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最後の魔女5


 二人が槍と大斧を天に掲げて交差させる。

 瞬間、周囲の風景が一変した。


 折れた摩天楼に、穴あきチーズのようになったビル街。人の気配を感じさせない街並みは木々で覆われ、もう夕暮れだと言うのに空は眩しい位に青く透き通っている。

 そう、ファントムが屋上で封じたのと同じ風景だ。


「本来の庭園が上書きされている。ふぅん、やっぱり彼女達も庭園憑きか」


 周囲を小さく見回してファントムが言う。


「……まるで異世界だな。これがあの二人の庭園なのか」

「そう、これも庭園。私が七荻ビルを封じたように私達が逃げられないように蓋をした訳だね。もっとも、これはそれ以上直接何かをしてこないからね。今のところは逃げられない以上の注意は要らないよ」

「さー、ファントムにおまけさーん、これで逃げ場はありませんよー?」

「貴方達の因果は奪い尽くす」


己の武器を構え、今まさに飛びかからんとする二人の少女。


「さて彼方君、次は勝ち筋の話をしよう。私は君のロッドを因果調律鍵(コード)へと改竄する。刃渡りおよそ九十センチの剣、それが彼女達の守りを突き破る君の武器だ。それを使って何とか斬り伏せて欲しい」

「分かった。七荻次期総帥として、そう言ったものの扱いも一応は仕込まれていた。できるはずだ」


 彼方が頷くと同時、由愛と沙良が猛然と間合いを詰めて襲い掛かった。


「無駄な抵抗は止めてさぁ、死ねよやぁあああっ!」


 彼方は胸ポケットにあるロッドを手に持ってそれを迎え撃つ。

 そして、彼方が一歩足を踏み出すと同時、ロッドが一振りの剣と摩り替わった。


「──全断の剣!? 旧人類がファントムの因果調律鍵を持った!?」


 突如現れた脅威に由愛と沙良は慌てて狙いをファントムから彼方に変えようとする。


「遅い、この好機は逃さん」


 彼方は襲来する二人の間をすり抜けるように踏み込むと、二人をまとめて一刀両断するように剣を振り抜いた。

 剣閃と二人の少女が交差する。


 剣の軌跡上にあった庭園が引き裂かれ、めくれた壁紙の向こうを見るように薄暗いビルの屋上が露出する。


 二人の手にしていた武器が雲散霧消し、由愛と沙良は勢いそのままにファントムの脇まで転がった後、世界から遮断されてその場に浮かび上がった。


「呆気ないものだな……」

「因果調律鍵の欠点、それは世界への干渉力が強すぎるが故に普通の人間にもそれが見える点なんだよ。だから避けることができる。つまり庭園が無くとも因果調律鍵さえあれば理論上はウィッチに勝てるという事だね」

「俺を脅威とみなしていなかったことが敗因と言う事か」

「けれど、まだ気を緩めてはいけないよ。何しろ本番はここからだから」


 ファントムはふらりとよろめきながらも立ち上がり、自らの周囲にも数本の剣を浮かべた。


「大丈夫か?」


 駆け寄ろうとする彼方をファントムは手で制止する。


「大丈夫、君に手渡した全断の剣が維持できなくなるほどじゃない。君はこれから現れる者の相手に集中してくれればいい」

「これから現れる者? 二人は全断の剣で世界から遮断されているんじゃないのか」


 彼方はぷかぷかと浮かぶ沙良と由愛を指差す。


 因果調律鍵に貫かれた者は因果を支配され、世界から切り離された上で干渉権を剥奪される。

 その状態から世界へと復帰するには、やはりウィッチに回復させてもらう必要があるのだと伝え聞いている。


「彼女達は庭園憑きと言う奴でね。彼女達の肉体の持ち主はもう一人居るんだ」

「肉体の持ち主がもう一人……!? それは誰と共用しているんだ」

「彼女達が叡智の塔(パラレルヒストリー)と呼ぶ庭園、そこに記録された意思と記憶。ウィッチの庭園は最強の防具であることに加え、それぞれ異なる特性を持つことは知っているね?」

「ああ」


 会話の最中、庭園の風景がゆっくりと回転し始め、ゴリゴリと耳障りな音を立て始める。


「叡智の塔の特性は意思と記憶の保存、そしてそれを別のウィッチの庭園に上書き可能なこと。つまり周囲に広がっているこの風景は、複製可能なウィッチ専用の記憶媒体なんだよ」


 メリーゴーランドのように回り始めた風景と共に、物理法則から遮断されていたはずの二人が呆けた顔で立ち上がる。その様子は正に操り人形だった。


「動き出した……! 叡智の塔に記憶された意思とやらが動かしているのか!?」

「そう、それが自らの庭園を叡智の塔へと上書きした者、庭園憑きだよ。けれどこれで終わりじゃない。記録された意思と記憶が、魔法で世界を改変できるウィッチという外枠を手に入れたのなら、それ自体も世界に確たる影響を与える存在として動き出す」


 更に回転を増す庭園は次第に収束し、被せられたシートを引き剥がすように、周囲の風景がビルの屋上に戻っていく。

 そして、収束しきった庭園が人型をしたシルエットを成した。


「人の形を成した庭園、あれ自体が意思と記憶を持ってウィッチを使役する……。つまり、叡智の塔はウィッチと言うコンピュータの性能を大幅に上げるプログラムであり、勝手にそのコンピュータを使ってしまうウィルスでもあるんだな」

「その通り」

「ファントム、やることは同じでいいんだろう?」


 彼方は手にしたままの全断の剣(マスターキー)を構える。


「勿論、君の手にしている全断の剣は最優先法則、叡智の塔であろうと問題なく斬れるよ。ただし狙いは使役者である庭園自体に変えること。さあ、第二幕といこうか」

『世界の運行意思として宣言致しますわ。この歴史は間違っていると』


 臨戦態勢の二人に応えるかのように、由愛と沙良が同時に自らと違う全く同じ声音で言う。


「間違っているのは君の方だよ。君達が積み重ねてきた歴史は既に幕を引かれている。その記憶はこちらへ持ち込むべきじゃない」


 ファントムが言い返す。


『それを貴方が言いますのね。種に幕を引く義務から逃げ、この世界へとやって来た貴方が』

「私は未知の未来を求める。君達の求める既知の未来なんて必要ない」

『そうですの、私はそれを許容しませんわ。ですからこれより先は世界の在り方を決める──征界戦でしてよ』


 呆けた顔のまま由愛と沙良が再び大斧と槍を構える。

 シルエットが手をかざして号令を掛け、武器を手にした由愛と沙良が滑るように彼方達へと迫った。


「さあ、彼方君ここが正念場だよ。庭園の無い私達の命は下手を打てば軽々吹き飛んでしまう」


 ファントムが自らの傍らに浮かぶ剣を使い、沙良を切り伏せる。


「っ……!」


 彼方も振り下ろされた由愛の大斧を剣で受け止め、弾き飛ばす。


 弾き飛ばされた由愛はその場で垂直に回転し、ビルの床を軽々掘り返すと、背中からぐるんと斧をすくい上げる。


 彼方は体の軸をずらしてそれを躱すと、横に薙いで由愛を斬った。


「寝ていろ」


 彼方によって世界から遮断された由愛が、彼方の意のままにドサリと音を立てて床に伏す。

 しかし、それもつかの間。由愛と沙良は先程と同じようにカタカタと立ち上がった。


「何だと──?」

「駄目だよ。今回は使役者である庭園を斬らなければこれは終わらない。つまり狙うべきはあのシルエットだけだ」


 立ち上がった由愛と沙良は、滑るように再び宙を駆ける。


「これを掻い潜ってか! 動きが単調になった分、一応やり易くはなってはいるが──!」


 彼方は剣を大きく横に振り回して、ファントムに迫る二人を弾き飛ばす。

 弧を描くように弾き飛んだ由愛の大斧が勢い良く床にぶち当たり、床の破片をぶちまけた。


「ちいっ!」


 彼方は横に滑るように飛びのいてそれを躱す。


「うっ! くうっ──!」


 だが、動きが鈍っていたファントムは破片を避けきれなかった。

 腹部に破片を受けたファントムは、うめき声をあげてその場にうずくまる。


「ファントム!?」

「……大丈夫。庭園がないのを忘れていてね、魔法の暴発を避けるために少し力を抑え過ぎただけだから」


 掠れた声で言うファントム。大丈夫ではないのは明白だった。

 庭園の無い私達の命は下手を打てば軽々吹き飛んでしまう。ファントムがそう言っていた通り、超常吹き荒れるウィッチの抗争では、絶対防壁たる庭園を持たない生身はあまりに脆い。


『まあ、疲労困憊な上に庭園がなくなってしまうと、ウィッチだとしてもこんな風になりますのね。うふふふ、これは良い事を知ってしまいましたわ』


 その様子を見てシルエットが手を動かす。

 沙良が槍を構えてファントムに迫り、由愛が大きく斧を振り上げ、そのまま床に叩きつけて床の破片をファントムに向けぶちまけた。


「あいつ、味を占めたか──!」


 彼方は身を挺して割り込むように横槍に入ると、沙良を袈裟斬りにする。──だが、細かく砕かれた床の破片は到底叩き落せるものではなかった。

 破片が次々と彼方の体に命中していく。


「ぐっ……!」

「君、なんてことを──!?」

「大丈夫だ。生身の頑丈さだけならお前よりも自信がある」


 ファントム同様に満身創痍になりながらも、彼方は虚勢を張って笑ってみせる。


「とはいえ、こんな手を使われては長期戦はできそうもない。だからその前にあのシルエットを斬ってみせる。後一度だけ援護を頼めないか?」


 ファントムは少しだけ黙りこくった後、


「身を挺してくれた君にそう言われて、私ができないと言えるわけがないね」


 いつもの凛然とした声ではなく、甘く優しい声音でそう言った。


「すまん、任せた」


 彼方は振り返らずに頷くと、シルエットだけに狙いを定めて駆け出す。


 駆ける彼方の行く手を遮るように立ち塞がる由愛と沙良。

 二人が武器を振りかぶる。


 しかし、それを彼方の背後から飛来した二つの剣が刺し貫いた。


「これで私は打ち止め。後は任せたよ」

「ああ、問題ない。これで勝敗は決した」


 一度斬ってしまえば、由愛と沙良は再び動き出すまで僅かにラグがある。今までの攻防で彼方はそのことに気がついていた。


 もう二人は間に合わない。後は迷いなく一心不乱に走るだけだ。

 シルエットが手を伸ばす。その意図は彼方には分からない、だがその意図が何であろうともはや関係なかった。


 全断の剣を前に突き出して彼方は走る。


 剣の切っ先がシルエットに届き、そのままシルエットを刺し貫いた。


「終われ……!」


 彼方は貫いた剣を力一杯斬り抜く。


『ふふふ、今回はわたくしの負けですわね。されど黎明の日は訪れる。それではまたお会い致しましょう、お二方』


 裂かれたシルエットは細かい光の粒状に砕け散り、風に吹かれた砂のようにサラサラと夜の闇に消えていった。


 彼方は頬から流れる汗をぬぐいながら、警戒に満ちた視線で周囲を見回す。

 糸の切れた人形のように崩れ落ちている二人のウィッチ、無数に穴の開いたビルの床。

 ビルの屋上には静寂が戻り、その向こうにある七荻ビルは蜃気楼のように揺らめき続けている。


「今度こそ、これで終わったんだな……?」


 後ろに振り返りながら彼方が問う。


「……うん、これで正真正銘私達の勝利だよ。ありがとう、君のおかげだね」


 彼方を援護するために立ち上がっていたファントムは、彼方に向けてそう言うと、力尽きて床に倒れ伏すのだった。


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