第三話 断絶する橋 断絶する関係
それから俺たちはだいぶ走った。
もうすぐ出口のはずだ。
「……ッ! 止まれ!」
「……!」
俺は後ろの二人を制止する。
眼前の通路がほとんど崩れ落ちていた。
ダンジョンの変動はここまできていた。予想を超える範囲と速度だ――。
かろうじて細い橋がかかっている。それにしたっていつ崩れてもおかしくない。
「慎重に!」
「でも、急がないと……!」
そうだ、モタモタしている暇なんかない。
俺たちは一気に駆け抜けることにした。
「――ッ!」
その俺の頬を一本の矢がかすめる。
「そこまでだ」
「……!」
顔を上げると、向こう岸に立つ四人の姿が見えた。
俺の仲間――モニカ、ヴェロッテ、新入りのユーリート。
そしてルトヴィヒが弓をかまえていた。
「ルトヴィヒ! なんのつもりだ!」
「おまえこそ、どういうつもりだ? どういう利益があって、後ろのゴミ共を引き連れている?」
「なん……ゴミ、だって?」
「おい、聞き捨てならないな!」
歯を剥く中性的な彼女。
「ハッ!」ルトヴィヒはからかうような笑みを返した。「ヨハン。いくら鈍いお前でも、そろそろわかるだろ? ――このダンジョンで俺たちがなにをしたか」
「……なっ?」
「やっぱりお前たちの仕業だったのか! ボクの仲間を殺したのは!」
「そうだよ。これが俺のやり方なんだ。俺たちはこうやってずっと稼いできたんだ」
「なんだって? 俺は知らないぞ!」
中性的な彼女の視線を感じながら俺は怒鳴り返す。
……そう。嘘じゃなかった。俺は初耳だった。
「ああ、そうだな。おまえには言ってなかった。おまえには向かないとわかってたからな。いまも、ほら――この状況を見ればわかる。おまえはいま、どこに立っている?」
「……」
「おまえはどっちのパーティーなんだ? そしてリーダーは誰だ? ……ん? 言ってみろよ」
「……」
「ほらな、おまえは甘い。だがな、もう一度だけチャンスをやろう――」ルトヴィヒはそう言って人差し指を立てた。「いますぐ、そいつらから離れてこっちへ来い」
「彼女たちを見捨てろっていうのか!?」
「なにを当たり前のことを言ってるんだ? この状況で他人を助ける義務があるのか? 一組のパーティーがまた一つのダンジョンに沈む――ありふれた冒険者の日常だろ?」
「けど……!」
「早くしろ。全員仲良く下層まで落っこちる気か?」
「……」
「ヨハンくん。行ってくれ」
「え?」
中性的な彼女はかすれた声で言った。
「ボクたちにはかまわず。……あいつを許す気は毛頭ないが、あいつの言っていることは一つだけ正しい。キミは向こうのパーティーの一員なんだ。ボクたちと運命を共にすることはない」
「でも……」
「ボクたちなら大丈夫だ。この程度のピンチ、いままだって何度も乗り越えてきたんだ。下の方には地面が見える――落ちても致命傷にはならないはずだ。それに、いくら構造が変わっても、ダンジョンである以上、出入り口は絶対に存在する。何日、いや何週間かかるかわからないけど、絶対に脱出してみせるよ」
「……」
中性的な彼女は力強く言ってのけたけど、あきらかに強がりだった。
この大きさにまで膨れ上がるダンジョンなんて、酒場の自慢話でもそうそう出るもんじゃない。
彼女たちが助かる方法はある――それは。
「ルトヴィヒ、わるい。俺は彼女たちと残るよ」
「……!」
「正気か? ヨハン」
「ああ」
「なーんてこった、ヨハン! まさか、そこまで馬鹿だったなんてな! ……ああ、寂しくなるぜ、ヨハン!」
「……クスクス」
芝居がかったように嘆くルトヴィヒに、笑いをこらえているモニカとヴェロッテ。
……なんだ? どういうことだ?
「なーんてな! ヨハン、おまえなんかもういらねえんだよ!」
「……ッ!」
ルトヴィヒがふたたび矢を射る。
かわせなくはなかったけど、足場が悪い上、後ろの彼らを気にして俺は動けなかった。俺がよけたら、中性的な彼女に当たる――!
「……ぐっ!」
「ヨハンくん! 大丈夫か!?」
「……ああ」
矢は俺の左足に突き刺さっていた。
「ああー、ヨハーン。この程度の攻撃もかわせないのかー? こんな奴が仲間だったなんて、いまになって怖くなってくるぜー? ユーリート、おまえに替わってもらって正解だったわ。おまえはあいつなんかと違って強いもんなー?」
「あんな奴と一緒にするな。あいつはそもそも素質がない、この世界で生きていくためのな」
「わーお、言うじゃねえか。ユーリート。辛辣ぅ~!」
「アハハハ!」
モニカとヴェロッテもこらえきれずに笑い声を上げた。
「だが、そのとおりだ。俺も同意見だった。だから、ヨハン――おまえとはここでお別れだ」
「……!」
黙って聞いてりゃ……!
「俺は! そりゃあ、腕利きじゃなかったけど! 足を引っ張ってきたつもりはない! そうだ、足手まといになったことなんてなかったはずだ! これでも一生懸命やってきたんだ! 俺はできることをやって、パーティーに貢献してきた!」
「ああ、ご苦労さん。おまえは頑張ったよ。……でも、それがなんだ? 戦士として大した実力もなく、なにより性格がゴミだ。向いてない。だから、おまえはいらない。じゃあな」
「――ッ!」
新入りの大男――ユーリートが大剣を抜く。
そして、それを振った。
一振りで橋は吹っ飛び、俺たちは下層へと落ちていった――。