第二十五話 あれも敵に これも敵に
隠れ家の洞窟。
ルトヴィヒはそこで二人が来るのを待っていた。
最初にそばかすの青年から見せられた地図――隠れ家がいくつか記されていたが、あの平原から向かうとしたらここしかない。あとは、いつ来るのかだけだった。
「……遅い」
ルトヴィヒは貧乏揺すりを繰り返しながら、またワインに口をつける。
この洞窟には、そばかすの青年によって保存食の備蓄がなされていた。ルトヴィヒはそれらを遠慮なく貪り食っていく。
外には出ていないが、時間の感覚からいって、すでに夜になっているはずだった。しかし、そばかすの青年とモニカはまだやって来ない。
――国境はもう越えたんだ。いっそ一人だけで町に向かうか?
ルトヴィヒがそう思い始めたとき、入口の方から気配がした。
「ルトヴィヒさん、いるー?」
そばかすの青年の声だった。
……やっとか!
ルトヴィヒはすぐさま立ち上がり、洞窟の入り口へと向かった。
「おお、無事だったか――」
青年が持つランタンの明かりで、モニカの顔も一緒に見えた。
――でも、なにか違和感を覚える。
彼女には表情がなかった。目もひどく虚ろ……。
そこでルトヴィヒは気づいた。
モニカの首から下がないことに――。
「うぁあああああッ!」
ルトヴィヒは絶叫する。
――そばかすの青年は、モニカの生首を小脇にぶら下げていたのだ。
ルトヴィヒは洞窟の奥へ逃げた。
椅子を蹴っ飛ばしながら、さらに奥へ――。
「あー、待ってよー。お願いだから手間かけさせないでー」
青年の足音は追ってくる。
ルトヴィヒは曲がり角で弓をかまえて待った。
足音が近づいてきた瞬間に撃つ。
青年は顔を引っ込めてそれをかわした。
「……!」
――じつはこのタイミングで青年が突っ込んでくることをルトヴィヒは期待していた。つぎの矢をかまえるまえに決着をつけようとしてくるんじゃないか、と――。
が、青年はそこまで甘くはなかった。これが誘いだとうっすら気づいていたのだ。
これくらいの距離があれば、詰められる一瞬でつぎの矢をかまえられる――ある程度の実力を持った狩人には造作もないことだった。
「き、きさまぁ! よくも裏切ったなぁ!」
「がめつい賞金稼ぎがあんな寛容になるほどの額らしいじゃーん。そりゃあ、僕も廃業にするよねー。当然っしょー?」
「……くっ!」
悪びれもなく応える青年。
「おとなしく殺されろってー。逃げ場なんてないんだからさー」
「……死にやがれ!」
ルトヴィヒは火薬つきの矢を放った。
接地の瞬間に大爆発をおこす。
――しかし、これも時間稼ぎにしかならないことはわかっていた。
洞窟を奥に進むと、そこで行き止まりになっていた。
だが、ルトヴィヒは焦らない。ここが隠れ家である以上、きっとあると信じていた――。
「……あった、これだ!」
狩人の嗅覚は隠されたスイッチを探し当てる。
そのレバーを倒すと、壁に隙間が現れた。それに腕を突っ込み、さらに押し広げる。
ルトヴィヒは隠し通路から外へ。
「……!」
周りに一面広がるのは夜の暗闇――そして知らない土地――。
「……クソッ!」
どこへ逃げればいい!?
でも、とにかく逃げるしかなかった――。
○
「……んんん」
ルトヴィヒが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
知らない天井。どこかの質素な民家だ。
顔を横に向けると、つぶらな瞳と目が合った。
「ママ! 目が覚めたよ!」
子供――女の子が大きな声で母親を呼びながら部屋を出ていく。
しばらくすると、彼女は母親と一緒に戻ってきた。
「お具合はいかがですか?」
「……」
まだ若い母親は冷やしたタオルをルトヴィヒの額に乗せようとした。
それをルトヴィヒは乱暴に振り払う。
「ここはどこだ?」
「覚えていらっしゃらないのですか? あなたは自分の足でここまで来たのです」
「……!」
「五日前の早朝、この村の柵を叩く音が響きました。村のみんなが恐る恐る起きてくると、あなた様が柵にしがみつくように立っておられたのです」
「全然覚えてねぇ……って、五日前だと!?」
「はい」
「そんなに俺は眠っていたのか? 信じられねぇ……。クソッ! こうしてる場合じゃねぇ! あいつが来る前に逃げねぇと……!」
ルトヴィヒはすぐさま体を起こそうとした。
が――。
「ぐぅ……!!」
すぐに諦めて倒れ込む。
――脚に激痛が走ったのだ。
途轍もない痛み。歩くのはとても無理そうだ。
見ると、両脚に包帯が巻かれている。包帯には血が滲んでいた。
「……なんだ? なんで、こんなひどい傷を……?」
「――あいつ、とは、そばかす顔の男の人でしょうか? あなたを探しにこの村へもいらっしゃいましたが、私たちは『見ていない』とお答えしました。村の誰も本当のことを明かしてはおりません」
なんで、そこまで……と言いかけ、ルトヴィヒは黙った。こんな田舎の平凡な庶民どものことだ。とくに理由はなくとも、ひとには甘く接するのだろう。
「まあ、いい。よくやった。だが、この村に医者はいないのか? できれば、ちゃんとした医者に見てもらいたいんだが――」
「残念ながら、小さい村ですので……」
「だったら、メシを持ってこい。たらふく食わせろ。そうしないと、治るもんも治らねぇ!」
「はい。もちろん、飢え死にしない程度にはお食事をお持ちします」
「……あぁン?」
怪訝そうに見上げるルトヴィヒをよそ目に若い女は立ち上がる。
彼女の代わりにその娘が応えた。
「オジサンに死んでもらったら困るけど、元気になられても困るの」
「……?」
「あのね、ときどき来るお店のひとが紙を見せてくれたの。このひとたちを捕まえたらお金がもらえるんだよ、って。……みんなビックリしたんだよ! あっ、このオジサン知ってる、いまウチのベッドで寝てるよ、って!」
「……!」
「オジサン、まだ寝てたから、いまのうちに足を折っちゃおうって、ママが――。となりの家のジェリゴが手伝ってくれたの。大きなハンマーで、足をね、両方とも――。オジサン、すこし起きそうになったけど、また眠っちゃって……。それから全然起きないから、もしかして死んじゃうんじゃないかって心配だったの!」
「……き、貴様らぁ!」
ルトヴィヒは思わず手を伸ばしたが、女の子はそれをスルリとかわす。
ルトヴィヒはベッドの下に転げ落ちた。「ぐぁああああ!」衝撃は脚の骨折に痛烈に響く。
床でのたうつ彼を、女の子の母親は冷たい目で見下ろした。
「あなたの首だけでも信じられないほどのお金が頂けるようですけど、生きたままであればもっと頂けるようです。ありがとうございます。あなたのおかげで、この村は今後何十年にも渡って潤うことでしょう」
「……っ!」
「これで、念願のお医者様もお招きすることができます。あいにく、あなたが見てもらう機会は訪れないわけですが」
「――」
ルトヴィヒはあまりの痛みと怒りによって、ふたたび気を失った。
もしよろしければ、評価・ブックマークよろしくお願いします。感想もお待ちしております。




