第一話 裏切りの回想 不穏な朝
「わるいな。俺たちのために死んでくれ」
「おい、ふざけるな! ンで、こんなこと……ッ!」
「ほら、いいのか? もうすぐ後ろまで来てるかもよ?」
「く……ッ!」
「ギルドには名誉の戦死だと報告しといてやる。おまえの名は『英雄たちの墓標』に刻まれるだろう。じゃあな、ヨハン」
「――!」
○
――なんで? なんでだよ。
まさか、こんなことに――あいつがここまでするなんて……。
俺はここに至るまでの出来事を思い出していた――。
○
最悪な一日は、やけに静かな朝から始まった。
夜は明けていた。だけど、霧が立ち込めているせいで薄暗い。森の中。ミルクのような霧が木々の間に漂っていた。
俺がテントから出ると、ほかのメンバーはすでに起きたあとだった。
魔法使いのモニカは化粧の途中。僧侶のヴェロッテは髪をとかしている。
パーティーのリーダーで狩人のルトヴィヒは、ちょうど朝食を終えたところだった。皿を放り投げて、ゲップを一つ。それから俺の方を睨んだ。
「やっと起きたか。グズめ。さっさと出発するぞ」
「え……どこへ?」
「いいから支度しろ!」
「いや……あの、俺も朝飯を……」
「ああッ!?」
ルトヴィヒが歯を剥く。
「……」
俺は仕方なく荷物をまとめた。
昨夜だって俺が眠るのが遅れたのは、ヴェロッテが見張りを中々交代してくれなかったからだ。いくら声をかけても彼女は起きやしなかった。とはいえ、以前に肩を揺すったら痴漢呼ばわりされて杖で殴られたから、また同じことを繰り返すわけにもいかなかったのだ。
寝不足の俺に遠慮することなく、ほかの三人はズンズンとはずんだ足取りで森を進んでいく。
「気合入れろよ、おまえら。なんたって未発見のダンジョンを見つけたんだからな!」
「え! 未発見の?」
俺は思わず聞き返す。
「そうだ!」
ルトヴィヒは鼻高々といった様子でうなずいた。
まだ誰も見つけていない新発見のダンジョン――それは、冒険者ならヨダレが出るほど欲してやまない存在だった。誰もが一番乗りを目指す場所。その奥には手つかずのお宝が眠っている――。
「もうすぐだ」
ルトヴィヒがそう言ったとき、茂みの奥から一つの人影が現れた。
「よお、もう来てたのか」
どうやらルトヴィヒは顔見知りらしい。
「……誰だ?」
俺は知らない顔だった。
――剣を背負った大男。素人じゃないことだけはわかるけど。
「新しい仲間だよ。ユーリート。腕利きの戦士だ。べつのパーティーに在籍していたが、そこを抜けたらしくてな。ちょうど俺が声をかけた」
「そうなんだ。俺はヨハン。よろしく」
「……」
ひどく無愛想な奴だった。挨拶もない。
それに――。
ほかのみんな――モニカやヴェロッテは知っていたのだろうか? なんか、そんな雰囲気だった。
「どうした? なにをそんな深刻な顔してる?」
「問題があった」
ルトヴィヒの問いに大男は応える。
「なんだ、なにがあった?」
「先に入った奴らがいる。俺たちより先にだ」
「……なんだと!? いつだ?」
「夜明け前だ。以前から目をつけていたんだろう。俺たちより先かあとかはわからないが――」
「なんで止めなかった! そのためにおまえが見張ってたんだろうが!」
「向こうは十人いた。こっちは一人だ」
「……」
「連中は格下だ。やれなくはなかったが、慎重にいくことにした。おまえたちと合流してからでも遅くはないからな」
「……中で?」
「その方がいいだろ?」
「……ああ」
ルトヴィヒと大男はうなずきあったあと、一緒になって歩き出す。俺たちもあとに続いた。
○
やがて、それらしきものが見えた。斜面にできた洞窟――ダンジョンの入口だ。
「……お、おい!」
俺はルトヴィヒたちを追い抜いた。
ひとが二人、倒れていたのだ――。
駆け寄って安否を確認する。
背中に深い傷。すでに息はなかった。
その二人は軽装備かつ大きな袋を背負っていた――その格好から、冒険者が連れて歩くサポート要員だとわかる。
「誰にやられたんだ……?」
「ヨハン、目が見えてないのか? ここはダンジョンの入り口だぞ? モンスターの一匹や二匹、外に出てくることもある」
「……じゃあ、そいつらはいまどこに?」
「さあな。どこかそこら辺をうろついてるんだろ」
「……」
いまいち腑に落ちないものを感じていたが、ここで考えても答えは出そうにない。
俺たちはダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
○
「ここから二手に別れたな……」
地面に手を当ててルトヴィヒが言った。
「お宝を先に取られるわけにはいかねえ。俺たちも別れよう。――ヨハンはそっちだ。ほかは俺についてこい」
「ちょ、おい! 俺だけかよ! 俺一人で?」
「なにか問題が?」
「いや……」
「そうだよな。ここで怖気づく奴なんか俺の仲間にはいねえよな? さあ、わかったらさっさと行け!」
「けど、先行されてるんだぞ? まさか、向こうのパーティーの進行を邪魔しろとまでは言わないよな?」
「ははは! 言うわけねえだろ。ダンジョン内での冒険者同士の争いは禁止事項だぜ?」
「そうだよ、な……。わかった。干渉はせず、追い越せるようならやってみるよ」
「ああ。そっちは任せたぜ」
ルトヴィヒは手をひらひらと振った。
○
俺は一人、ダンジョンを奥に進む。
先を行くパーティーによってモンスターたちは倒されていた。おかげで当面のところは敵に出くわす心配もない。
「……ッ!」
前方に複数の人影。
俺はとっさに警戒した。
「……」
でも、なにやら様子がおかしい。俺は近づいて声をかけてみることにした。
「どうした? 大丈夫か?」
四人のうち二人がバッとふりかえる。
「……キミは? キミも冒険者か?」
中性的な顔立ちをした男が言葉を返す。いや……一瞬男かと思ったけど、声は女性のものだった。
「ああ。先を越されたかと思ったけど、追いつけたな」
「確かにまだ最下層へは行けていないが……」そこで彼女は俺の後ろに目をやる。「キミは一人なのか? 単独でダンジョンの中へ?」
「ああ……いや、仲間はいるよ。途中で別れたんだ。分かれ道で」
「そうか……。なあ? もしよかったら、手を貸してくれないか?」
「……え?」
中性的な彼女は切実な眼差しを向けてきた。
「思ったより、このダンジョンは手強かったんだ。予想がはずれた。イーザシャとダクマリー――うちの魔法使いと僧侶なんだけど、二人とも途中で魔力切れになってしまって……。途中で引き返してきたんだ。いまは二人をおぶって出口へ向かっている。さいわい、帰り道ではまだモンスターに遭遇してはいないけど、なにせ新発見のダンジョンだ――活動が活発だし、いつ新しいモンスターが生まれてきてもおかしくない。ボクたちだけでは二人を守りながらは戦えない。――どうだろう? 出口までボクたちを護衛してくれないか?」
「えっと、俺は……」
「見たところ、キミも腕は立ちそうだ。でも、一人なんだろう? こっちの道が正解かはわからないけど、まだまだ先は続いていた。強いモンスターの気配もあった。一人で行くには危険すぎる。悪いことは言わない。キミも一旦引き返して、仲間と合流したほうがいい」
「……」
俺に宝を発見されたくないための方便、とは思えなかった。彼女の目はまっすぐで澄んでいた。
「わかった。そうしよう」
俺はうなずき、彼女らと一緒に道を引き返しはじめた――。
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