第十三話 刺客はもう一人 地下の時間
「イーザシャ!」
俺は彼女のもとへ駆け寄った。
「う、うう……」
ナイフで脇腹を刺されたようだ。
俺はその人物の去った方角を見た。しかし、すでにその背中は群衆の中に消えていた。
――誰だ? いや、いまはともかく……。
「大丈夫か? すぐにダクマリーのところへ――」
「あ、あああ……」
イーザシャの顔があっという間に紫に変色していく。
確かに傷は浅くない――だけど、ここまでの早さで弱っていくのはおかしかった。
「ちっ、そうか……毒か!」
「ああああ……!」
震え出すイーザシャ。
ダクマリーのいる宿屋にしても、冒険者が詰めているギルドにしても、ここからは少し遠い。間に合わないかもしれない――。
「初めてだけど……やってみるか」
それしかなかった。
俺は魔法を発動し、イーザシャの体内へ毒を流し込んだ。
より強力な毒を……たった一滴でもこの町の全員を殺せるほどの……。
でも、狙うのはイーザシャ本人ではない。その体内をめぐりつつある毒の方だ――。
毒で毒を制するのだ――魔法というものは、術者のイメージ次第で無限の可能性を秘めている。できるはずだった。きっとできる、と俺の直感がささやいた。
ナイフに塗られていた毒を魔法の毒によって殺し、そのあとで即座に魔法を解除した。時間にしたら数秒も経っていない。周りの観衆もなにもわからなかっただろう。
イーザシャはキョトンした顔で俺を見上げた。
「あ、あれ……? あたし……なんか、大丈夫かも」
「よかったよ。うまくいったみたいで」
「ありがと……」
イーザシャは立ち上がる。
「あ、イタタタ!」
「ゆっくり……。刺し傷の方は処置できてないわけだから」
「……うん、でも大丈夫。ナイフは小さいヤツだったみたい。そこまで酷くはないよ」
「肩を貸そう。宿屋まで戻るんだ」
「あ……ご飯買っていかないと。せっかくここまで来たんだから」
「まあ、そうだな……」
みんなの分の食事を買い、俺たちは歩き出した。
「……犯人は見た? あたし、全然気づかなかったんだけど……」
「顔は見えなかった。ほかのみんなにも報せないとな。刺客はまだいるみたいだ」
「でも、ヨハンって何者? あんな強力な解毒魔法、高位の僧侶でも中々使えないと思うけど」
「あー、いや……まあ色々と修行してきたからな。その成果さ」
「修行したからって、戦士が魔法を使えるようになるの? ……あ、逆か。僧侶が剣を学んだってこと?」
「まあ、そんなところだ」
俺は適当にはぐらかし、イーザシャを支えながら宿屋まで戻った。
傷ついた彼女をダクマリーに託す。さいわいなことにジョジョゼの治療は済んでいた。ダクマリーは続けてイーザシャの治療に移る。小さなナイフ傷だ、体の半分が吹っ飛んだジョジョゼに比べれば大したことない。僧侶の治癒魔法で完治まで一分もかからなかった。
「気をつけた方がいい。刺客はまだいるようだ。しかも、街中に」
俺の言葉にジョジョゼはうなずく。
「私はもう大丈夫だ。すぐにギルドまで行こうか。調査結果を報告するんだ」
「奴らは即刻縛り首だな。はりつけでもいい。……ああ、火あぶりだと準備がかかるからな。できれば、今日中に済ませてもらいたい」クハルナーが唇を歪めて言った。
「私が口添えすれば可能だろう。私も奴らの死に顔を見ながら、今夜は晩酌といきたいところだからな」
「……でも、また邪魔しようとしてくるんじゃない? もしかしたら、今度こそなりふりかまわずに……」
イーザシャが心配そうな声を上げる。ジョジョゼもうなずいた。
「可能性はある。私がギルドに到着すれば、奴らの死刑が確定するわけだからな。刺客はいままで以上に躍起となって阻止しようとしてくるはず」
「……」
そこでクハルナーが俺を見た。
「ヨハンくん。できればボクたちと一緒に来てほしいんだが……」
「もちろん。同行させてもらうさ」
「よかった! 助かるよ」
「ところでザールは? 彼にも仕事をしてもらわないと……」ジョジョゼが周りをきょろきょろと見回す。
「……ああ、ここの地下室にいるよ。ちょっと待っててくれ。俺が呼んでくる」
○
俺は地下室へ下りた。
中は静かだった。ザールは拳についた血を拭っている。
捕らえられた男はぐったりとうなだれている。その顔面からは大量の血が滴り落ちていた。
「進展は?」
「中々強情な奴だよ。なにも喋ろうとしない。まあ、その分俺は楽しめてる」
「そうか……」
「う……あ……」
男が目を覚ます。少しのあいだ気を失っていたようだ。
「ああ……なあ、いま何時だ?」
「おまえが気にする必要があるのか? いま、この状況で?」
ザールが意地悪に応える。意地悪どころか、ひどく残酷にも聞こえた。
「なあ、ザール――ジョジョゼの怪我は回復した。これからすぐにギルドへ向かう。一緒に来てくれ」
「わかった。……ああ、そうだ。こいつも連れて行くべきかな。処刑も数が多い方が盛り上がるだろ?」
「どっちでもいいから早くしてくれ」
「オレのポケットに時計が入ってる。……なあ、時間を教えてくれないか?」
男が会話に入ってくる。もう一度時間を訊いてきた。
「……」
俺はザールの顔を見る。
ザールは男に近づき、その体をまさぐった。
懐中時計を抜き取り、男の正面に座る。
「いい時計を持ってるな。……盗んだのか? ……いや、たとえ買ったにしても汚れ仕事で得た金だもんな。あんまり変わんねえか」
「なあ、いまは何時なんだ?」
「……ああ、もうこんな時間か。どうりで腹が減ったわけだ――」ザールは懐中時計を握り、にやりと笑った。「こいつはもう必要ないよな? 俺がもらっておいてやるよ」
「……」
捕らえられた男の反応は予想外だった――笑ったのだ、彼も。
「……ああ、やるよ。時間はわかった。だから、オレは満足だ」
「時間を言った覚えはないが……」
「ああ、聞いてはいないさ。あんたの目に反射したのを見たんだ」
「……ハッタリか? 意図はわからないが、なにを――」
「目はいいんだ。狩人だからな。――ああ、頃合いだな。オレはヘマしちまった。だがまあ、恥の上塗りはしないで済んだ。オレは自分に満足してるよ。思ったより根性があったってわけだ――」
「……なにを言っている? 時間がなんだっていうんだ?」
「――」
そのとき、外で大きな音がした。
爆発音だ。
俺はザールと顔を見合わせ、階段を駆け上がった――。




