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第二十三話 裏切り 第一の死

 夜。強い雨が降っていた。


 ルトヴィヒたちは森の中で野営を張っていた。


 現在、彼らは町の近くに来ていた。しかし、当然ながら寄ることはできない。


 どこまで懸賞金の情報は広まっているのか――町で補給をしたいのはやまやまだが、油断はできなかった。


「……」


 ルトヴィヒは目をつむりながらでも近づいてくる気配に気づいていた。


 重い足音……。


 戻ってきたのはユーリートだ。彼は何事もなかったかのように自分の寝床に戻っていく。


「どこへ行っていたんだ?」


 ルトヴィヒが自分のテントから声をかけると、


「小便だ」


 ユーリートは幕越しにそっけなく応えた。


「それにしてはずいぶんと遅かったな。……どこまで行っていた?」


「俺の小便は滝のような音がするからな。おまえらを起こすとまずいと思って、ちょっと遠くまで行っていた」


「……」


 あいかわらず本気か冗談かわからないユーリートの口調。


……なにかを隠しているような気もした。しかし、これ以上聞けるような雰囲気でもない。


明日の朝にでも確かめてみようかとルトヴィヒは思ったが、すぐにいま大雨が降っていることを思い出す。当然、足跡は消えているだろう。


 早くもユーリートの方から寝息が聞こえ始めた。……体格どおり、寝息一つをとっても騒々しい。


「ちっ……」


 雨の音と重なってさらに耳苦しかったが、ルトヴィヒは努めて寝ようと無理やり目を閉じた。





 雨の夜から二日後――。


 またも夜のこと。


 おとといの晩とはうってかわって、空にはきれいな月が見えていた。


 僧侶のヴェロッテは一人で野営に残っていた。留守番だ。


 ほかの三人は食料を探しに行っていた。


 最初の夜に奪った食料もとっくに残ってはいなかった。冒険者というものは、性別を問わず大飯食らいなのだ。魔力にしても常人離れした筋力にしても、扱うには多大なエネルギーが必要となる。それは冒険者たちの唯一ともいえる弱点だった。


……ガサガサ。


「……」


 近づいてくる足音にヴェロッテは顔を上げる。


――しかし、一見して驚いた。


 その目に映ったのは、顔から大量の血を流すユーリートだった。


「……ユーリート! どうしたの、その傷は!?」


 ユーリートはヴェロッテの近くまで来て地面に倒れ込んだ。


 ヴェロッテは彼のそばに屈み込む。


――ひどい傷だった。顔中を鋭利なもので切り裂かれていて、もはや人相が判別できないほどの状態になっている。


「ああ、しくじった……。とにかく血だけでも止めてくれ……」


「もちろん! じっとしてて……」


 ヴェロッテは回復魔法を発動させた。


――僧侶職の使う回復魔法は強力だ。普通ならとても助からない傷さえもいとも簡単に癒やす。このユーリートの顔にしても、傷跡ひとつ残さず完璧に治せるだろう。


「一体なにがあったの? あなたがここまでやられるなんて……」


「――もう、血は止まったな?」


「ええ。でも、まだ傷口は……」


 そこでヴェロッテは不思議に思った。


――なぜ、彼の体の方にはまったく傷を負った形跡がないのだろう、と。


「この傷はな……こいつで切ったのさ」


「え――」


 ヴェロッテは自分のお腹を見下ろす。


 ユーリートの握ったナイフが彼女の腹部へ深々と突き立てられていた。


「なにを――」


「……」


 ユーリートは黙ってヴェロッテの上に乗っかってきた。


 反対の手で彼女の口をふさぐ――呪文を使えないように――そのまま何回もナイフをふりおろした。


「……! ……! ……」


 ヴェロッテの体から力が抜けていく。


 彼女の口をふさいだユーリートの手の隙間からブクブクと血が溢れた。


「自分で切ったんだよ、顔を変えたくてな。……ありがとう。おまえは役に立ってくれた」


「……」


 ユーリートは立ち上がり、ヴェロッテの荷物の中から鏡を取り出した。


 彼はそれで自分の顔を確認する。


「よし……」


 彼は満足げにうなずいた。


 治癒の途中でやめた皮膚は傷のところで盛り上がり、人相を変えることに成功していた。


 ユーリートがヴェロッテのところへ引き返すと、彼女はすでに息絶える寸前だった。


 彼女の上半身を抱え、その首筋に刃を当てる――。


 切り落としたヴェロッテの首は、彼女の冒険者タグと一緒に袋へ放り込んだ。


「……」


 そうしてユーリートは夜の闇へと消えた――。





「これは……!」


 ルトヴィヒの声が裏返る。


「一体なにがあった! ヴェロッテ!」


 ルトヴィヒは獲ったウサギを放り出し、彼女の死体へと駆け寄った。


――その死体には首がなかった。かかっていたタグも消えている。


 にわかには信じられなかった。だけど、この服も、体も、彼女で間違いない。


「……ユーリートは? あいつはどこだ!」


 ルトヴィヒは周りを見回す。


 ランタンで地面を照らすと、彼の足跡が残っていた。


 このサイズは、間違いなくユーリートのもの……。


 そして、足跡はヴェロッテを中心にして、その周囲にたくさん……。


「わかってるでしょう? あんたがよほどのバカじゃなけりゃ」


「……!」


 後ろからモニカの冷めた声。


――彼女はルトヴィヒの狩りに同行していて、いま一緒に戻ってきたばかりだ。


「まさか! まさか!」


 ルトヴィヒはユーリートのテントを乱暴に開ける。


 すると、彼の荷物は綺麗サッパリなくなっていた。


――あまりの怒りで視界が赤くなった。


「あの野郎! 俺たちを裏切りやがったな!」


 ルトヴィヒは怒鳴り散らしながら彼のテントをなぎ倒した。


 考える。


 そうだ――きっとこのあいだの夜だ。


 町の近くを通ったとき、ユーリートの奴は誰かに連絡を取ったのだろう。あそこに知り合いがいたに違いない。ヴェロッテの首を換金するにはユーリート自身ではさすがに無理だろうが、それは仲間の誰かにさせればいい。あとは、その金を持って隠れれば……。


「ハァ、ハァ……くそッ!」


 しばらく肩で息をしたあと、ルトヴィヒは冷静に考え始めた。


「……最初に僧侶のヴェロッテを狙ったのは、単独では一番弱いからか? それとも、この先俺たちを回復させたくないからか? どっちだ……?」


「……」


「奴はまだやる気かもしれない。これからじわじわ追い詰めてくるつもりなのかも……」


「どうするの?」モニカが訊いた。


「このままじゃすませねぇ! だが、いまは国境を渡るのが先だ! 急ぐぞ!」


 そうやってルトヴィヒとモニカが荷物をまとめていると、「おい、いたぞ!」と茂みから声が聞こえてきた。


「……ッ! 伏せろ!」


「――」


 飛んできた矢が背後のテントに突き刺さる。


 ルトヴィヒはすぐさま撃ち返したが、とっさのことだったのと、暗闇のせいではずれてしまった。


「……!」


「くそ……!」


 二人は囲まれていた。


「ユーリートの奴! ついでにこの居場所を売りやがったな!」


 一斉に飛来する矢――。


 距離を詰めてくる足音――。


「モニカ! 魔法の準備を!」


「……」


 返事はない。


 彼女はとっくに始めていた。


「蹴散らせ!」


「――」


 ルトヴィヒが叫んだのと同時。


 雲ひとつない夜に幾筋もの雷光がほとばしった――。


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