第二話 量産される死体 強い疑惑
「入り口に二人いなかったか? うちのサポートメンバーなんだが……」
中性的な彼女がきいてくる。俺は気が進まないながらも応えた。
「ああ、いたよ。だけど……」
「……?」
「死んでいた」
「……!?」
「なんだって!?」
彼女たち二人は同時に目を見開く。
「背中に大きな傷があった。……その、はぐれたモンスターが外に出てきたんじゃないか?」
「そんな……まさか」
「……」
信じられないといった様子だった。
無理もない。死んだ二人はダンジョンの外で待っていたわけだし、中のモンスターたちは仲間がどんどん排除しながら進んでいたのだ。普通ならば危険はほとんどないはずだった。
中性的な彼女は少し考え込んだあと、俺の顔を見た。
「計画を変更してもいいか? もう一方の道を行った仲間と合流したいんだが」
「ああ。べつにいいけど」
それから俺たちは会話もせずに先を急いだ。
○
「こっち……」
僧侶を背負った彼女――眉に傷のある少女――は狩人職で、地面に残った痕跡を見逃さない。先頭を行くのは俺だけど、一歩後ろで指揮をとるのは彼女だった。
「ッ! 誰かいる!」
「ああ……大丈夫。俺の仲間だ」
道の先に見えたのは見覚えのある背中だった。
さっき合流した大男の新入り――ユーリートだったか――を含めて四人。
が、しかし――。
彼らの足元にも誰か――複数人が倒れていた。
「ユッテ! ヨゼフィー! みんな!」
中性的な彼女が叫ぶ。
それで俺にもわかった。倒れているのが彼女の仲間なんだと。
ルトヴィヒがこちらをふりかえる。
「ヨハン。なんでこっちに戻ってきた? ……そいつらは誰だ?」
「えっと……」
「……ああ、なんで! どうしてこんなことに! 一体なにがあったんだ!?」
ルトヴィヒと俺のあいだに中性的な彼女が割って入ってくる。
俺も倒れた四人を見た。彼女たちがすでに死んでいることは明白だった。
「ほら、そこ――そいつにやられたらしい。安心しろ、仇はとってやった」
「……」
ルトヴィヒが顎で後ろを指す。そちらにはミノタウロスが倒れていた。
「ミノタウロス……確かに強敵だが、この四人なら遅れを取らないはず。どうして……?」
「ダンジョンではなんだって起こりうる。疲労が溜まれば、格下相手に負けることだってあるだろ」
「そうかもしれないが……」
唇を噛む中性的な彼女の横で、眉に傷のある彼女が仲間の衣服をさぐっている。なにか気になることがあるようだ。
「……どうした?」
「ない。誰も持ってない……」
「なにを?」
「収納袋」
「……!」
俺にも意味がわかった。
通称、収納袋――正式名称はマジックボックス――一般市民には貴重品なため、盗難を警戒して正式名称を使わないのが冒険者のあいだでは普通になっている。
貴重品ではあるが、冒険者のパーティーには最低一つはなくてはならないものだった。袋の口より大きなものは無理だけど、そこを通るサイズならなんでも入っていく。袋一つで馬車二台に匹敵する量の荷物を収納できるというアイテムだ。
冒険者はダンジョンに潜る場合、絶対にこれを持っていく。奥でお宝を見つけても、持ち帰れなくては意味がないからだ。そのためにはマジックボックス――収納袋は必需品だった。
「袋は彼女たちが持っていたのか?」
俺は眉に傷のある彼女にきく。
「普段はこの子――狩人のユッテ――が持っている。一番生存する可能性が高いのが狩人だから」
「……」
中性的な少女は少し黙ったあと、ルトヴィヒの顔を見た。
「悪いけど……キミたちの荷物を見せてもらえないか?」
「あ?」
ルトヴィヒのこめかみがピクリと動く。
「てめぇ、言いがかりをつける気か? 俺たちだって袋くらい持ってる」
「そっちこそ、とぼけなくていい。どこもパーティーごとの目印くらいつけるものだろう? ボクたちのパーティーは、サポートの二人を除くと、八人の冒険者で構成されていた。半々で別行動をとるときのため、収納袋も二つ所持しているんだ。そして一つは、いまボクが持っている――」
「……で? 同じものを俺たちが持っていると?」
「それを確認させてほしい」
「……」
ルトヴィヒは大きく溜息をついた。
「あいにく、他人に荷物を漁られたくはなくてなあ……」
「……」
剣呑な空気が漂い始める。
……どうしたらいい?
俺はどう動くべきが迷っていた。
そのときだ――。
突如として地面が大きく揺れた。
「ッ……!」
「なンだ!?」
天井と壁がひとりでに動き出す。
天井は高く、壁は左右に広がっていく。
そうだ――ダンジョンは内部のモンスターに合わせて大きさを変えるのだ。
ここまで広くなったということは、これと同サイズのモンスターが生まれ、そしていまここへ近づいてきているということ――。
「ゴオアアアアアアァアッ!」
「――!」
その咆哮に全員が耳をふさいだ。
「……チッ! いまの鳴き声はなんだ!?」
「知るか。俺がモンスター博士に見えるか?」
ルトヴィヒの叫びにユーリートがマイペースに応える。
「とにかく、このサイズはヤバい! 一旦逃げるぞ!」
ルトヴィヒたちは一斉に駆け出した。
「待て! 話はまだ……」
制止しようとする中性的な彼女に、
「話なら外で! 俺たちも行こう!」
俺は移動を促した。
彼女はキッと俺を睨む。
「……いいか? キミのこともまだ信用したわけじゃ……」
「わかってるから!」
仲間を背負った彼女らと共に走る。
が、つくづく不運とは重なるものだ――。
俺たちの行く手をさえぎるように、壁から新たなモンスターが産み落とされていく。
「あいつら! わざと敵を残してやがる!」
……こっちには俺もいるっていうのに、なんていう仕打ちだ!
逃げるついでに少しくらい倒していってもいいはずなのに、ルトヴィヒたちはまったくそういう素振りもなかった。それどころか、通常よりモンスターの気が高ぶっている――。
これは、まさか――。
ルトヴィヒの使う興奮剤の香りが充満していた。狩人である彼はハーブ類の調合に長け、モンスターをより凶暴化させる薬を作り出すことができる。本来なら、それはモンスター同士を争わせるために使うものだった。使う状況は、近くに人間がいないときに限られる。それをここで使うなんて――。
「よほどボクたちをここで始末したいみたいだな。キミのお仲間は」
「なにか誤解がある、のかも……」
「……フン。ボクはここを出た瞬間、彼らに向かって剣を抜く。キミはどうする?」
「……」
「これを話したのは、ここまでの道程でキミに世話になったせめてもの礼だ。不意打ちのような真似はしたくないからな。正々堂々とやり合おう」
「……ルトヴィヒたちは強いぞ? それに、きみたちは二人しかいない」
「勝つか負けるかはこの際関係ない。やるかどうかだ。ボクの仲間は彼らに背中から切られたのは間違いない。ダンジョンの宝目当てに、冒険者の掟を破って……。ボクには仲間の無念を晴らす義務がある。少なくとも、そう努力する義務がな」
「……ああ」
俺は自分の立場を決めかねていた。
もちろん、俺はルトヴィヒのパーティーメンバーだ。だけど、今回のダンジョンにおけるあいつらの振る舞いは一線を越えている。今回の件がギルドに報告されたら、どんな処罰が待っていることか。比較的苦しまない処刑か、めちゃくちゃ苦しむ処刑か――そのどちらかしかない。
その場合、俺はどうなるんだろう? 直接関与していないし、あいつらの思惑を知らされてもいなかった。だけど、弁明する機会を与えてもらえるかどうか。いま俺の後ろにいるパーティー――彼女たちがかばってくれるといいけど。
俺は彼女たちと走り続けた。モンスターどもの無数の牙をかいくぐりながら。
「……」
この混乱の中だ――後ろの二人も気づくことはなかっただろう。
襲ってくるモンスターたちの動きが、思いのほか鈍かったことに。
そして、その理由――俺が使っている魔法の効果には。
「……ッ!」
「あっ……!」
途中、さらに激しい揺れがあった。
さっきのが近づいてきているのか、それともまた新たに――。
「急ごう!」
「ああ!」
うなずく彼女たちの額から汗が散った。