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第二十二話 不調 不信

 木の葉の隙間から降り注ぐ陽光――。


 ルトヴィヒ一行は街道を避け、森の中を進んでいた。


 しかも徒歩で、だ。


 馬はつい先刻やられてしまった。


 人目を避けて森に入ったはいいが、木々に阻まれて馬はスピードを出せない。そこをモンスターに襲われ、振り切ることができなかったのだ。


 馬を失い、彼らはまた満身創痍で歩き続けていた。


「……おい、なんで俺が先頭を歩いているんだ?」


 ユーリートがルトヴィヒの方をふりかえる。


「あぁ? ンだって?」


「狩人職のおまえが先頭を行くべきだろう? なんで、戦士の俺が前を歩かなきゃならない?」


「俺はなぁ、疲れてんだよ。さっきも俺がオークを二匹も倒したんだ。二匹もだぜ?」


 ルトヴィヒは面倒くさそうに首をふる。


 しかし、ユーリートは視線をそらさなかった。


「さきほどの戦闘もおまえが注意していれば避けられたかもしれない。それに、俺が倒したのは三匹だ」


「あぁ!? 一匹多いからってなんだよ? それがてめぇの仕事じゃねぇか! 戦士なんてのは敵をぶっ殺すしか能がねぇんだからよぉ!」


「……」


 ピリつく空気。


 僧侶のヴェロッテが大きなため息をついた。「ちょっとやめなさいよ。バカみたいなことで喧嘩して。ほっんとくだらない」


「……フン」


「……」


 ユーリートは黙って前を向いた。


 ルトヴィヒも舌打ちをしてからあとに続く。


「まったく……。ん? モニカ、遅れてない?」


 ずっと静かだった彼女を気にかけ、ヴェロッテがふりかえる。


 と――。


「モニカ! 危ないっ!」


「……え?」


 ヴェロッテの叫びを聞いてモニカは上を見る。


 彼女の眼前に迫るモンスターの牙――。


「きゃあああああああああっ!」


 モニカは悲鳴を上げながらとっさに飛んだ。


 ガキン! とモンスターの牙が空を切る。


――ジャイアントスパイダーだった。


 やつらは樹上から糸で降下し、音もなく獲物に忍び寄っていたのだ。


「……ちっ! 二人共どけ!」


 すかさずルトヴィヒが矢を連射する。


 しかし、


「……え!?」


 当たる矢もあったが、ほとんどがはずれてしまった。


「あぁン!? なんでだよ!」


 さらには、矢が刺さった個体も動きが鈍らない。まるで、まったく効いてないかのようなスピードで追撃を仕掛けてきた。


「ふんっ!」


 ユーリートが前に出て大剣をふるった。ルトヴィヒも必死に矢を放つ。モニカとヴェロッテは魔法の準備に入りたかったが、それもできない。ジャイアントスパイダーの動きが速くてそんな隙もないのだ。


 いつもとなにかが違った――たかがジャイアントスパイダー。前衛が適当に足止めして、モニカが魔法で一気に吹き飛ばす――それだけで終わるはずだった。なんなら、魔法もいらない。剣と弓矢だけでも蹴散らせる。


 そのはずなのに、今回は――。


「ハァハァ……!」


「ンもぅ! なんなのよ!」


 モニカとヴェロッテは杖をふるい、簡易的な術式で対応した。しかし、それはモンスターの体をやや後退させるくらいの威力しかなく、決め手にはならない。


 結局、ユーリートの大剣が大きな仕事をした。彼が一人でほとんどのジャイアントスパイダーを屠り、このピンチを救ったのだ。


「……」


 最後に倒した個体の腹には、ルトヴィヒの放った矢が四本も刺さっていた。これだけ当てても相手が力尽きなかった事実を示している。結局、ユーリートが真っ二つにしたことでカタをつけた。


「ハァハァ……」


 終わったあとは全員が肩で息をしていた。


 ひどく疲れていたし、同時に戸惑ってもいた。簡単には呑み込めなかった――まさか、こんななんでもないところで命の危険を感じることになるなんて、と。


「……なぁ、もう一度訊くぞ。これは一体どういうことだ?」


 ユーリートが大剣を握りしめたまま言った。


「……あぁ?」


「なぜ、おまえたちはこんなザコを相手に苦戦している? いくら疲れていたとしても、そんなもの言い訳にはならないぞ」


 ユーリートの指摘にルトヴィヒは眉を吊り上げた。


「うるせぇ! 俺はいつもどおりやってる! もちろん、モニカもヴェロッテもな!」


「……なにが言いたい?」


「……はン。C級の中でもちっとは名の知れている奴だって話だったのにな。あの役立たずのヨハンと同程度の仕事さえできないとは……。まえのパーティーは仲間が弱くて抜けたって言ってたが、じつは逆だったんじゃねぇか?」


「……」


 最悪の空気だった。


 戦闘の直後でみんな気が立っている。


 それに各々武器もまだ仕舞っていない状態――。


「あぁ! もうウンザリよ!」


 もう耐えきれない、といったふうにモニカが叫んだ。


「そのしょうもない言い争いを聞かさせる身にもなってみてよ! 聞いてるだけで体力がっつり削られるわ! ケンカするなら国境を超えてからにして! 無事フスハイムに着いたら、ケンカでも殺し合いでも好きなだけすればいいわ! ――でも、いまは協力して! いまだけはみんな力を合わせて、この状況を乗り越えるの! ――いい? わかった!?」


「……ああ」


「ちっ……」


 ユーリートとルトヴィヒは互いに視線をそらし、それぞれ武器を仕舞った。


 男二人はふたたび歩き出そうとする。


 続こうとしたモニカに、「ねぇ……」とヴェロッテは話しかけた。


「ん? なによ」


「ちょっと気になることがあるんだけど……」


「……?」


「――ジャイアントスパイダーってこんなに動き速かった? もっとノロマだった気がするんだけど……」


 そういえば、とモニカはうなずく。「そうね……。でも、個体差ってだけじゃない? そりゃあ、動きが速いのもたまにはいるわよ」


「でも、一匹や二匹じゃなくて、いま戦った奴ら全部よ? こんなことってある?」


「……」


 なおも食い下がろうとするヴェロッテだったが、モニカはうんざりしたように首を振った。


「まあ、不思議ではあるけれど、いまはそんなことどうでもいいでしょう? 無駄口叩いてる暇あったら、ちょっとでも魔力を回復させて私たちを飛行魔法で国境まで連れて行ってちょうだいな」


「……」


「……ほら、さっさと行くわよ。私だって疲れてるんだから」


 ヴェロッテは納得していなかったが、仕方なく会話を切り上げる。


 そこからさらに皆ギスギスして、一言の会話もなく移動を続けた。


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