第十七話 刺客の少女 神罰の矢
「私にトドメをささなかったことを後悔させてやる」
「……っ!?」
小柄な方の刺客が初めて声を発する――それは女性の声だった。それも、まだ幼い。おそらく少女の――。
「……なんのことだ? どこかで会ったか? さっきの市場以外で」
「今日の午前だ。森でおまえたちを追った――おまえの妙な技で私はやられてしまったが――不覚だった。おまえがなにをしたか、まったくわからなかった」
「……!」
思い出した――男の刺客を捕まえたあと、森を抜けようとする際に追ってきたもう一人か。そういえばこんな色のマントを着ていたかもしれない。
「……でも、なんで? あれはそう簡単に回復するものでもないはずだ。早くて丸一日は動けないはず……」
「――物は試し、だった。どうせほかにどうすることもできなかった。なんとか手を動かし、荷物の中を漁って、持っていた色々な種類の薬草をかじってみた。運がよかった、そのどれかが効いてくれた」
「……」
彼女は俺の妙な『技』と言った。なんらかの技術によって毒を放ったと思っているのだろう。魔法であることはバレていない。なんにせよ、俺の毒魔法がそう簡単に解毒できるはずはないんだけど……。
「……」
そこで気づいた――彼女の体が微妙に震えていることに。
拳を握って指の震えは隠しているのかもしれないけれど、肩の震えは隠せていない。いまもまだ俺の毒が効いていて、体は痺れたままなんだ――。
「動けるようになった私は街へ戻り、市場でおまえと魔法使いの女を見つけた。二人とも標的だった。女を刺したあと、宿へ戻るおまえたちを尾行した。まさか女の方が助かるとは思わなかった」
「……」
「約束の時間を過ぎてしまい、依頼主たちは自ら行動を起こした。私はその騒ぎに乗じて、捕らえられていた彼を助けた――」そう彼女はとなりの仲間を顎で指す。「標的はちらばってしまったが、どれを優先すべきかはわかっていた。依頼主を殺されては残りの金が支払われない――優先すべきは、依頼主を追ってきたおまえたち。だから、私たちもすぐそのあとを追った」
「……」
「ああ、もうっ! どういうことなの!? 治しているはずなのに、あとから血が溢れてくる!」
ジョジョゼの焦る声が聞こえた。彼女はいま、倒れたザールに回復魔法をかけている。
確かに彼は背後から胸を貫かれて重傷だった。だけど、僧侶なら治せなくはない傷のはず。それがどうして……?
「――ッ!」
俺が睨みつけると、顔をボコボコに腫らした男はニンマリと笑った。
「……俺が撃ったのがただの矢に見えたか? まさかな……。俺は狩人だが、魔法を嗜む――あの神の裁きにも似た光を見ただろう? 俺の『神罰の矢』は相手に傷を負わせたあと、一切の魔法効果を阻害する。ゆえにもう、そいつは助からない。……散々殴ってくれたからな。せめてもの礼に急所ははずしてやった。死に至るまどろみの時間を楽しんでくれ」
少なからず俺は驚いた。俺以外にも職種をまたいだ才能の持ち主はいたのだ。
「……そんな必殺技を隠し持っていたなんてな。どうして俺には使わなかった?」
「そりゃあ、呪文を詠唱する時間がなかったからな。あんなことになるなら、初っ端に一発かますべきだったよ。おまえを侮っていた。今度はもう、油断しない」
「……」
「ミーリータ、気をつけろ。こいつは人知れず毒を撒く。近づくのは危険だ。風下に立つのもな。遠距離から仕留めろ」
「わかってる。私たちに二度目はない」
少女はうなずき、少し横に移動した。男と距離を空け、二人同時に俺を狙うためだ。
「ザール、ザール! ああ、どうすれば……!」
ジョジョゼが悲痛な声で叫んだ。
「ジョジョゼ、諦めるな。きみはそのまま続けて」
「……ヨハンッ!」
「どんな魔法の効果だって永遠に続くわけじゃない。いつかは切れる。……それに、そいつを放ったのは高名な魔法使いでもなんでもない。ただの狩人くずれなんだ」
「……」彼女は黙ってうなずく。
「言ってくれるじゃないか。きみたちもその狩人くずれにやられるんだよ。いま、ここで」
男が凄んだ。
空気が張り詰める――。
相手は二人。でも、男の方が重傷なのは間違いない。強気なセリフを吐いてはいるけれど、立っているのもやっとといった様子。あの魔法の矢にしたって、そうそう簡単には撃てないだろう。準備に時間がかかる。そもそも、もう一発撃つ余力が残っているかどうか。
だから、まずはミーリータという名の少女が仕掛けてくると読んだ。彼女は小振りなナイフを使うことしかまだわかっていない。ただ、扱いには繊細な指の感覚が必須なはずだ。いまの彼女は万全な状態じゃない。俺の毒がまだ残っている……。
「……」
とはいえ、あまり楽観できる状況でもなかった。
――俺はモニカの魔法をもろにくらったのだ。気絶だけは免れたとはいえ、あの電撃によって臓器まで焼けた感覚があった。いまは軽い毒を体内にめぐらせて痛みをやわらげているだけなのだ。一刻も早くジョジョゼに回復魔法をかけてもらいたかった。ただ、ザールの治療を続けている彼女の魔力がまだ持つだろうか? そこも心配ではあった。
「――」
「――ッ!」
刺客の少女――ミーリータがナイフを投げてくる。
そのうちの半分はジョジョゼの方へ向かう――ジョジョゼは背中から取り出した小型の盾でそれを防いだ。わるくない反応だ。さすがは冒険者。
俺もいくつかはかわしつつ、残りは手甲で叩き落とした。全部かわすのは面倒だし、剣を抜く体力さえも温存したかったからだ。
「どうした、そんなものか?」少女がフードの奥で笑う。「……やっぱり、どこか負傷してる。だから、そんなかわし方になるんだ」
「……」
くそっ。バレてるのか?
「大体予想どおり。足元を見てみろ」
「……?」
ミーリータに言われたとおり、俺は視線を下げた。
当然、叩き落としたナイフがそこには転がっている。――でも、言われて俺は気づいた。ナイフの柄になにかしらの装飾が施されていることに。単なる模様じゃない、これは――。
「……魔術文字ッ!?」
それ単体ではなんの意味もない。けれど、特定の文字列になれば魔法陣と同じ効果をもつ。ナイフは俺を囲むようにして落ちていた――俺の意図じゃない――ミーリータがそうなるよう狙って投げていたのだ。
「血の朝焼け、死の幕開け」
彼女はキーとなる言葉を口にする。
とてもかわせるようなタイミングじゃなかった。
――いや、あくまで普通の人だったら、の話だけど。
「え……!」
「……」
ナイフに囲まれた場所に火柱が上がるのを、俺は外側から見た。
あのままだったなら、俺はあの中で火に焼かれていただろう。考えただけでゾッとする話だ。
「どうして? いつの間に……」
「なんだ!? どうやった? まるで一瞬消えたかのような……!」
ミーリータと相方の男が驚いている。
いや、まあ……そこまで大したことでもないんだけど。
「……」
俺は黙って地面を蹴り、ブーツの靴底にはまった小石をふるい落とした。




