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第三十ニ話 ルトヴィヒの兄 弟との対面





 広場に立てられた処刑台――。


 そこから垂れ下がる首吊り死体。


 死後数日経っている。腐り始めた首元に縄が食い込んでいた。


 カラスを追い払うためのものだろう、長い槍を持った兵士が処刑台の両脇に立っている。


 カラスに好き放題させると、死体の肉はあっという間になくなってしまう。そうはさせず、死体をできるだけ長い間、民衆の目に晒し続けることも刑の一貫だった。


 最初はカラスも執拗に狙っていただろうが、彼らもそれなりには賢い。食事を邪魔されるとわかってからは大半が退散して、いまでは根気のある一部が残っているだけだ。それも鳴き声もあげずに静かにしていて、両脇に控える兵士が退屈でうとうとするのをじっと待っていた。





「なんだ、あれは……」


 広場に入ってきた男がいた。


 彼の口から呆然としたつぶやきがもれる。


 左目に眼帯をした戦士だ。ひと目で冒険者だとわかる。正規軍では使わないような曲刀を背中にぶら下げていた。


「どういうことなんだ、一体……」


 男はふらつく足取りで処刑台の前まで進んだ。


 処刑台を見上げ、下を向く死体の顔を真正面から見た。


 その顔はとてもよく見覚えのあるものだった。


「ルトヴィヒ……」


 男は死体に手を伸ばそうとした。


 それを横にいた兵士が見咎め、手に持った槍を彼に向けてくる。


「こいつの知り合いか? 気持ちはわかるが、死んだあともこのまま吊るしておくようにとの命令なんだ。自然と腐り落ちてくるまではな」


「……」


「落ちてきたら、すぐ近くで対面させてやるよ。まあ、そのときには首と身体は別々になっているだろうが」


「……」


 男が背負った剣の柄に手を当てるのを見て、兵士の二人は警戒を強める。


――彼をこの町で見かけたことはなかったが、そのナリからして冒険者であることは明白だ。彼自身から漂う雰囲気もそうだし、後ろに控えている三人のこともある。


 もし、彼が暴れるような場合にはすぐさま応援を呼ぶ必要があった。しかし、そうはならないであろうとは思っていた。さすがにそんな馬鹿なことはしないはずだと……。


「……」


 男は剣の柄から手を離す。


 兵士たちはホッと安堵の息を吐いた。


 彼はすでに剣を振ったあと――ということを二人は理解できていなかった。


 二人の兵士の目がぐるんと上を向き、膝から力が抜ける。


 いつの間にか近づいてきていた仲間の二人が、それぞれの兵士の身体を支えた。それからそっと地面に座らせ、まるで居眠りをしているかのような体を装った。


 流れるような連携だった。広場にいるほかの人々はまったく気づかない。


「……モデストレ」


 男は後ろに一人残った仲間に声をかける。


 モデストレと呼ばれた魔法使いは黙って人差し指を処刑台に向けた。


 すると、死体を吊るしていた縄がプツリと切れ、死体は真下に落ちてきた。


 男はそれを両手でしっかりと受け止め、間近でその顔を見た。


 紫色に腫れた顔面は、もはや人とは思えない。しかし、確かに名残りはあった。


「ルトヴィヒ……ああ、俺のかわいい弟よ……」


 腐敗しているにもかかわらず、その顔に頬ずりをする。涙でふやけ、ただでさえもろくなった皮膚がべろりと剥げた。


「モデストレ。……おまえにも手紙は見せたよな? あれには、なんて書いてあった?」


「『ちょっと面倒なことになった。助けてくれ』とだけ。あとは、この町の名前と」


「そうだ。それだけだったよな?」


「ああ。それだけだったよ」


 男はまた腐ったルトヴィヒの顔を見た。


「そこまでの事態じゃないと思っていた。それに、俺たちは引き受けた仕事の真っ最中だったんだ。決して楽な仕事じゃなかった。それでも、できるだけ急いで片付けたんだ……」


「ああ。僕たちは最善を尽くした」


 同意するようにモデストレは言葉を返す。





「あんたがアルトガーか?」


 そこへ近づいてくる一人の男がいた。


 彼はあとから広場へ入ってきた。彼が近くの店から広場の方を見張っていたことは、モデストレだけが気づいていた。


 男はフードで顔を隠し、あきらかに人目を忍んでいるふうだった。


――男は眼帯の戦士の名を知っていた。


「……誰だ、おまえは」


 ふりかえらずにアルトガーは聞き返す。


「俺はそいつ――ルトヴィヒに頼まれて手紙を出した者だよ。あんたへの手紙をな。だから、あんたは今日ここへ来たんだろ?」


「……」


「あんたが来たら渡すように、って追加で預かってた手紙もあるんだ。受け取ってくれ」


 フードの男はふところから手紙を取り出す。


 アルトガーの代わりに、近くにいた魔法使いのモデストレがそれを受け取った。


「じゃあな……」


 足早に立ち去ろうとするフードの男を「待て」とアルトガーが引き留める。


「……」


 律儀に従う必要はなかったが、相手は冒険者のパーティーだ。逆らわない方がいい……。


 フードの男は仕方なく足を止めた。


「モデストレ。なんて書いてある?」


「ええと……『俺のために駆けつけてくれてありがとう。やっぱり兄貴は最高だ』」


「……」


「『でも、忙しい兄貴のことだ。間に合わないこともありうるだろう。だから、言い残しておく。俺がこうなったのも一人のクソ野郎のせいだ。名前はヨハン。俺のパーティーにいた戦士だ』」


「……」


 淡々と読み上げるモデストレの声を静かに聞くアルトガー。


 しかし、わなわなと肩が震え出していた。


「『どうか、仇をとってほしい。俺の代わりにそいつを殺してくれ。それだけがいまの心残りだ。ダメな弟の最後のお願いだと思って……。じゃあな、兄貴。いつまでも不甲斐ない弟で悪かった。ごめん』」


 モデストレは手紙を読み終え、また元通りに畳んだ。


「もう行っていいか? 急いでるんだ……」


 フードの男はせわしなく足踏みをした。


「待て。手紙を預かれるような位置にいたんだ、おまえも兵士なんだろう?」


「……」


 アルトガーの指摘したとおり、フードの男はこの町に駐留する兵士だった。


 だから、こうやって人目を忍んで手紙を渡しに来たのだ。


……金を受け取って、代わりに罪人の頼みをきいていた。


 誰でもやっていることではあるが、もちろん上の人間にバレれば処罰の対象になってしまう。


「おまえは弟から頼まれて手紙を預かった。……なのに、どうして助けてはやらなかった? どうして枷をはずし、牢の鍵を開けてやらなかった? そうすれば、弟は死なずに済んだのに……」


「……あんた、バカか? そんなことができると思うのか?」


「そうだ、結局はおまえも役人側の人間だ。許すことはできない――イェルマー」


「――っ!」


 名前を呼ばれた仲間の一人、イェルマー。


 彼はすばやくフードの男の背後にまわっていた。そして、その首を一気にねじ切る。


 フードの男はあっけなく地面に崩れ落ちた。


 近くで見ていたモデストレはただ溜息をつく。


「三人とも準備しろ。いまからこの町の人間を皆殺しにするぞ」


「……」


 アルトガーの突然の発言――。


 戦士の二人は顔を見合わせる。


 魔法使いのモデストレは「えーと……」と頭をポリポリかいた。


「……それ、本気で言ってる? なんのために、そんなこと――」


「ルトヴィヒ――弟は死んでからも、長い間この町の人間から辱めを受けていた。奴らは糞尿を垂らす弟を眺めて楽しんでいたんだ。奴らだけが楽しむなんていうのは不公平だろう?」


「……この町にどれだけの人間がいると? それに、ここには冒険者ギルドの支部もある――」


 戦士の一人がやんわりと反対するように言った。


 しかし、


「こんな辺鄙なところにある支部がどうした? 俺たちの障害となりうるか? 俺たちはB級パーティーだぞ?」


「……」


「市民がどれだけいようとも関係ない。徹底的にやれ。どこからか気まぐれにやってきたドラゴンにでも壊滅させられたかのようにな」


「……」


 戦士二人はまた顔を見合わせ、そろって首をふった。


 もうなにを言っても無駄だ、といったふうに。


 魔法使いのモデストレももう一度溜息をついた。


「……二十分。時間をちょうだい。結界を張るための準備をするから。やるんだったら、一人も逃さないようにしないと。あとあと面倒になる」


「十分だけだ。それ以上は待てそうにない……」


 アルトガーは言い、ルトヴィヒの死体を置いて立ち上がった。


 彼の拳は震えていた。いますぐにでも剣を抜きたくてたまらないといったように――。


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