第十八話 決着 見届人
「どんな動きをしたんだい? 狩人の目でも追えないなんて……」
男が若干震えたような声で訊いてくる。
「べつに。ただ焦って避けただけさ。もしかしたら火事場の馬鹿力でも出たのかな?」
「……」
向こうが信じるかは置いといて、とりあえず俺はとぼけてみせた。
――本当のことを言うと、もちろん魔法を使った。
俺が使う毒にも色々種類があって、一時的に筋力の上限を解除するものもある。これを使えばいまみたいなスピードも出せるし、素手でモンスターと渡り合うほどのパワーだって出せるのだ。
でも、当然のことながら反動もある。いまみたいにほんの一瞬使っただけでも、もう脚が痛い。僧侶の援助なしにそう連発できる技でもなかった。
「貴様、只者ではないな。いや――薄々わかっていたことか。そうでなければ俺たち二人が初見でああも簡単に手玉に取られることもなかった。ミーリータ――」
「なに」
「二人でやる。合わせろ」
「了解」
二人の殺気が高まる。
「待て、待ってくれ」俺は両手を前に出した。
「……」
構えを解かないながらも、一旦二人は動くのをやめてくれた。
「ひとつだけ聞かせてくれ。あいつら――ルトヴィヒたちがなにをしたか知っているのか? それを知ったうえで彼らの依頼を受けたのか?」
「どうでもいい、そんなこと」刺客の少女――ミーリータはにべもなく応えた。「金が貰えればなんでもいい。仕事とはそういうもの」
「金が正義に勝るっていうのか?」
「綺麗事を言うな。おまえが私の家族の面倒を見てくれるのか? 私の一族を? 私の村を?」
「……」
「できないのなら、私がやることに口を出すな。私たちの生活を支えるものは、未来永劫変わらない。この弓と矢、だけだ――」
「……!」
ミーリータがマントから勢いよく両手を出す。
ひるがえったマントの下に見えたのは、細い体――それと隠していた小型の弓。
彼女が弦を引き絞る。素早くなにかを唱え、術式が展開された――無数の魔法の矢が待機状態になる。矢の数はざっと二十を超えていた――。
「……!」
そっちに気を取られた一瞬に男の方からも矢が飛んでくる。
わずかに速度が遅い――矢にくくりつけられた筒に俺は気づいた。導火線に火がついている――筒の中身は火薬だろう。
俺は逆に前へ出た。剣を抜き、平らな面で矢をはじく。
はじかれた矢は空へ――空中で爆発を起こした。
「――」
剣を振ったその隙をミーリータに狙われる。
二十数本の矢が一斉に俺へ向かってきた。まっすぐ向かってくるものもあれば、俺の背中へ回り込むような軌道を描くものもある――魔法の矢なのだ。どう飛ぶかは自由自在というわけか。
……かわせない? いやまあ、俺以外ならそうかもしれないけど。
「……ッ!」
「なに……!!」
俺はふたたび魔法を使った。
彼らは俺の姿を一瞬見失ったはずだ。二人してきょろきょろと周りを見回す。俺が彼らの後ろに立っているのに気づいたとき、二人はそろって呆気にとられていた。
「おいおい、どんな速度だよ……おぉ?」
「……うぅ!?」
男とミーリータはほぼ同時に倒れる。
二人は当然なにをされたかわかっていないだろう。俺はなにも彼らを驚かせたかったわけじゃない。すでに攻撃は済んでいた。
向こうの攻撃を避けただけじゃなく、そのまま二人のふところへ接近――それぞれ至近距離で毒を嗅がせたのだ。
「う……が……」
「……ぐっ」
二人はなんとか荷物の中から薬草を取り出そうと手を動かすが、「……っ!」同時に気づいてなおも目を見開いた。
「探し物はこれか?」
俺は持っていた袋を二つ、地面に落とす。
――攻撃のついでにかすめとっていたのだ。一応、念のためだ。同じ失敗は繰り返したくない。
ミーリータら二人はそこで力尽き、ぐったりと動かなくなった。
「ジョジョゼ。そっちは?」
「ようやく魔法が効いてきたわ。――血は止まった。思ったより、奴の術、効果時間が短かったようね。もしくは、術が万全じゃなかったのか」
「なら、俺にも回復魔法を頼む。こう見えてけっこうボロボロなんだ」
「わかったわ」
俺はジョジョゼに回復魔法をかけてもらう。
彼女はちらりと倒れた二人の方に目をやった。
「彼ら、死んでないわね。……とどめはささないの?」
「あいつらの始末は請け負っていないからな。……そうだろ?」
「……そうね」
「甘いかな? 俺は」
「ええ、相当」ジョジョゼは息を吐く。「……でも、敗者に甘くできるのは強者の特権だから。それもとびっきりの強者のね」
「……」
彼女に褒められて、俺は少し笑ってしまった。
○
「――」
ふいにジョジョゼの表情が固まった。
彼女の視線は俺の後ろに向けられている。「……?」それを追って俺もふりかえった。
――と、少し離れたところに誰かが立っていた。
十歳くらいの幼い少年だ。
……どうして、ここに? 子供が一人でうろつくような場所じゃないっていうのに。
いや、なにより不思議なのは――いつの間にそこまで近づいていたかということだ。
警戒を解いたつもりはなかった。冒険者たるもの、つねに周囲には気を配っているものだ。それなのに、俺もジョジョゼも、いまのいままでまったく少年の姿には気づいていなかった――。
「……きみは? なんで、ここに? 一人か? お父さんかお母さんは――」
「あーあ、やられちゃった。割りに合わない仕事だったってことか」
「……?」
少年は俺を無視して一人ぼやく。
「これ、おじさんがやったの?」
彼は地面に倒れたミーリータを指差す。
「おじ……? いや、まあ、そうだな。俺がやった。ちょっと事情があってな。ああ……近づかない方がいい。まだなにがあるか――」
「これあげる」
「……!」
少年はボールのようなものを俺に向かって投げてきた。
大きな弧を描いて、ゆっくりの俺の方へ。反射的に俺はそれを受け取った。
ボールはなにか柔らかい素材でできた袋だったみたいで、普通にキャッチしたつもりが割れてしまった。
中から勢いよく液体がこぼれる――手だけじゃなくて、着ている鎧も大きく濡らした。
「……」
入っていたのは水じゃなかった――強烈な刺激臭が鼻を突く。
「これは……一体なんのつもりだ?」
「僕はただの見届人。この二人が失敗しちゃったときのための。いま投げたのは『標的の証』――そのニオイはもうとれないよ」
「……!」
「そのニオイを目印に、僕たち一族が全員でおじさんを狙う。せいぜい夜道には気をつけて――ううん、昼も朝も、家の中でもどこでもね」
「……ちょっと待て!」
「――」
少年はなにかを地面に叩きつけ、そこから一気に煙幕が広がった。……けむり玉だ。
そして、煙が晴れた頃には彼の姿は消えていた。
「……くそっ! まだ仲間がいたのか」
「……見届人ですって? 面倒なことになったわね」
ジョジョゼはそう相槌を打ちながらも、後ろに二三歩下がった。
「……ジョジョゼ? なんで離れるんだ?」
「え? そりゃあ、ほら。ニオイを移してほしくないから」
「……」
なんか切ない……。
俺はため息が出た。




