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第三十三話 殺戮 そこには調査員のジョジョゼも

 アルトガーは広場の真ん中に仁王立ち。


 そのときが来るのをじっと待っていた。


「……」


 彼はきつく瞼を閉じ、腕を組んでいた。


 太い二の腕に指が食い込む。肉食獣かのような二の腕からも血がつたうほどの握力だった。


――油断すれば、いまにも怒りが噴き出しそうだ。広場の中で談笑する市民の声が否が応でも耳に入ってくる。


 もう少しでそれも阿鼻叫喚に変わる。そう思えば多少の我慢はできた。


「……!」


 広場のあちこちからどよめきが起き、アルトガーもつられて目を開ける。


 民衆はそろって空を指差していた。


 空が薄い紫色に変わっていたのだ。正確には、空とのあいだに薄い膜ができていた。


……どうやら、モデストレの結界が完成したらしい。


 アルトガーはふところから懐中時計を取り出し、一応時間を確認してみた。さっきモデストレが広場を離れてから、まだ九分しか経っていなかった。


 さすがの腕前といえた。モデストレは稀有な術士だ。こんな短時間で町を覆うほどの結界を張れる人間がどれほどいるというのか。B級冒険者として長くやっているアルトガーにしてもほかに心当たりはない。


……まあ、あの彼のことだ。面倒くさがって必要な時間をそもそも多く見積もった可能性もなくはなかったが。


「じゃあ、はじめるとするか……」


 アルトガーは首を左右に揺らして豪快に骨を鳴らした。


「殺して殺して殺しまくって……まずはそれからだ」





 静かな殺戮だった。


 激しいが、騒がしさはない。


 被害者たちは悲鳴を上げる暇もなかった。


 そよ風が吹いたかと思えば、つぎの瞬間には肉塊と化している。


 アルトガーたちのふるう剣は豪快ながらも繊細で、無駄なものを傷つけたりはしない。


 桶に水を入れて運んでいたメイドの女性は、前方から歩いてきたアルトガーに瞬時に切り刻まれた。が、羽毛が散るかごとくフワリと彼女は崩れ落ち、それと一緒に地面へと落下した桶からも、水の一滴すらこぼれることはなかった。


 ものの十数分で町の通りから喧騒がなくなり、屋内にいた人間の中には不思議に思う者も出てくる。


 深夜かと思うような静けさに不思議に思い、ある女性は二階の窓から外をのぞいてみた。


 悲鳴は出てこなかった。少なくとも、すぐには。


 路上に転がる赤黒い塊は、それ以上にもそれ以下にも見えなかった。数分前までは同じ人間だったとは、とても――。


「ひっ……」


 やがて理解する。事態を呑み込めはしなかったが、ただ目の前の光景を事実として。


 無意識に息を吸い込む。あらがいようのない身体の反応だ。危機的状況には悲鳴を上げて助けを求めるように生き物はできている――。


「……!」


 そのかすかな音に反応してやってくるモノ――。


 悲鳴をあげる寸前だった女性はソレを見た。


 コウモリのような翼で飛ぶ生物。目はなく、大きく開いた口だけがあった。


 ただ獲物に食らいつくためだけに生まれたような造形――。


 鋭利な牙が上下にびっしりと並んでいた。


 その生物は翼を含めても女性の手のひらより少し大きいくらい。


 一匹だけなら、まだ……。


 静かに窓を閉じれば……それか、思い切ってすばやく閉めるか……。


 一瞬だけ、そう迷った。ほんの一瞬だけ。


「――」


 しかし、そいつは一匹だけではなかった。


 すぐに仲間がやってきた。


 煮立った鍋の泡のように、ぼこぼこと。


 窓を埋め尽くす異形コウモリたち。


 陽の光はさえぎられ、一転して暗闇に。


 彼女の目はもうなにも見ることはなかった。





 離れたところの民家の屋根。


 魔法使いののモデストレはそこに立っていた。


 操っているモンスターと感覚を共有しているわけではなかったが、彼らがまた仕事をこなしたことだけは伝わっていた。


「……ふん」


 満足感にちょっとした笑みがこぼれる。


 彼の操る名もなきモンスター――彼が独自の術で作り出した生命体――は、すでにこの町中へと放たれていた。


 アルトガーを含めたパーティーの戦士三人はとんでもない強さではあるが、だからといって誰にも騒がれずにこの町を滅ぼすことは不可能だろう。


 いまさっきのように、結局は誰かに見つかることになる。


 静けさを保つのがここでのモデストレの仕事だった。


 騒がれたとて大してまずくもなかったが、できるだけスマートにコトを終えたい。そう考えるのは普通のことだ。


「さすがにこの規模の結界を張りながらでは、使役できるヤツにも限りがあるね。ちまちまとしたやり方は性に合わないんだけど……」


 モデストレは一人つぶやく。


「さっさと終わらせてくれよ、みんな。こんな意味のない戦い、退屈で仕方ないからね」





 ギルドの調査員であるジョジョゼは、路地裏でパイプをふかしていた。


 屋根と屋根にはさまれた狭い空間を雲が流れていく。煙草の味に酔いしれ、彼女は異変に気づくのが遅れてしまった。


 あまりにも呑気だったといえる。空の色が変わったことにはもちろん気づいていたが、ただ「キレイだな」と見惚れるだけだった。彼女の吸っていた煙草は極上もの。かなり酩酊感のある一品だった。


「……?」


 遅ればせながらやっと、風に乗って漂ってきた異臭に只事じゃないことを知って立ち上がった。


 このニオイは……。


 市場に漂っている肉の臭いとも違う。そもそも、この辺りまで市場の匂いが流れてくることはない――。


 あまりにも静かすぎた。昼間だというのに、誰の声も聞こえない。


 その静寂の中を一組の足音が動いている。


 コツコツコツ……。


 ジョジョゼのいる裏路地の、すぐ前の通りを……。


「……」


 彼女の優れた聴覚は、足音を発生させている主が男性であることをすぐに聞き取った。それどころか、その体重から身長、体格に至るまであらゆる情報を。


 足音からでも、鍛え抜かれた身体の持ち主であることがわかった。それに、なにやら武器を背負っていることも。あきらかに冒険者だ……それも戦士職。


「……」


 僧侶である自分一人では分が悪い。ここは逃げるしかなかった。


 しかし、ここまでほんの数秒――。


 ジョジョゼが異変に気づくまで、あまりにも遅れてしまっていた。


 足音はすぐそこまで――。


 その男は路地裏の方へ目を向けるだろうか。この暗がりならば、もしかしたら気づかれないかもしれない。


……いや、それは無謀すぎる。あまりにも分の悪い賭けだ。


 何者かの足先がジョジョゼの視界に入った瞬間、彼女は弾かれたように走り出した。


「――っ!」


 後方でカランカランと音が鳴る。


 それで自分がパイプを落としたことを知った。


……気づかれた! でも、もうどうでもいい。


 どうせ気づかれてる。これだけ遠慮のない足音を立てれば。


「フゥ、フゥ……!」


――僧侶は生き残るのが仕事といわれている。


 最悪僧侶さえ生き残ることができれば、パーティーはまた復活できるからだ。


 そのために日々、足腰は鍛えてあった。そもそも、足の遅い僧侶は長くは生きられない。


 ジョジョゼはほんの十数秒で七ブロック分もの路地を駆け抜けた。


 当然、直線で走るわけではなく、翻弄するようにいくつもの角を曲がった。


 その勢いのまま、近くにあった民家に飛び込む。最後に扉だけは静かに閉めた。


「ハァ、ハァ……」


 できるだけ息を殺した。


 荒くなった呼吸を無理やり抑え込む。


 油断はできなかった。なにが目的かはわからないが、襲撃者が一人とは限らない。


 パーティー単位かもしれないし、もしかしたら小隊や中隊規模もありうるかも。


 町の中にまだ逃げ場はあるのだろうか……。


「……」


 わずかな静寂のあと、突如として窓が破られる。


「――っ!」


 飛び込んできたのは無数の飛行物体。


 コウモリのような翼を持っていることだけはジョジョゼにも見えた。


 それ以上確認している暇はない。


 彼女はすぐさま反対側に逃げ、家の裏口から外へ飛び出した。


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