第二十話 刺客の結末 一方でルトヴィヒたちは
町に戻って一週間が経った。
……そう、俺は町に戻ったのだ。ルトヴィヒたちを追いはしなかった。そうすることもできたのだけど。
俺は早くあいつらのことを忘れたかった。あとを追えば、否が応でもあいつらのことばかりを考えることになる。無事に望みを果たしたとしても、それは変わらない。あいつらの処刑を目にすれば、その光景はきっと俺の脳裏に焼き付くだろう。たとえ目にしなくても、人間とは想像してしまうものだ。繰り返し頭に思い描いてしまえば、それは現実と遜色なくなる。そんなのは嫌だった。
ああ――ちなみに、俺が衛兵に危害を与えた件については不問となった。衛兵たちと俺の意見は真っ向から対立したけれど、ジョジョゼとザールが証人だった。西門の彼らがルトヴィヒたちを逃しのは時系列的にもあきらかだったからだ。
○
昼前。
牢獄のある建物の近くを通りかかったとき、ちょうど扉から出てくる役人の男とすれ違った。
「……彼らはなにか喋ったか?」
「いいえ。なにも」
俺が訊くと、役人の男はため息をついた。
「まあ、どのみち彼らの刑は確定している――といえばそれまでですが、やはり自白を引き出したいものですな。罪を腹の底に溜めたままでは、死後の世でも重りになるばかり……」
「熱心なんだな」
「それが私の仕事ですから」
会釈をして彼とすれ違う。「あ、そうだ――」彼の声に俺はふりかえった。「彼らと話してみてはいかがですかな? なにか思うことがあったのでしょう?」
「……俺が彼らを気にかけていると?」
「ジョジョゼ様はそう話しておりました。あなたはとても優しい方であられると」
「そんなんじゃ……」俺はうつむいた。「……ない」
○
結局、俺は地下への階段を下っていた。
この先は牢屋だ。ミーリータと男、二人の刺客が捕らえられている。
「……」
俺は優しくなんかない。大勢の人間となんら変わらないんだ。ひとの死ぬところは見たくない。ただ、それだけだ。
本当なら、こんな処刑も望んでいない。でも、もはや俺に止める力はなかった。彼らは自らした行いの報いを受ける――それはこの世界の秩序のために必要なことだった。
通路を進む。捕らえた最初の日に、彼らを収容させる場面に立ち会った。だから、どこの牢屋にいるかはわかっている。
まずは、ここにミーリータが……。
「――!」
俺は目を疑った。
牢屋の中はもぬけの殻だったのだ――。
外された手枷と足枷が床に転がっている……それに牢屋の錠も。
脱獄だ! すぐに報せないと!
そう出口に向かいかけて俺はハッとした――俺はいまそこで役人の男と話したのだ。彼はそれまでミーリータたちを取り調べしていたはず。なら、ついさっきまでミーリータはここにいたのだ――。
「……」
俺は警戒しながら通路を奥へ進んだ。
役人の男と護衛以外、まだ誰ともすれ違っていない。
つまり、ミーリータはまだここにいる……。
そして男が捕らえられている牢屋の前まで来た。ミーリータの相方がいる部屋だ……。
中を覗き込むと、人影が二つあった。
「ミーリータ……」
「おまえか。奇遇だな」
彼女がふりかえる。
ミーリータは相方の男のそばに寄り添うように立っていた。男は椅子に座っている。彼は寝ているわけじゃなかったけど、とても静かにしていた。
ミーリータが鼻を鳴らす。「そのニオイ――見届人は証をつけることに成功したのか」
「……やっぱり気づくのか。あれから風呂に入りまくったんだけどな」
「無駄。もう逃げられない」
「ったく、勘弁してほしいな。なんでそこまでするんだ? おまえの一族は」
「それが信頼につながるから。単純な強さよりも、ずっと。決して途中で投げ出さない。これ以上に恐ろしい刺客があるか?」
「なるほどな。……で、おまえはどうする? 残念だけど、脱獄は失敗だ。おまえにはまた自分の牢屋に戻ってもらうぞ」
「その必要はない――」
「――!」
ミーリータは持っていたなにかの破片で男の首を掻っ切った。
動脈から血が勢いよく噴き出す。「あ、あ、あ……」男は抵抗しなかった。暴れることもなく、ミーリータのやることに身を任せていた。彼の見開いた目……すぐに光はなくなった。
「……なんのつもりだ!」
「だから、言った。二度目はないって」
「……!」
「二度も捕まる刺客なんて、刺客失格。もはや信用されない。あとは一族の掟に従うのみ」
「……掟だと?」
「私たちは処刑で死ぬことは許されない。処刑されるということは、捕まって役人の取り調べを受けたということ。たとえ口を割らなかったにしても、依頼人はそう思わないかもしれない。だから、依頼人の信頼を得るために私たちは自らの手で命を断つ――」
「……!」
「そう、これも仕事のうち。契約に含まれている――」
ミーリータは尖った破片を自分の首筋に近づけた。
「――待てっ!」
俺は手を伸ばす。
牢屋の扉を開けようとした――でも、あらかじめミーリータの手で錠は掛け直されていた。
彼女は破片で自分の首を刺した。
深く、勢いよく。
流れた血はまたたく間に白い囚人服を赤く染めた。
「あ、あ……」
小さくうめいたあと、ミーリータは床に倒れた。
空っぽの目が俺の方を向く。
「……くそっ!」
俺は鉄格子を殴りつけた。
手の痛みよりにも、言いようもない悔しさの方が勝っていた――。
○
夜。
日が暮れてもなお、ルトヴィヒたち四人は険しい峠道を歩き続けていた。
ぶらんぶらん。それぞれが手に持ったランタンの灯りがずいぶんと揺れている。それは彼らの疲労具合を表しているようだった。
「あー! 足疲れたー!」魔法使いのモニカが不満げに叫ぶ。「もう限界! ヴェロッテ、飛行魔法でびゅーんと町まで送ってよー! お願いだからさー!」
「……あの魔法の大変さ知ってるの? そんな長距離、ムリなんだけど」
「はぁあああ? ンもう、雑魚! だったら、また回復魔法かけてよ! 足が痛いの!」
「……言わなかった? 足の筋肉は回復できても、体の疲労には効かないって。だから、ここで使ってもあまり意味ないと思うけど。それに私の魔力が足りなくなったりしたら、どうするつもり? いざっていうときにヤバいよ?」
「知らないわよ、私はいま足が痛いの!」
「……」
「うるせぇぞ、おまえら! グダグダ言ってねぇで足を動かせ!」
二人の方をふりかえってルトヴィヒが怒鳴る。
「……私はなにも言ってないんだけど」小声でぼやくヴェロッテ。
モニカの方はというと、逆に彼へ向かって歯を剥いた。「あんたこそなによ、ルトヴィヒ! 私はこんなことをするためにあんたに付いてきたわけじゃないんだけど!? パーティーのリーダーとしてどうなのよ、この状況は! なんとかしなさいよ!」
「うるせぇ! いまはただ黙って歩け! つぎの町まで行きゃあ、馬が買えるんだ! そうしたら、フスハイムとの国境までひとっ走りだ!」
「その、つぎの町っていうのはどこよ! 一体いつ着くのよ!」
「うるせぇ! もうすぐだよ、もうすぐ! 黙ってろバカが!」
「……」
言い争う三人に見向きもせず、新入りの戦士ユーリートは黙々と歩を進め続ける。
ふと、彼の目が前方にポツンと灯る明かりに気づいた。
「おい――」
「なんだよ!」ルトヴィヒが向き直る。
「あれを見ろ。小屋がある」
「マジか! ……ああ、明かりがついてるな。よっしゃ! 今晩は屋根の下で眠れそうだな! ツイてるぜ!」
息を吹き返したルトヴィヒがまた元気よく歩き出す。
「四人も泊めてくれるかな?」
そうヴェロッテが不安を口にすると、ルトヴィヒは「ハハハッ!」と笑った。
「関係あるか? 向こうがもし断ったなら、ソッコーで追い出しゃいい。もちろん死体でな。ったく、何年冒険者やってんだ? ほら、さっさと行くぞ!」
ルトヴィヒが先頭を走り、ほかの三人も駆け足で彼に続いた。
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