第十六話 谷で相対する両者 そして乱入者
「……ヨハン? ヨハンヨハンヨハンヨハン――なんの用だ? なにしに来た? 俺たちはおまえに一ミリも用はないっていうのに。せっかく綺麗にお別れしたっていうのに、その高まった気分に泥を塗るつもりか?」
ルトヴィヒはやれやれといったふうに首をふった。
「……」
「ああー、ヨハンヨハンヨハンヨハン――こんなんなるんだったら、いっそのことぶっ殺しとくんだったな。俺としたことがしくっちまったぜー」
彼は大げさに頭を抱える。
……ひどく芝居じみた仕草。あいかわらず、なんの呵責も感じていないようだった。いまさらだけど、なんて奴だ。
「……だったら、なんでそうしなかった? 俺のことだけはギルドに報告してなかったな」
俺の問いにルトヴィヒは肩をすくめる。
「べっつにー? パーティーから殉職者を出すと評判が下がるだろ? それだけだよ。まあ、冒険者の中じゃ珍しくもないが、できることなら自分のパーティーからは出したくないもんだ。だから、おまえが勝手に一人でどこか行ったことにしたかった。あくまでのおまえの都合で姿を消したことにしたかったっていうのに、まったくよぉ……あいかわらず空気の読めないヤツだなぁ、ヨハーン?」
「……」
俺は怒りに震えるフリをして下を向いた。
「……気づいてるか?」
ザールが俺にだけ聞こえる声でささやく。
「もちろん……」
俺は下を向いたまま応えた。
「向こうも魔法の準備中だ――あっちの僧侶、飛行の魔法は?」
「――ああ、使えるはずだ」
魔法使いのモニカも僧侶のヴェロッテも、ルトヴィヒとユーリートの体に隠れてよく見えない。確信はないけれど、当然呪文の詠唱を始めているはずだ。
「なんとかして止めないと……」
「前衛を任せられるか? 俺は魔法の準備に入る――」
「……詠唱中はどうする気だ? 無防備になるぞ――もちろん戦士に手出しはさせないけど、向こうには狩人もいるし――それに、あんたの魔法は強力だけど、この状況で当てられるのかどうか……」
「防御はジョジョゼに任せる。彼女は僧侶職だ。……あと、俺の魔法が心配か? 安心しろ、性能をいじれば対人戦でも有効に使える。十秒でいい――十秒もあれば、奴らを仕留めるのに充分な火力は出せる――」
「……できれば殺さないでほしい。あいつらには、あとでちゃんと罪を認めさせる場が必要だから」
「さあな。保証はできない。手加減はするが、奴ら次第だ。思ったより雑魚なら、俺の魔法で黒こげになって死ぬだろうな」
「……」
ザールのとなり――ジョジョゼも魔力を練っている。いつでも防壁魔法を発動できる様子だった。
「俺が突っ込む。あとは適当に合わせてくれ」
「こちらの読み通りにあっちが飛行魔法を準備中なら、防壁は使えないけれど――まあ、賭けね。とりあえずやるしかないわ」
ジョジョゼはうなずいた。
「なーにをコソコソ話してんだよ! どうせ無駄なんだからさっさと――」
「――」
ルトヴィヒの言葉を待たずに俺は飛び出す。
反応したルトヴィヒはすかさず矢を撃ってきた。
俺はそれを剣で叩き落とす。
「――ッ!」
新入りの大男――ユーリートも同時に間合いを詰めてきていた。
彼の大振りの剣を屈んでかわす。
すかさず俺は反撃に出ようとした――俺の剣の長さでは全然足りない。間合いの外だ――でも、俺の魔法を絡めれば十分に射程圏内だった。刀身はただ毒を運ぶための発射台にすぎない――。
「……」
だけど、すぐにユーリートは後方へ飛んだ。
……逃げた? いや――。
彼の後方でモニカが杖を掲げる様子が見えた。
杖がまばゆい光を放つ――その瞬間、俺の体を電撃が貫いた。
直撃だ――避けようもない速度。
「……くっ!」
意識が飛びそうになる寸前、俺は毒を自分に打った。
気付け薬だ――もちろん褒められた使い方じゃないけれど――強力な毒が俺の意識を一瞬にして呼び戻す。
「な、なんで……!? 確かに当たったはず……!」
モニカの驚愕した顔が痛快だった。
――彼らは俺の魔法を知らない。だから、俺になにができうるかも。
罪悪感はなかった。いまの雷魔法はあきらかに俺を殺すつもりで放たれたものだったし、毒魔法について黙っていたとはいえ、俺が仕事で手を抜いたことなどなかったのだから。
確かにモニカの魔法は強烈だった。だけど、これで彼女の魔法は不発に終わったことになる。つぎの魔法を準備する時間はもうない――。
「――ヨハン、どけ!」
「――!」
ザールの合図だ。
俺はとっさに横へ飛んだ。
彼が両手を前に出す。
赤い輝きが膨らむ――。
――そのときだった。
「がぁあああッ!」
「……!?」
ザールの胸を貫く光の筋――。
その閃光が走ったあと、彼の体から血が噴き出した。
ザールは前のめりの倒れる。
ジョジョゼがふりかえる。俺も二人の後ろに目をやった。
「おまえは……!」
「ハッハッハー! お返しだクソ野郎!」
――近づいてくる二つの影。
駆けてくる馬の上で弓を構えていたのは、顔をボコボコに腫らしたあの男だった。俺が森で捕まえ、その後ザールに拷問を受けた狩人の――。
彼はギルド爆発の騒ぎに乗じて逃げ出していた。あらかじめルトヴィヒから向かう場所を聞いていたのだろう。そしていま追いついた――。
「……」
もう一つの人影が黙って手を振りかぶる。
キラリと光るものが一瞬見えた。
「あぶないっ!」
「……く!」
ジョジョゼが防壁魔法を発動し、投擲されたナイフを防ぐ。
散らばった幾本のナイフ――それと同じものを俺は今日見ていた――。
馬から飛び降りた影が華麗に着地を決める。
「……やっぱりおまえか」
その小柄な体型とマントの色には見覚えがあった――そうだ。つい先刻、市場でイーザシャをナイフで刺した犯人だ。
「ヴェロッテ、いまだ!」
「……!?」
ルトヴィヒの声が聞こえた。
俺がふりかえると、彼ら四人の体が浮き上がるところだった。ヴェロッテの魔法が発動したのだ――。
四人は空を飛び、あっという間に谷を越えてしまった。止める暇もない。
「……ッ!」
「あーはっはっはっは! ヨハーン、残念だったなー!」
遠くからルトヴィヒの高笑いが響いてくる。
「機会があったらまた会おうや! いや、もう会いたくはねえな! まあ、おまえの死に顔くらいは見てぇがな! それを肴にしたら、めちゃくちゃ酒が進みそうだ!」
「待て、ルトヴィヒ!」
「誰が待つか、バーカ!」
対岸の四人が歩き始める。
「あ、そうそう――ここまで邪魔してくれた礼だ。おまえの殺害依頼は取り消さずに、そのまま継続してやる」
「……!」
「もし、その二人を返り討ちできたとしても、そいつらの身内が仕事を続けるだろう。そいつらの一族はしつこいって評判だ。せいぜい夜道には気をつけてくれや。じゃあな!」
そしてルトヴィヒたちの背中はすぐに見えなくなった。
「……くそっ!」
「――」
「……!」
背後からの殺気に俺はふりかえる。
弓を持ったあの男も馬を降りて、ふらつきながらも自分の足で立っていた。
そして小柄な方――そいつは突き刺すような視線を俺に向けてきていた。




