ある日君の声が聞こえて
後ろを振り返ってみたら、今まで登ってきた坂道がつづいているだけだった。
季節は夏で、時間は昼下がりだった。容赦ない陽射しの下を息を切らしながら歩いてきたのだ。
「……たしかに、声がしたと思ったのだけど」
ひとり言は油蝉の嗄れ声に押し負けて、足下の影に転がって消えた。
ひと息ついて、遠くを眺める。思ったよりも登ってきていたみたいだ。はるか向こうの夏雲の下に、副都心のビル群が白い墓石のように立ち並ぶのが見えた。
「さあ、もうひと息」
自分で自分を鼓舞し、足を斜面に突き出す。もう一歩。というように坂道を再び登り出した。時折汗がアスファルトに落ちるのを見ながら、大儀そうな様子で交互に動く自分の足をただ眺める時間が過ぎる。
ふと、誰かに見られているような感覚に襲われた。夢から目が覚めたときみたいに、弾かれたように顔を上げた。咄嗟のことで、今でもあの瞬間は、写真に切り取られたかのように結晶化したあの一瞬は、常夏の記憶として鮮明なままに思い出される。
坂を登り切ったところ、そこには君が立っていた。