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第二十四話 仲介人 そして会敵

 夜が明ける。


 彼らは一睡もできなかった。二人は奪った馬の背で朝を迎えた。


 ルトヴィヒもモニカも満身創痍といった様相。


 無理もない。普段なら気にしない程度のかすり傷だが、回復魔法を持つ僧侶がいないこの状況では、それらの積み重ねがもはや楽観できないほどの痛みや疲労をもたらしていた。


 一晩走り続けた馬は疲労困憊だ。それでもルトヴィヒは足を止めさせなかった。止まろうとすればナイフの刃先で皮膚をなぞってやった。当然馬は暴れるが、そんなもので振り落とされるような奴は冒険者にはいない。向かう先も力づくでコントロールする。この先で馬が潰れて死のうがどうでもよかった。


 途中で脚の折れてしまった馬を乗り捨て、ルトヴィヒとモニカは徒歩で国境へ向かう。仲介人との待ち合わせ場所までもう少しだった。


――思い返せば、あの夜だけに色々と動いたものだ。ヨハンが宿から帰ったあと、まずは殺し屋に依頼を出した。すでに夜ではあったが、さいわいにもすぐにコンタクトをとることができた。ヨハンはもちろん、ギルドから派遣されるであろう調査員、それからあの女パーティーの生き残りまで、全員を対象にした。殺し屋が成功してくれれば話は早いのだが、失敗したときのことも考えなくてはならない。


 だから、念のために次の手も打っていた。殺し屋から成功の合図がなければ、自分たちで町を脱出しなければならなかった。そのために西の門を担当する衛兵を買収。さらに、フスハイムへの国境を越えるため、密入国の仲介人へ鳥を飛ばした。いざというときのために、以前から仲介人とのルートは築いていたのだ。


 この準備がぜんぶ無駄になればいいのに――と願ったが、それは残念ながら叶わなかった。





 待ち合わせ場所は、小川に掛かった橋の上。


 ルトヴィヒは周りを見回すが、仲介人の姿はない。


 ピィ、と彼は口笛を吹いた。


「……」


 しばらくして、茂みの奥から男が一人、姿を見せた。


「おまえが仲介人か?」


「ああ。そうだよ」


 仲介人はまだ若い青年だった。


 頬のそばかすが幼さを際立たせている。


「どうも。……早速だけど、前金をもらえる?」


「ほらよ」


 ルトヴィヒは彼のタメ口が気に入らなかったが、そこで引っかかっている場合でもない。言われたとおり、金貨の入った巾着を放ってやった。


 受け取ったそばかすの青年は巾着を開けて中を確かめる。


「おっけー。いいよ」


 青年はうなずき、


「それにしても、ボロボロだねー。……まあ、あんたらみたいなのにはお似合いか。密入国をしようだなんて奴にろくな奴はいないからね」


 ルトヴィヒたちの格好を見て顔をしかめた。


 仲介人という自分の仕事を棚上げした言い方にルトヴィヒはイラッとする。だが、抑えた。


「さっさと案内しろ。ああ……それと、できれば僧侶に会わせろ。傷を治したい」


「こんなとこにいるわけないだろ? 向こうへ渡れば用意してやるって」


「……」


「先に地図を覚えて。もし途中で離れ離れになったときのためにさ。いくつか隠れ家の場所を記してあるから」


「わかった」





 そばかすの青年を先頭に三人は歩く。


 人に見つかるマズい道程だ。街道を歩くことはできず、道なき道を進む。


 普段ならなんてことないが、ここまで疲労が溜まっていては話はべつだ。ルトヴィヒとモニカは前の青年に遅れないよう頑張って歩き続けた。


「まだか!? まだなのか、フスハイムは?」


「国境は越えたよ。けど、まだまだ町までは遠い――んッ!」


「……!」


 ピィイイイイ! 大きな口笛が鳴り響いた。


 平原のど真ん中。


 腰辺りまである草の中から、突如として無数の人影が出現した。


 数は十三。


 彼らはルトヴィヒらを囲むように展開していた。


「……くそっ!」


――ただの物盗りには見えない。


 待ち伏せしていた賞金稼ぎたちなのはあきらかだった。


「うーん……なんとなくだけど、あんたたち、フスハイムの人間じゃないね。なーんか、雰囲気が違うっぽいしー」


 そばかすの青年が首をかしげる。


 彼はこの状況にもまったく物怖じしていなかった。


 この場では彼一人だけが事情をわかっていない。それもそうだ――隣国のフスハイムまでは懸賞金の情報は届いていないからだ。しかも、この青年は手紙を受け取ってからずっと橋のそばで待機していたのだ。


「へへ、狙い通りだな……」


「ああ、予想が当たった……」


 この賞金稼ぎたちは、国境を少し越えた先で待ち伏せをしていたらしい。ここはすでにフスハイム領とはいえ、警備はまだ厳しくはない。最寄りの町へまず寄ると考えた場合、通りそうなルートは大方予測できた。


「兄ちゃんには恨みはないんだけどな。わりぃ、死んでくれや」


「――」


 周囲の刺客たちは一斉に矢を放った。


 全員がまずはそばかすの青年を狙った。彼は必要ないから、とりあえず集中して仕留めようと――。


 が、しかし。


「……!」


 青年は背中から二本の短刀を抜き、自分に向かってきた矢すべてを叩き落としてしまう。


 これには少なからずルトヴィヒも驚いた。密入国の仲介人なんて仕事をしているのだ――多少は荒事にも対応できなくてはいけないだろうが、まさかここまでとは……。


「……ふん」


 そばかすの青年は、なんてことない、といった感じで両手の短剣をくるくると回した。


 攻撃を仕掛けた側の男たちもこっそり視線を交わらせる。……どうする? こいつ、強いぞ?


 まいった、といった感じで男の一人が両手を上げた。


「……わるかった。いまのことは謝るよ。……でも、頼むから大人しくしてくれないか? 狙いはおまえじゃない。後ろの二人なんだよ」


「そうは言っても、彼らは僕のお客だからなー」


 一転して交渉に切り替える刺客の男。青年は短剣を持ったままの手で頭をかいた。


「そいつらに掛かってる懸賞金の額を知らないのか? 密入国の仲介人でも到底稼げないような金額なんだぜ?」


「……へえ?」


「オイ、なんで教えてやるんだよ? まさか、あいつも仲間にしようってんじゃないだろうな!?」


 べつの男が怒鳴る。


 賞金稼ぎたちの中でも意見が割れたようだ。


 しかし、最初の男は説得するように続ける。


「あいつは只者じゃない。まともにやりあっちゃあ、こっちにも犠牲が出る。俺はなあ、安全に、楽に、金を手に入れたいんだよ。……おまえたちも一緒だろ? だから、ここまでひたすら待ったんだ」


「……」


「途中でくたばりはしないかと不安もあったが、それでもな。連中が心底疲れ果てるであろうこのタイミングまでじっと待ったんだ。国境を越えて気が抜けたタイミングで襲いかかってやろうってな。これまでも――いや、いまも――何人もの賞金稼ぎが動いてるはずだ。……でも、どうだ? 賭けに勝ったのは俺たちだろ?」


「……」


「一人分の分け前が減るのがなんだってんだ? あれはそんなしみったれた金額じゃねぇだろう? ここはお利口にいくべきだ」


「ふーん……」


 横から話を聞いていたそばかすの青年が相槌を打つ。


「……おい、まさか客を裏切ろうだなんて思ってねぇよなぁ?」


 ルトヴィヒはその背後でそっと武器をかまえた。


「まさかー。信用第一の商売だよ?」


「……」


「だから――」


 青年は短刀をかまえ直し、それを素早く振った。


――なにもない宙を切る。


 なにを――?


 が、


「ぐわっ!」


「ああっ!」


 離れたところにいる男二人から突如として血が噴き出した。


 おそらく、武器に付与された魔法――距離を越える刃といったところか。


「さあ、いまのうちに!」


 そばかすの青年は叫んだ。


 ルトヴィヒたちから見て斜め前方――包囲に穴が空いたことになる。


 ルトヴィヒとモニカはすかさず駆け出した。


 モニカは残った魔力をふりしぼって魔法を放つ。電撃がまっすぐに刺客の一人を貫いた。


 ルトヴィヒも矢を撃った。が、それはかわされる。


「落ち合う場所はわかってるよね! そこに――!」


「ああ、わかった――!?」


「……うぅ!」


 走り出したルトヴィヒとモニカだったが、モニカが途中でつまずいた。「なにやってんだ、早くしろ!」「……」しかし、モニカは立ち上がることもできないようだった。


――魔力の残り具合を見誤ったのだ。彼女は魔力切れの一歩手前の状態だった。


「彼女は僕が連れて行く! 先に行って!」


 そばかすの青年が叫んだ。


 数秒、ルトヴィヒは逡巡する。


――が、いまはそれしか手はないようだ。


「わかった、任せたぞ!」


 ルトヴィヒは怒鳴り返し、ふりかえることなく、一人で平原を走り抜けていった。


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