第二十七話 街道の視線 ゴブリンの異変
この街道では、行方不明になる人たちが続出している可能性があった。
あくまで可能性の話だ。この街道を挟む三つの町や村の話を総合すると、往来している人々が姿を消している恐れが出てきたという。
もし目撃者がいたり、犯人がわかっているならば、その討伐が依頼となる。でも、状況はまだそこまでいっていない。だから、通常のパトロールに多少の調査項目が追加されての任務だった。
――もし、なにかしらの原因があるのなら、それを調査、または解決せよ。もちろん、その働き具合によって報酬は上乗せされる。
このパトロール中になにも起こらなかったにしても、通常の場合よりは報酬が多い。これもクハルナーがこの任務をチョイスした理由でもあった。
「ラウレオ、こら離れなさいって! ラウレオ――」
「――」
「……え?」
急に表情の変わったラウレオに、クハルナーは戸惑う。
ラウレオは唇を動かさずに言った。
「……ヨハン。気づいた?」
「ああ……。見られてるな」
俺が静かに応えると、クハルナーは「もういい! 知らないぞ!」とそっぽを向いた。 ラウレオと俺の言葉を受け、すぐに何事もなかったかのようにふるまったのだ。
馬車に乗るイーザシャとダクマリーにも聞こえたはずだが、二人も平静を装っていた。
街道の前後に人影はない。つまり、視線の主は森の中に潜んでいることになる。
俺はそっとラウレオの腕をはずした。「ごめん。ちょっとションベンしてくる」
「ラウレオも一緒に行く」
「キミはバカか!?」とクハルナー。
「先に言っててくれ。すぐに追いつくから」
「……」
ラウレオとクハルナーは黙ってうなずく。
二人のその目だけが、俺を心配するように光っていた。
○
俺は一人で森の中へ入り、木に向かって立った。
打ち合わせどおり、クハルナーたちは俺を待たずに街道を先へ進んでいく。俺を見つめる視線の主はまだ動かない。ただ、その視線だけはずっと感じていた。
俺は水筒のフタをそっと開け、自分のまえに持ってきた。本当に排尿する代わりに水筒の水を少しずつ地面に垂らしていく。この音も聞こえているはずだった。
――さあ、来い。こっちは隙だらけだぞ。
「――」
背後で枝を踏む音がした。
よし。誘いにのってくれた。
振り下ろされた剣を俺はかわした。後ろを見なくとも余裕だった。どうやら相手の腕は大したことないようだ。
「……な、なんだ!?」
俺は焦ったような声を出したが、これももちろん演技。
襲ってきたのはゴブリンだった。五匹もいる。
――モンスターの中では雑魚なので舐めてかかる連中もいるが、大抵が痛い目を見ることになる。確かに、こいつらに防具を装備する習慣はなく、身につけているのは腰布だけだ。ゆえに防御力は皆無といっていい。
でも、小柄ながら筋力は成人以上もある。さらには原始的な武器なら扱えるのだ。こうやって多勢に無勢な状況だと、囲まれてボコボコにされることも珍しくなかった。
俺はゴブリンたちの装備に目がいった。
「……ショートソードだと? 誰から奪ったんだ?」
こいつらに鋼の剣を作る技術はない。だから、人間を襲うまえの連中が装備する武器といったら、棍棒か、先を尖らせただけの木の槍しかない。
「グギャグギャ……」
俺の質問には答えず――まあ、言葉が通じないんだけど――ゴブリンたちはじりじりと俺の方へ距離を詰めてきた。
俺はわかっていて、わざと背後にあった木に背中をぶつける。まるで気づいていなかったかのように。「……しまった!」言葉はわからずとも、俺の表情から意味を察してくれただろう。
チャンス、とばかりに一匹が向かってくる。俺はその大振りの一撃をかわし、逆に前へ踏み込んだ。一気に奴ら五匹の中心へ飛び込む。
「――!」
マントの下から剣を抜き、円を描くようにそれを振った。完全に間合いの外――けれど、もちろん俺は毒魔法を発動させていた。
剣風によって毒が彼らの鼻先に届く。一拍遅れて、彼らはバタバタと白目を剥いて倒れた。
俺は指笛を吹いた。しばらくして、合図を耳にしたクハルナーたちが引き返してくる。
「これ……ゴブリンたちの仕業だったの?」
「ああ、そうみたいだ。つぎはこいつらの住処を叩かないとな。――ラウレオ、こいつらがどこから来たか追跡できるか?」
「うん。見てみる」
そう言ってラウレオは地面に目を走らせた。
――が、なぜか顔を曇らせる。足跡を辿って辺りをうろちょろしたあと、またすぐに俺たちのところへ戻ってきた。
「なんだ、どうした?」
「おかしい。このゴブリンたち、ずっとここにいたみたい」
「……ずっと? どういうことだ? そんなはずないだろ?」
「でも、痕跡がないの。足跡はずっとここら辺をぐるぐるしているだけ。どこにも続いている様子がない」
「足跡が消えているのか? いや、うーん……あるのか? そんなことが」
「雨でも降らないかぎり、そう簡単には消えないはずだけど……」
「最後に雨が降ったのはいつだったっけ?」
「三日前だよ」
「……三日前だって? ちょっと待て。じゃあ、こいつらはそれ以上の日数、ここに潜伏していたっていうのか?」
「そう考える根拠も、あるにはあるよ」ラウレオはうなずいた。「そこら辺――あっちこっちに排泄の跡が残ってる。だいぶ長いこと、ここにいたことは間違いないみたい」
「……」
排泄の跡、か……。
強力な証拠だ。だけど、本当にこのゴブリンどもはここでじっと待機していたっていうのだろうか?
「……でも、なんのために? いや、通行人を襲うためなのはわかっているけど……。住処にも戻らず、夜通し待機していた意味がわからないな」
「ほかにもおかしいことがあるかも。……ちょっとだけだけど」
「言ってみてくれ」
「ゴブリンって、一応、できるだけ決まったところでウンコするよね?」
「……」
俺はうなずく。
それは俺も知っていた。確か、そんな習性だったはず。
「でも、ここにいた五匹は違うの。その……ずっと垂れ流しだったみたい。だから、あちこちに痕跡が散らばってて……」
俺はラウレオに指摘されてから、ゴブリンの死体に近づいた。
その下半身に注目する。腰布と内腿が茶色く汚れていた。
「ああ……確かにそうみたいだ。みんな――そうか。でも、なんで?」
「さあ……」
俺は死体のそばに屈んで、よく観察してみた。
そこで気づく。「……ん? なんだ、これは?」ラウレオたちも近くにやってきた。俺は指差してみんたに教えた。「ここになにか……刺さってるだろ?」
「……ほんとだ」
ゴブリンの耳の上――こめかみのあたりに、銀色のものが少し飛び出していた。
こいつがたまたまなにか事故で刺さったとかではない。五匹のゴブリン全員にこれは刺さっていた。
「……」
俺は指先でつまみ、思いっきり引っ張ってみた。「うぇ……」イーザシャが横で嫌そうな声を上げる。刺さっていたものは思ったよりも長さがあった。頭部の中枢までも余裕で届く長さの細長い針だ。
「……こんなのが頭に? ……平気なのか、それで?」とクハルナー。
「だからまあ、平気じゃなかったのかもな。クソも垂れ流しにするくらいだし」
俺は応えて、針の隅々まで目を凝らした。
血と脳漿がつぅと垂れる。
なんの変哲もないといったらなんだけど、ただの尖った金属片に見えた。ここまで細く綺麗に仕上げる鍛冶の技術はすごいと思ったけれど――。
「ちょっと待って。それ……」
イーザシャの声にふりかえると、彼女は見開いた目で俺の手元にある針を見ていた。
「なにか、よくないモノを感じるわ。魔力――いえ、これは――呪力。……そうよ、呪力だわ!」
そう言うイーザシャの声は震えていた。




