第十四話 ルトヴィヒ逃亡 西門の衛兵
俺たちは音のした方を見た。
通行人もみんな指差している。
そちらからはもうもうと黒い煙が上がっていた。
「……ギルドのある辺りだな」
「まさか……」
俺とザールは人混みをかきわけて走った。
近くまできたとき、俺はなにか破片を蹴飛ばした。
正確には、煙が上がっているのはギルドではなかった。それに隣接する建物が半壊していたのだ。
「……あそこにはなにが?」
「ルトヴィヒたちを捕らえた部屋があった」
「……」
怪我人が運び出されていく。
話を聞けそうな人はいなかった。みんな重傷だ。
俺とザールは建物の裏に回る。そちらが破壊された箇所だった。
ザールが上を見上げて指さす。「三階のあの部屋だ。あそこには確か、魔法使いの女がいた……」
「モニカか! くそっ!」
俺は思わず壁を殴った。
いくら丈夫に作ってあるとはいえ、彼女の魔法なら壊すのも訳ないだろう。
「奴らもずいぶんと思い切ったことをしたもんだな。ここまでの暴挙に出るなんて」
「……刺客が任務に成功したら、なんらかの合図が送られる手はずになっていたんだろう。時間になっても、それがなかったから……」
「……あいつはもともと時間を稼ぐつもりだったのか。まんまとしてやられたな」
「どうして、もっと厳重な警備にしなかったんだ!」
俺は八つ当たり染みたことを怒鳴ってしまった。
ザールは肩をすくめる。
「冒険者に対して充分な警備なんて不可能だろ。とくに魔法使いなんぞは、裸にひん剥いてもどこかに魔法を隠し持っているもんだ。それに、昨日の段階ではあくまで容疑者という立場だったんだ。奴らもおとなしく従ったし、あれ以上の扱いは必要ないと考えた」
「いますぐ追わないと!」
「まもなく町の門のすべてが封鎖されるはずだ。冒険者といえど、そう簡単に外へは出られない」
「でも、なにか手を打つはずだ! ルトヴィヒはクソ野郎だけど、馬鹿じゃない」
「だが、どう探す? 門は東西南北で四つあるぞ」
「……」
俺は考えた。
一つ、取っ掛かりになりそうなものが浮かんだ。
「……ルトヴィヒたちはこのあと、どこへ逃げる気だ? ここまでのことをしたんだ、手配書が近隣諸国に配られるだろう。友好国なら、罪人の引き渡しがおこなわれる。でも、敵対国なら……」
「手配書は無視される――というか、届かないな」
「仲介人さえいれば国を渡ることはできる。ここから向かうとすると……」
「西のフスハイムが怪しいな。そう離れていないし、この国とは長年敵対関係にある。……だから、直接西門に向かうと? 根拠としては弱いな」
「俺は行ってみる。ザールは?」
「あの男にもう一度訊いてみるとしよう。なにか知っているかも」
あの男――捕まえた刺客のことか。
「諦めて喋ってくれるといいが……」
「もし口を割らなければ、片付けてからおまえのあとを追う。そこでまた合流しよう」
「……できることなら殺すな」
「奴次第だな」
俺はザールと別れ、一人で西門へと急いだ。
○
すでに伝令は行き届いていて、門の前には衛兵たちが集まっていた。
急に出入りを制限された商人らの馬車が立ち往生している。
俺は屋根に飛び乗り、目を凝らした。
「……いた!」
いままさに門をくぐろうとしている者たち――。
封鎖の命令に例外はないはずなのに、一組のグループが町を出ようとしている。フードを目深にかぶった四人組……。顔は見えないけれど、俺にはその中の一人に見覚えがあった。あの高い身長と背負った大剣のシルエットは否応なしに目を引く――。
「ルトヴィヒ!」
俺は叫んだ。
「――」
その場のみんなが俺の方を振り返る中、その四人組だけがこちらを見ようとはしなかった。
俺はすぐさま屋根を下りて門へと走った。
「おい、とまれ!」
「……ッ!」
その俺の前に衛兵が立ちふさがる。
「邪魔をしないでくれ! あの四人に用があるんだ!」
「下がれ! いまここは封鎖されている」
「俺はヨハンだ! もと『宵闇の牙』の! いまはギルドの調査に協力している!」
「おまえが誰だろうと関係ない。誰も通すなとの命令だ。例外はない」
「フードをかぶった四人が通っていったじゃないか! たったいま!」
「……なあ、おい。そんなヤツ見たか?」
衛兵は同僚の方を振り返る。
「いいや。見てないな」
「……!?」
その同僚はニヤニヤしながら応えた。
……こいつら、ルトヴィヒに買収されたのか?
「ルトヴィヒにはいくら貰ったんだ? 通してくれたら、金はあとでギルドから――」
「……おいおい、コイツはなにを言っている? なんのことか、オレにはさっぱりわからないな」
「まったくだ。ソイツには見えないものが見えているようだ。イカれてるな。関わらないほうがいい」
「……」
とりつく島もなかった。
衛兵は歯を剥いて俺に怒鳴る。
「さあ、さっさと回れ右して失せろ。こっちは忙しいんだ。これ以上オレたちの業務を邪魔するようなら牢屋にぶち込むぞ!」
「……」
「……なんだ、その目は? なにか言いたいことがあるのか?」
「おい、どうもソイツは牢屋にぶち込まれるだけでは物足りないらしいぞ?」
「そうか……じゃあ、腕の一二本くらいは折ってやるか。ああ……あとで後悔するなよ? 牢屋で過ごす夜はこたえるんだ。ただぶちのめされただけでも、一晩経ったあとには冷たくなっていることもめずらしくない――おまえはどうだろうな?」
「……」
俺は黙って魔法を発動させた。
『濃度』は極限まで薄く――なおかつ、『噴射』は勢いよく――。
「――なっ!」
「オイッ――!」
俺の前に立ちふさがっていた衛兵たちが一斉に崩れ落ちた。
「なんだ、貴様! なにをしたッ!」
離れたところにいる衛兵たちも次々と剣を抜く。
「すまない。どいてくれ」
「……ぅう!」
俺が歩を進めると、彼らは剣を振り下ろすこともなく地面に突っ伏した。
驚いて声も出ない市民たちの視線を背中に感じながら、俺は門をくぐった。
城壁の外にも、衛兵と、足止めされた市民の姿が。
残った衛兵たちはもはや俺に手を出してこようとはしなかった。
「……どこだ!?」
俺はルトヴィヒたちの姿を探す。
すると、馬に乗って走り去る四人の背中が遠くに見えた――。
「くそっ!」




