第十五話 追走の峠道 ザールの魔法
「すまない! ちょっと馬を貸してくれないか」
俺は近くにいた商人に声をかける。
「……え!? いやいや、そんなことできるわけないじゃないか!」
「そこをなんとか! 頼む! ええと……そうだ!」
「……?」
俺は思い出した。そうだ――金はないけれど、とても価値のある物を俺はいま持っている。
収納袋――マジックボックスを俺は取り出した。この中には、今日ダンジョンで回収してきた財宝がぎっしりと詰まっている――。
俺は適当に鷲掴みしたものを商人の手のひらに乗せた。
「これ! 馬の代金はこれで!」
「ええ! こんなに!?」
「じゃあ、借りるぞ!」
俺は返事を待たずに馬に飛び乗った。
急いで四人のあとを追う。
馬の腹を蹴り、精一杯加速させた。
向こうも一人で一頭の馬に乗っている。差は中々縮まらない。
この状況では俺の魔法も役に立たなかった。もっと近づかないと、どうにもならない。
前方――四人のうちの一人が、馬上で左腕を伸ばす。
その手には杖が――。
「――ッ!」
杖がまばゆい光を放ったかと思った瞬間、地面が揺れだした。
地震じゃない――局所的――でも、揺れはケタ違い。
目の前の地面が突如として盛り上がり、一瞬で壁になった。
「……くそっ!」
俺は素早く手綱を引いた。
それでも馬は止まりきれず、壁に激しく衝突した。俺は地面に投げ出される。
「っ痛……ああ! すまない、大丈夫か!?」
倒れた馬に駆け寄る。さいわいなことに体の側面をぶつけただけで済んだようだ。脚は折れておらず、また立ち上がることができた。
「……くっ!」
でも、隆起した地面は完全に道を分断していた。この傾斜は馬ではとても登れない。
……どうする? このままだと追いつけないぞ!
「ヨハン! どけ!」
「……!?」
声にふりかえると、馬で駆けてくる二つの影が見えた。
――声はザールのもの。
俺はふたたび馬に乗り、道の脇に退避した。
影の一つが両手を前に出す。その手が赤く光った。
撃ち出されたのは大きな火球。
壁を粉々に破壊した。
爆発によってえぐれた部分が道となる――。
ザールたちはそのまま止まらずに駆け抜けた。俺もそのあとに続く。
二人の横に並び、顔を見る。ザールともう一人はジョジョゼだった。
「ジョジョゼ! なんで、きみが!?」
「ザールから聞いたの! あいつらが逃げ出したって! だったら、追いかけるしかないでしょう!」
「きみは戦えるのか? このまま行くと戦闘になる。危険だぞ!」
「これでも冒険者としてやってきたのよ! さっきは油断してただけ! 借りは返すわ! 必ずね!」
「でも、きみがいなきゃ、ルトヴィヒたちの悪事についての証言が――!」
「いまさら必要ないわよ! 奴らは逃亡したのよ!? 罪状が事実だと認めたようなもの! あとは捕まえて役人のまえに引きずっていくだけ!」
「……」
それもそうか。
もはや手順を気にしている段階じゃない。ここからは力が物を言う――力でしか解決できないところまできていた。
俺はザールの方を見た。
「……ザール! あの捕まえた男はいいのか!?」
「逃げられたんだよ、くそったれ! ギルドの爆発にみんな気を取られた一瞬をつかれた! 仲間がいたんだろう! どこかで助けに入るチャンスをうかがってたんだ!」
「……!」
散々な展開だ。
でも、まだなんとかなる。
刺客たちは最悪放っておいてもいい。この道の先でルトヴィヒたちを捕らえることさえできれば――。
「でも、どうする! このままじゃ追いつけないぞ! もし近づけても、またモニカの魔法で妨害される!」
「そのまえに俺が撃つ! 邪魔はさせない!」
「でも、向こうには僧侶のヴェロッテもいる! 防壁魔法で防がれるかもしれないぞ!」
「この道の先になにがあるか知ってるか!」
「いや……」
「俺に考えがある! 任せておけ!」
ザールは自信ありげに応えた。
なら、ここは彼に任せるしかない。この状況で俺にできることもなかった。
俺たち三人は馬で走り続ける。
峠道――ルトヴィヒらの姿はもうほとんど見えなかった。でも、すぐ前を走っていることは砂埃からわかる。
「俺はそろそろ詠唱に入るぞ!」
「まだ離れているぞ! どうする気だ!?」
「直接は狙わない! この先の吊り橋を狙う!」
ザールが魔法の準備態勢に入った。
徐々に彼の手が赤い光をまとっていく。
激しい傾斜。道も険しくなってくる。
「さあ、ここだ! いくぞ!」
ザールが呪文の詠唱を終え、叫んだ。
まだ橋は見えない。ルトヴィヒたちの姿も。
それでもザールは両手を掲げた。前方にではなく、斜め上に。
撃ち出された巨大な火球が空へ昇っていく。ゆっくりと。
術者として調整したのか、それとも己の魔法を知り尽くしているのか――空へ上がりすぎることもなく、火球は途中で落下に転じる。
放物線を描いて岩壁の先へ――。
「さあ、橋が見えるぞ!」
自信ありげにザールが言った。
カーブを曲がると、一気に視界がひらけた。ずっと奥の方に吊り橋が見える。
ルトヴィヒたちはまだ橋に差し掛かってはいない。その手前をまだ走っていた。
火球はルトヴィヒたちを追い越して橋に迫る。ザールの狙いはドンピシャだ。
「……!」
「……!」
あの焦ったような様子から、四人も上空から迫る火球には気づいていた。でも、打つ手がないと――。
僧侶のヴェロッテは魔法防壁を張れるけれど、それは術者の近くに限定される。自分を狙ったわけではない攻撃に対してはどうしようもない。彼女のいまの現在地では、上空の火球とも前方の橋とも離れすぎていた。
「くそったれがぁああああああッ!」
ルトヴィヒの叫び声がここまで届いてくる。
巨大な火球は吊り橋を削りとり、そのまま谷底へと落ちていく。
橋はその大部分を失い、残骸が両岸からそれぞれ垂れた。
火球は谷底で爆発。かすかな地響きが。
「――」
ルトヴィヒらは橋の手前で馬を止めていた。
俺たちは歩を進め、彼らに近づく。四人がこちらをふりかえった――。
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