第二十八話 魔女の気配 鳥とオークの連携
「……呪力、だって? どういうものなんだ、それは?」
俺はイーザシャにきいた。
「魔力と似ているけれど、まったくの別物よ。もっと高度で、禍々しい力というか――とにかく、このゴブリンたちは操られていた可能性があるわ」
「……操られていた?」
「……」
俺の問いにイーザシャはうなずく。
「こいつら全員がなにかしらの命令を受けていたんだと思う。拒否することはできない、脳に直接流し込まれる命令を。――この針に組み込まれた術式でね」
「操られていた、って誰にだ?」とクハルナー。
――確かに、重要なのはそこだった。
クハルナーの声は緊張していた。俺も同じ気分だ。思ってたより大事になってきたかもしれない。そんな予感があった。
「そんなの、わからないわよ。――ただ、呪力を扱えるようになった術者を私たちはもはや魔法使いとは呼ばない。畏怖と軽蔑を込めて『魔女』と呼んで区別するわ」
「……」
魔女という言葉は俺も知っている。
だけど、実際に目にしたことはなかった。そう呼ばれる存在が、かつてどこかにいたとか……そんな曖昧なうわさ話を聞いたことがあるだけだ。
「整理してみよう」俺は考えをまとめようとした。
「ゴブリンたちは魔女から命令を受けて、この場で待機していた。理由は、うーん……もしも失敗したときのことを考えてとかか? 巡回中の冒険者にやられてしまった場合、狩人がいれば足跡を辿られて住処がバレてしまうかもしれない――だから、それを恐れて仕事に取り掛かるのは雨が一度降ったあとにした、と」
「念が入っているな」クハルナーがうなずく。「で、これからどうする?」
「とりあえず森の奥へ行ってみよう。なにか手がかりが見つかるかもしれない」
俺が応えると、イーザシャが「まさか!」と首をふった。
「話聞いてた? 相手が魔女だとしたら、相当ヤバいのよ? それこそA級パーティーのするべき仕事だわ」
「きみたちは引き返してもいい。僕一人で行くよ。みんなはギルドにこのことを報告して――」
俺の言葉を途中でクハルナーがさえぎる。
「一人で行かせると思うかい?」
「……」
俺は全員の顔を見回した。
表情でわかる。イーザシャとダクマリーは気が乗らないようだけど、クハルナーとラウレオはどうしても付いてくるつもりだ。そして、ほかの二人はクハルナーたちが行くならそれに従うだろう。
「……仕方ない。危険になったら、すぐに逃げるんだぞ? 自分が生き残ることを優先するんだ」
「言われなくてもわかってるさ。ボクたちも初心者じゃないんだ」
クハルナーは自分の胸をドンと叩いた。
頼もしい笑みを見せてくれたけど、さてどうなるか……。
○
「しっ。屈んで」
後続の彼女たちに俺はささやく。
前方にオークの姿があった。
なにをしているでもなく、ぼーと突っ立っているのが三体。
とくにやっかいな攻撃があるわけじゃないけど、人間よりも体格が大きく、力もゴブリンとは比べ物にならないほど強い。一斉にたたみかけることができれば倒せない敵じゃないが、一発でも攻撃をもらえば即座に僧侶のお世話となる。
ゴブリンと違って防具を身につけるのも彼らの特徴の一つだ。自分たちより弱いモンスターを狩ると、その皮を加工して鎧にする。とくにモンスターの決まりはないため、個体によって鎧の性能やデザインはバラバラとなる。
「あいつら、なにをしてるんだ?」
クハルナーがいぶかしげにつぶやく。彼女の疑問はもっともだった。
連中、どこか様子がおかしい。
「ひどく痩せてるな。それに目も虚ろだ」
「……あれにも、魔女の針が?」
「かもしれないな」俺はうなずく。
「どういう作戦でいく?」
四人は俺を見てきた。
……どうやら俺を頼っているらしい。
一応は先輩だから仕方ないんだけど、やっぱり慣れないものなかった。以前の俺といったら、ルトヴィヒの指示に従って動くだけだったから。
リーダーであるルトヴィヒにべつの意見を言おうものなら、それこそありとあらゆる言葉で否定された。彼は自分の考えこそが絶対に正しいと信じていたし、もし間違ってもそれを認めることはなかった――。
「……」
さて、どうしようか?
正直、俺一人でやった方が簡単ではある。さっさと突っ込んで毒を撒けばそれでお終いだ。
でも、そんなのパーティーの戦い方じゃない。彼女たちを信用していないといっているようなものだし、彼女たちにも役割は必要だ。
仕方ない。俺は決めた。ルトヴィヒたちと組んでいたときと同じように、俺はさりげなく毒を撒いてみんなをサポートすればいい。人間にはほとんど影響ないような毒も俺は作り出すことができる。それを散布すれば、モンスターの動きだけ鈍らせることも可能だった。
俺は援護に徹する。彼女たちに仕事をさせるのだ。
「じゃあ――」
指示をしようとした瞬間、ふと頭上の気配に目がいった。
鳥だ。一羽の野鳥が俺たちの方を見ていた。
――なにか嫌な予感がした。言いようのない悪寒がはしる。
そのときだ。
三体のオークが一斉にこちらをふりむいた。
「――!」
俺たちの方へ向かって走ってくる。
あきらかに獲物を見つけたかのような全力疾走だった。
「なんでバレたんだ!?」
みんな戸惑いながらも武器を抜いた。
彼女たちは気づいていなかったけれど、おそらくあの野鳥にも魔女の針が刺さっていたのだろう。俺はそう確信した。
野鳥の目を通じて俺たちを発見――すぐさまオークにも命令を伝えた――。
「――」
俺はいち早く前に出た。片側の一体を釣るような動き。予定通り近くの一体が俺に狙いを定めた。ほかの二体はクハルナーたちの方へ。
彼女たちはD級冒険者。オークは決して楽勝な相手ではない。でも、心配はしていなかった。俺が前に出た際、周囲に毒を散布しておいたのだ。あとは奴らが範囲内で一息吸うだけでいい。それだけでオークたちの動きは劇的に鈍くなる。
棍棒をふりかぶるオーク。振りは遅い。俺はそれを余裕でかわし、剣を相手の喉に突き刺した。オークはごふっと盛大に血を吐き、地面に倒れた。
四人の方を見ると、彼女たちがオークに果敢に攻撃を仕掛けてる様子が見えた。一匹をラウレオが素早い動きで翻弄し、イーザシャが魔法を使うまでの時間を稼ぐ。もう一匹も同様に、こっちはクハルナーが盾を使って攻撃をしのいでいる。その隙にダクマリーも詠唱中だった。
決着がついたのはほぼ同時。イーザシャの杖から氷の矢が飛び出し、オークの胴体に穴を空けた。ダクマリーが発動した魔法は、オークの動きを一時的に止めた。その機を逃さず、クハルナーが一閃。オークの首をはねた。
「やった……やったぞ!」
「なんとかね……」
「これくらい余裕だって」
「ううん。わりと全力だった……」
彼女たちは表現の仕方に差があるとはいえ、みんな喜んでいるのは間違いないようだった。
俺は内心、ちょっぴりドキドキしていた。俺の毒で動きが鈍くなったオーク相手に、あそこまで必死にならないといけないなんて……。
正直言って、彼女たちの実力ではこの先は危険なんじゃないか?
「ヨハン、キミはいつの間に一体を? さすがだな!」
「……あ、ああ」
「ボクたちの方も大丈夫だ。さあ、行こう!」
「……」
はずみがついて、足どり軽く歩き出す四人。
俺は言い出せなかった。
……まあ、いいか。いざというときは、俺が守ればいいだけの話だ。
「でも、なんでオークたちにバレたんだろう?」
「ねー? 不思議だよねー」
「……」
彼女たちはオークに居場所がバレた件について話していたが、俺はなにも言わなかった。
俺はパーティーの最後尾を歩きながら、ちょっとした罠を張る。木の上の方まで昇っていくよう、毒を撒いた。案の定、ついてこようとしたさっきの鳥が毒を吸い込み、地面に落ちた。俺はそれを素早く拾い上げ、頭部を確認する。
やっぱりだ。鳥の小さい頭にもサイズ違いの短い針が刺さっていた。
「……」
一体この森全体でどれくらいの動物やモンスターにこの処置がほどこされているのだろう。
身を潜めながら犯人を探すのは不可能に近いかもしれない。ここから先はガンガン敵を倒しながら進むべきだろう。けど、敵はこっちの位置を把握できるから、全力で進軍を阻止してくるはず。全部返り討ちにして追い詰めようとしても、それでは逃げる時間を与えるだけになってしまう。
「ちょっと待ってくれ」
俺は四人を引き止めた。彼女たちがふりかえる。
「賭けをしてみようかと思うんだ。ちょっと協力してくれないか」
「……賭けって、なにを?」
クハルナーが首をかしげた。
俺はうなずき、野鳥から抜いた針を掲げてみせる。
「これを俺の頭に刺してみようと思ってね」




