信仰時計1
第四章 信仰時計
「あちらは始まったようですね。こちらも間もなくです、信仰時計が勢力拡大を図る前に第二都市開発空域を奪還しましょう」
第二都市開発空域へと向かう自動走行のモノレールの中、車窓から夜空を見上げて遥が言う。
「分かっているわ。出来る限り早く彼方さんの所へ向かわないと」
魔女議会の制服に身を包み、顔に茶色い紙袋を被ったエリスが言う。
「……エリス、その紙袋はどうにかならなかったのですか? 奇矯を通り越して異常なのですが」
「普通の仮面じゃファントムを連想させてしまうでしょう? 一度代役をやっているからそれはマズいと思って。ちゃんと見る為の穴もあるし魔法で脱げないようになっているから大丈夫よ」
エリスはむっふと胸を張る。
あのポーズから察するに、紙袋の中の表情は自信満々のドヤ顔なのだろう。
彼女が賢い事は知っているつもりだが、果たして本当にそうなのか疑問を持ってしまいそうになる。
「まあいいでしょう。どの道貴方が魔女議会に参加するのは一夜限り、その代わり戦力としては存分に期待させて貰います」
遥はため息交じりに小さく首を振って言う。
「ええ、任せておいて、私もソフィアに言ってあげたい言葉があるもの。早々に終わらせるわ」
モノレールの扉が開き、遥とエリスが第二都市開発空域へと降り立つ。
それを数多のウィッチ達が出迎えた。
その出で立ちは魔女議会、魔法騎士団、メイド服。演算装置としたウィッチ達を魔法騎士団のウィッチが制御する編成なのだろう。
「出たな、七荻魔女担当大臣! お前も信仰時計に取り込ませてもらう!」
開口一番、超高速で繰り出されるウィッチの剣、
「特別待遇の出迎え痛み入ります。ですが今宵は歓迎を受けている暇は有りません」
遥は手にした刀で悠然とそれを弾き飛ばしながら言う。
「くっ……! ならばこれで!」
弾き飛ばされたウィッチが指示を出し、信仰時計に支配されたメイド服のウィッチが遥に向かって数多の矢を放つ。
遥がそれを躱すよりも早く、エリスを中心に黒い文字列が吹き荒れ、繰り出される因果調律鍵を持ち主のウィッチ諸共に雁字搦めに拘束した。
「ひっ……なんだこいつは!?」
想定外の強敵が登場したことで動揺する魔法騎士団の少女達。
「では紹介しましょう。彼女はこの事態を収束させるためのスペシャルゲスト、貴方達では手も足も出ない相手だと断言しておきます」
遥が言い終わると同時、第二都市開発空域に黒い嵐が吹き荒れた。
***
「ウィッチが出て行った。遥とエリスも上手くやっているみたいだな」
ロウフェラービルのすぐ近く、人気のない工場の物陰で彼方がロウフェラービルを双眼鏡で確認して呟く。
クラリーチェがベルゼットを相手取り、エリスと遥がウィッチ達を第二空中都市開発空域へとおびき寄せる。その作戦は全て順調、予定通りだ。
「そろそろ俺も動くタイミングだな」
彼方は手にした万能端末に共鳴機関のデータが入っていることを確認する。
彼方にとって最大の失敗だと思っていた共鳴機関が、今は最良の結末へ至るための鍵になっているのだから不思議なものだ。
「よし……」
彼方は必要なデータが全て揃っていることを確認し、物陰から抜け出してロウフェラービルへと駆けだす。
グズグズしている暇はない、彼方の行動も信仰時計に取り込まれた人々により瞬く間に把握されることだろう。
ベルゼットがどれだけ無事でいられるかも未知数。
三人がウィッチ達を釘付けにしているとはいえ、ベルゼットの救命が最終目的である以上、その命を繋ぎとめている共鳴機関の演算装置となっているウィッチ達を世界から切り離すことも許されない。
「全く、正面玄関から正々堂々とは七荻の大将も大物だねぇ」
「いえあーっ! 雪辱戦だぜーっ!」
「と、止まってください!」
そして、いざロウフェラービルへ突入と言う寸前、三人のウィッチが各々の武器を構えて彼方の行く手を遮った
「お前達は七荻ビルの……」
「いや、悪いんだけどさぁ、こっちもボスの頼みで通す訳にはいかないんだわ」
ヒルダが自らの得物である棒を斜めに突き刺して言う。
「頼みと言うが、お前達はソフィア王女が何をしようとしているのか知っているのか?」
三人の顔を順々に眺めて彼方が尋ねる。
「勿論、そっちにとっては呆れた愚行でも、これはクソ真面目で正義漢なボスが自分を押し殺して選んだ答え。それがどれだけ苦渋の決断だったかを私達は知っている。だからそれを止める言葉を持たない。ま、簡単に言うとそう言う事」
ヒルダは臨戦態勢のリズとプラムを押し止めると、玄関の窓ガラスに体を預けながらそう答えた。
彼方との会話に付き合ってくれると言う事だろう。
「そうか……」
「しっかし、因果な話だよ。同じ共鳴機関の失敗から始まったボスとお前さんの因縁、最後に選んだものは真逆なんだからさぁ」
「いいや、真逆じゃない」
彼方が断然と言い切り、ヒルダが意外そうな顔をした。
「ほうほう、それはつまり……?」
「俺はベルゼットも街の人々もその両方を救う答えを選ぶ」
曇りなく言う彼方。
プラムとリズが互いに顔を見合わせ、ヒルダが鋭い視線で彼方を睨みつける。
「そんな答えがあるならボスがとっくに必死になってる。それは確実に助けられるとは言えない、だからボスはそれを認めなかった。違うかい?」
「そうだ……だが、その答えでなければ誰も救われないだろう。だから俺達は困難だろうとその答えを選ぶ」
睨むヒルダから目を逸らさずに彼方はそう言い切った。
「ん、ふははっはっ! なるほど、なるほど! 誰も救われないと来たか! 確かに確かに、あははっ! ああ、確かにこれじゃ誰も救われないや!」
鋭い視線を向けていたヒルダは、一転して腹を抱えて笑い出すと、
「ほい分かった、ならここは通ればいい。ここの中にはボスが居る。お前さんは進んでうちのボスと意地の張り合いをしてくればいいよ。それがお前さんとボスにはそれが一番お似合いさ」
リズとプラムの背中を手で押して彼方の為に道を空けた。
「ちょ、ちょっと、たいちょぉ!? 本気ですか!? 命令違反じゃないですかー!」
「ヒルダ、私は暴れたりないぞー!」
リズがヒルダの制服の裾を掴み、プラムが手をわきわきと動かして不平を漏らす。
「本気も本気、プラムも大人しくしておいてよ。今度模擬戦付き合ってあげるからさぁ」
「ぐー、練習嫌いのヒルダが珍しく参加するならそれで手を打ってやるかー」
不平を漏らす二人をなだめるヒルダ。
その変化に、彼方も全く意図が掴めないで呆然としていた。
「急にどういうつもりなんだ?」
「だってさ、そっちは全員を救える答えを選んでるって話じゃん。当然、私達だってできることならその方がいいんだよ。んで、それができるかの審判はボスに任せるって訳。多分それが一番いい決め方だって思わない?」
彼方は罠を一瞬疑うが、リズとプラムの様子を見ればそうではないことは明白だった。
「……なら通らせてもらうぞ」
迷っている時間はない。この三人を相手取れば莫大な時間を浪費してしまうのは間違いないのだ。
彼方はもう一度だけ三人を一瞥すると、共鳴機関と化したロウフェラービル内部へと踏み入っていく。
「あーあ、本当に行っちゃった。隊長、私は知りませんからねーっだ」
ビルの中へと消えていく彼方を視線で見送りながらリズが言う。
「がーっ! 本当は倒したかった! バトりたかった!」
わきわきとさせていた両手を突き上げてプラムが吼える。
「ははは、無理無理プラム。流石のプラムでもあの目をしてる奴には勝てやしないって」
「目、ヒルダはそんな目が分かるのか?」
プラムが首を傾げる。
「あの目はね。あれは昔のボスとおんなじ目。ボスがアイツを嫌ってるのは間違いなく同族嫌悪だねこりゃ、うん間違いない。二人はさ、私達を魔法騎士団にスカウトした時のボスの台詞を覚えてる?」
「こほん……お主達はウィッチとなり力を得た、ワシは正直言って羨ましい。ワシや普通の人間ではどうしてもこぼしてしまう者達を救うことができるのじゃからな」
ソフィアの声真似をしながらリズが言う。
「そうそう、普通は金だの特権だので釣るだろうにいきなりそれ、思わず笑っちゃったよ。でも……そんなボスが仕切ってたから私は魔法騎士団に所属した。だから妥協だの現実だの言って折れた今のボスは正直物足りないんだよねぇ」
「確かに物足りなくなったなー。昔の方が好きだ」
「でしょでしょ? だから見てみたいって思ったんだ。ボスが心折れなかった"もしも"みたいなアイツが、今のボスと対峙したらどうなるのか。本当に……ボスを含めた全部を救って見せるのか、をさ」
ヒルダがそう言い終えると、三人は揃って青白く発光するロウフェラービルを見上げるのだった。




