヤツ、どれだけの魔力を込めたのよ?


 っていうか、ここまでの術が使えたのね。


 ジョジョゼは彼のことを呆れつつ、だけでもちょっと見直してもいた。


 勢いこそあったが、衝撃はごく短時間で通り過ぎる。おかげで防壁魔法も持ったようだ。


「……」


 ジョジョゼは魔法を解き、呆然とした面持ちで前方の景色に目をやった。


 そこは見渡す限りの家屋が倒壊し、更地同然となっていた。


「ちょっと……。あなたが町を破壊してどうするのよ」


「どうせ住民はみんな死んでただろ。奴らを仕留めるにはこうするしかなかったんだ」


「……」


 ザールは悪びれもせず肩をすくめてみせる。


 ジョジョゼが後ろに目をやると、さすがに町全部が破壊されたわけではなかった。


 ザールの魔法によって吹っ飛んだのは、町のごく一部だ。それでも並大抵の面積ではなかったが。


「……奴らって誰? 姿を見たの?」


「俺が見たのは、屋上にいた魔法使いらしき男だけだ。あとは戦士が何人か通りを移動していたようだが、直接見てはいない」


「その魔法使いを仕留めるために、あれだけの術を?」


「ああ。後ろ姿だけで強敵だとわかった。おまえがピンチなのもわかっていたが、根本的な解決のためには奴を倒すほかなかったからな」


「……許すわ。結果的に助けてくれたわけだしね」


 ザールはジョジョゼが追われている間に魔法を準備していたらしい。ここまでの威力を得るためには、かなりの時間魔力を練る必要があったはずだ。


 爆心地の家屋はもれなく吹き飛び、まっ平らな土地となっていた。ザールの魔法は火属性のものだが、その性質は炎というより爆弾といった方が近い。


 ザールは自分の仕事に満足するようにそちらを眺めていた。


 しかし、その表情が一転する。


「おいおい、マジかよ……」


「――っ!」


 ジョジョゼも気がついた。


 平らな大地に一つだけ小さな塊がある。


 それが動いた――。


 そいつはゆっくりと立ち上がる。


 相当な距離はあったが、静かすぎたゆえジョジョゼの耳には届いた。その男は幼気な声で一人つぶやいたのだ。「ちょっとだけムカついたかもなぁ……」


「――っ!」


 ジョジョゼは青ざめる。


 その声色でわかったからだ――そいつの体内のどこにもダメージは見受けられないことが。


 あの魔法の直撃をくらって無事だったっていうの?


 数は少ないけれど、確かに魔法使いと僧侶を兼任するような術士は存在する。でも、やはり多くはない。なぜなら、大抵はどっちつかずとなり、どちらの術も中途半端となってしまうからだ。


 だけど、あの男は――。


 町を覆うほどの結界を張りつつ、モンスターを召喚して使役――さらにはすぐさま防壁魔法も展開してみせたというのか。それも、生半可は防壁じゃあ、あの火球にそのまま押し潰されて終わっていたはずだ。


 ザールが彼女の前に身体を出す。


「ジョジョゼ。ここはおまえだけでも逃げろ」


「――なにを!」


「このままじゃ二人とも無駄死にだ。魔力切れでぶっ倒れるとこなんて見せたくないから無理してるが、俺も実は限界なんだ。あとはこの剣と腕っぷしだけでなんとかするしかない」


「……」


「もはや隠れるところもないっつーな。自分で全部ふっ飛ばしちまった。この距離、魔法使いに圧倒的有利だ。それでも、やれるだけあらがってみるさ」


「……似合わないわね。カッコつけたまま死ぬのは許さないわ。またあとでね」


 ジョジョゼが言うと、ザールはニッと笑ってみせた。


「ああ。またあとで」


 ジョジョゼはすぐに背を向けて走り出した。


 彼女の走力によって短時間で爆心地の外まで駆け抜けることができた。後方で激しい戦闘音がしたが、彼女は努めて聞かないようにした。


 ジョジョゼは目指している場所があった。そちらへ向かって急ぎ、走りながら鍵を取り出す。


――魔法の鍵だ。この町の討伐者ギルドに所属する人間でも一部にしか持たされていない。


 ジョジョゼは、とある裏路地に駆け込む。そこは行き止まりだった。彼女の前に高い壁が立ちはだかる。


 彼女はその壁に向かって魔法の鍵を突き出した。壁はその部分だけ泥のように沈み、鍵を呑み込む。鍵を回す――。カチリと錠のはずれる音がした。


「――」


 途端に壁にぽっかりと穴が空いた。


 彼女は中に飛び込む。


 来訪者に反応して燭台の火が次々と点灯していく。


 狭い一本の通路が先まで続いていた。


 ジョジョゼは奥へ向かう。背後ではすぐに穴が閉じた。


 通路の先にあったのは大きな部屋だ。


 城の宝物庫と並ぶくらいに分厚い壁。


 中に入ってから彼女は扉を閉めた。


「……」


 ジョジョゼはここで大きく息を吐いた。


――ギルドの重要メンバーにしか明かされていない緊急の避難部屋。調査員であるジョジョゼもここへ入る資格を有していた。


 ここまでくれば一安心だった。


 何人もの魔法使いや僧侶が協力し、この空間を作り上げた。物理攻撃だけでなく、魔法に対しても鉄壁の守りを誇る。


 念のため、一部の僧侶が使う探知魔法にも対策がしてあった。だから、ここを探し当てるのは不可能だ。


 そう――そのはずだった。


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