第三十話 異形の魔女 その術と反撃
そいつは貴族の着るようなドレスに身を包んでいた。
しかし、いまはボロ布と呼んだほうが的確だった。生地は垢で黒ずんでおり、さらにはサイズオーバーで破けてしまったのか、かろうじて身体に引っかかっているような状態だ。
おかげで、垂れた乳房が片方はみ出していた。露出している肌の部分――顔や腕のいたるところにイボのようなデキモノができている。虫刺されにしては見たことのない腫れ方だ。なにかの病気なのかもしれない。
「やれやれ。私の森に許可なく入ってくるのはどこのどいつだい?」
巨体の魔女は、ふあぁあ、と口を大きく開けた。あくびのようだったが、それは人間のものというよりモンスターの咆哮に近かった。
「入ってくるのにおまえの許可がいるのか? ここはボニフリッツ王の領土のはずだが」
「ああ、もちろん虫けらがそう主張しようともわざわざ咎めたりはしないさ。私の邪魔にならないうちはね。でも、目障りになるようなら、このキュートな靴で踏み潰すことになる。そうだろ?」
「……」
俺は魔女の履いている靴に目をやった。キュートどころか、足の甲にまででっぷりとついた脂肪のせいで隠れてしまい、どんな靴を履いているかもわからない。
後ろのクハルナーたちも言葉を失っていた。
「おやおや……無礼な視線を向けてくるじゃないか。そんなにジロジロ見て……。そろいもそろって発情してるのかい? まあ、私は男と女どちらでもイケるタチだけどさ」
魔女は自分の冗談にゲラゲラと笑う。
「……見えてるのか? その目で」
魔女は目を閉じているように俺には見えた。もしくは、デキモノの影響で目がふさがっているか。
「ああ……私はいま目を開けていないのかい? そりゃあ、気づかなかった」
「……」
「私くらいになるとね、目を開けていても閉じていても変わらないのさ。関係なく見ることができる。目の前の景色だけじゃない。後ろも、遠くも、過去も、未来も。だから、忘れちまうのさ。目を開けてるかどうかなんてね」
ハッタリとは思えない迫力があった。いま相対しているのは魔女なのだ。俺たちが想像もできない魔法を使えたとしてもなんら不思議ではない。
「一応きいておこうか。近頃この付近で行方不明者が続出している件――おまえがモンスターを操ってやらせていたのに間違いはないな?」
「ああ、そうだね。私がさらっていた」
「目的はなんだ?」
「当たり前のことをきくね。ああ……まあ、あんたらは知らなくても仕方がないか。この国にその文化はなかったしね。……目的? もちろん食うためさ。人間の子供ってのは、とっても美味なんだよ。可哀相だねぇ、あの味を知らないってのは。人生の半分を損してるよ」
「……」
おのずと柄を握る手に力が入った。いつでも剣は抜ける状態だ。
「ちなみに、残りの半分はこれさ――」
そう言って魔女は自分の頬にできたイボを撫でるように触る。愛おしいもの触るかのように優しい手つきで――。
途端に彼女は一度大きく身震いをした。気持ちよさそうな愉悦の笑みを浮かべて。ぶるんぶるんと全身の脂肪も揺れる。
「なにを……?」
「……見てわからないのかい? うぶだねぇ。これは見たまんまのものだよ。女には快楽のためのとっておきの器官がある。――私は物心がつくかつかないかのときから思ってたんだよ。……これはなんで一つしかないんだろう? もっとたくさん、全身にあったら最高なのになぁ、って」
「……」
「魔法を学んだ私は、やがてその方法を見つけた。ほかの女から取り上げたこれを自分に移植することに成功したのさ。おかげでそよ風がこの肌を撫でただけでも気持ちいいし、素敵な殿方に抱きしめられた日にゃ、全身の水分が股から溢れ出ちまうんじゃないかってくらい快感なのさ」
「……」
移植、という言葉は初めて聞くけれど、その意味はおおよそ見当がついた。
さらった女性から陰核を切り取り、それを自分に植え付けたのだろう。高度な回復魔法の技術があれば可能なのかもしれない。だけど、たった一人の身勝手な快楽のためにどれだけの女性が犠牲になったのか……。想像もできなかった。
「私くらいになると、べつに食べなくても生きてはいける。食欲なんざ、とっくに超越してるからね。でも、やっぱり寂しいのよ。退屈なの。だから、メシを食うか、自慰をして暇を潰してるんだよ」
「そんなに暇なら、処刑台へ上がってみる気はないか? 市民全員に歓迎されるぞ」
「無垢な笑顔を向けられるのは嫌いじゃないけどね。代償が自分の命っていうのなら割りに合わないかな。遠慮しとくよ」
「なら、仕方ない――」
俺は剣の柄に手を当て、腰を落とす。
後ろでクハルナーたちも武器を抜く気配がした。
「ところでさ……」
巨体の魔女がまた口を開く。
「私が投げた、その頭骨――さっさとその辺に放り捨てればいいものを、あんたはそうしない。馬鹿にする気はないけれど、やっぱり感傷的だねぇ……」
「……」
俺は無意識に左手に持ったままだった頭蓋骨に視線を落とす。そこにはつぶらな瞳をした少年の顔があった――。
「おにいちゃん、もっと早く来てくれればよかったのに」
「……っ!」
いつの間にか皮膚を得た顔――その口が大きく開き、中から黒い触手のようなものが飛び出した。濁流のごとき勢いで俺の身体に巻き付く。口を開ける少年の目は笑っていた――。
これはどういう術なんだ! ――とにかくヤバい。早く振りほどかないと。
「んんっ!?」
喉を鳴らすように驚愕した魔女の声。
俺の自由を奪おうとしていた黒い触手がボタボタと地面に落ちた。
突然力を失ったかのように、あっけなく。
俺は内心ホッと胸をなでおろした。
……よかった、十万分の一くらいの確率で効かない可能性もあるかと不安だったのだ。師匠から受け継いだ毒魔法は効く対象を選ばない。そう教わったとはいえ、さすがにいままで魔女相手に試したことはなかった。
「ヨハンくんっ! 大丈夫か!?」
「ああ。問題ない」
クハルナーの心配する声に俺は首をふって応える。
「問題ない、ね……。ちっとばかし驚いたよ。そんな簡単にこの私の魔法が無効化されるなんて。魔女と恐れられた者のプライドが、ほんのすこしだけど傷つくねぇ……」
魔女はつぎに指をパチンと鳴らした。
突風が吹く。しかし、なにも起こらない。
……いまのは攻撃じゃなかったのか? が、そのとき――後ろの方で誰かの悲鳴がした。
ふりかえると、俺とクハルナーたちのあいだに黒い幕のようなものが下りていた。
とっさに剣を振る――しかし、手応えはない。
布のようにはためているのに、壁のように硬い感触。おまけに傷一つついていなかった。
左右どちらを見ても果てはなく、暗幕はどこまでも続いている。上を見ても同じ。飛び越えることはできない。
「森に入ってきたときから見ていたけれど、あんたはなかなか強いようだねぇ。それは間違いない。……でも、連れのお嬢さんたちはどうだい?」
魔女は楽しそうに笑う。
幕の向こうでは、悲鳴に続いて剣をぶつける音が――。
戦闘が始まっているようだった。魔女がなにかしらのモンスターを差し向けたのか……。
俺は魔女に向かって走った。
――みんながやられるまえに俺が魔女をやる。
魔女の眼前まで迫ったときに、また黒い幕が下りてくる気配がした。
俺は剣をまえに突き出す。幕が俺の剣を包む形になった。
俺は魔法を発動。毒を流し込んだ。
途端に暗幕にはヒビが入り、ボロボロと崩れ落ちる。
あんぐりと口を開けている魔女の顔が目の前にあった。
それに向かって剣をふりおろす。魔女は慌てて左腕を上げてガードした。
魔女が痰の絡んだような汚い声で悲鳴を上げる。
「いったぁ~~! 乱暴に扱うんじゃないよ、レディーの大事なところをさ! 歯を立てるどころか、剣を突き立てるなんて!」
声だけじゃなく、その物言いも下品なものだった。
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