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午後三時5

 激動の一夜が明け、七荻ビルを訪れた彼方達を出迎えたのは、万能端末に対して怒声を浴びせる遥の姿だった。


「無論、言われずとも分かっています! この件は元々魔女議会が対応すべき案件! 七荻源十郎のことも含め、全て私が責任を持って対応します! それで文句はないのでしょう!?」


 そう怒鳴って通話を終わらせた遥は、彼方達が来ていることに気が付いて振り返った。


「あ……これはお兄様、お見苦しい場面をお見せしました」


 万能端末を書類に持ち替えた遥は、席に戻って深々と椅子に腰掛ける。

 その表情は重々しく、現状があまり良い状況ではないことが窺い知れた。


「遥、大分怒っていたみたいだけれど何があったのかしら?」

「危機感なくふんぞり返っていただけの連中も、ようやく現状が危機的なのだと気が付いた。それだけのことです」

「つまり、気が付くだけのことが起こったんだな」


 彼方の言葉に遥が小さく頷く。


「……明け方、第二都市開発空域が偽ファントムに襲撃されました。常駐していたウィッチ十数名は行方不明、恐らくそのまま共鳴機関の演算装置とされているのでしょう」

「ふぅん……。私達を助けた後、その足で襲撃したんだろうね。本当に時間がないんだ」


 クラリーチェは腕を組んでむぅとうなる。


「第二都市開発空域が奪われたのは最悪の展開だな。あそこの超大型魔法機関はそのまま共鳴機関の中継器として活用できる」

「その場合の効果範囲は?」

「一緒に演算装置としたウィッチも中継器として利用すれば……恐らくこの国の半分、数千万人は影響下における」


 更にそれを利用して勢力を広げれば、いずれはこの国全域、そして他の国へと信仰時計の効果範囲を広げていけることだろう。

 ベルゼットが信仰時計を用いて自らを制御できるようになるまで際限なく。


「ええ、既に偽ファントムは人類に対する明確な脅威となっています。魔女担当大臣としては多少の犠牲を払ってでも事態の収拾を図らねばならない段階となっています。……勿論、貴方には辛い思いをさせてしまいますが」


 遥は顔を僅かに背けながら言う。それは彼女に後ろめたいことがある時によくやる癖、ベルゼットの命を奪ってでも信仰時計を止めると言うことだ。


「遥、その答えを出すのは少し待ってくれないか。全員を助ける為の算段を用意してきた」


 重い空気を纏い始めた場を切り裂くように彼方が声をあげる。


「お兄様……。その全員にはベルゼットとソフィア王女も含まれているのですね」

「勿論だ」


 遥は少しだけ驚いたような表情を作ったが、コホンと小さく咳払いをして気を取り直す。


「他ならなぬお兄様の意見です、どうして無碍にできましょう。……ただし私はお兄様第一の愛の戦士はありますが、それは全てお兄様に付和雷同すると言う意味ではないことをお忘れなく」

「勿論だ、そうでなければ困る。クラリーチェとエリスも聞いてくれるな?」

「うん」

「ええ」 


 三人が頷き、彼方は手にした資料を机に広げておもむろに口を開く。


「ベルゼットを生存させるにはその体を作り替えるしかない。そして、その時に暴走する魔法を無力化させる。ベルゼットは魔法のオンオフができない状態だと考えられる、つまり一度無力化できれば自らを傷つける暴走も起こらなくなる」

「カナ君……それはまた厳しいことを言うねぇ。魔法の無力化も難しいし、他人の体を生きたまま作り替えるのはウィッチでも特に難しいんだよ?」


 クラリーチェが渋い顔をして首を横に振る。


「それは俺も知っている。……だがそれは他人ならだ。お前は生物学上ベルゼットと親子、お前の体をベルゼットの体内に複製移植するだけでも十分改善するはずだ」

「私は試したことはないけれど、ウィッチは自分の体なら元通りに治せるらしいものね。その要領でやってみるのね」

「いやいや、エリスも気軽に言うけどさ、それを自分の体だけでなくベルゼットの体にまで拡大するのって難題だよ。それこそベルゼットの体の全情報に庭園や魔法、諸々全てを私が掌握する必要があるんだもの」

「それができる算段があるから提案しているんだ」


 彼方は持っていた万能端末を机の上に置く。


「これはロウフェラーの共鳴機関を修理する時に使った万能端末。これを使って共鳴機関を乗っ取る」

「確かにお兄様ならばそれも可能かもしれません。ですが共鳴機関で強化するにはファントムは強過ぎる。限界を超えた共鳴機関は瞬く間に崩壊し、補助装置としての意味は成さないことでしょう」


 遥の苦言に彼方が頷く。


「分かっている、使うのは内部に蓄積されたデータの方だ。あの中にはデータ化されたベルゼットの臓器、魔法による信仰時計の制御方法、人間に因果調律鍵(コード)を突き刺して解析したデータ。欲しいもの全てが入っている」


 ソフィア王女達がベルゼットを救うために行った全て、されどそれだけでは救うことのできなかったパーツに過ぎないもの。

 しかし、それをクラリーチェが手にしたのならば、その全てをかみ合わせることができる。

 そうでなければ彼女はここに居ない。彼女は胎内にいた時から暴走するベルゼットの因果を御し、母体であるベルゼットと繋がっていた。故にベルゼットの捨てた"もしも"である彼女が今無事にこの場に居ること、それこそが荒れ狂うベルゼットの全てを御せる証なのだから。


「それがあれば……断言まではできないけれどできると思う。うん、私ならそれがあればベルゼットを助けられるかもしれない」


 クラリーチェは暫し天を仰いで思案していたが、彼方の方へと向き直って力強く頷いた。


「そうか」


 クラリーチェの返答に彼方が安堵する。


「なるほどそれは可能性ある妙案かもしれません。ですが魔女担当大臣としての私は一つ問わねばなりません。そのベルゼットを助けると言う行為は、数千万を超える無辜の民を賭けの天秤に乗せるに値するのですか?」


 しかし、遥がそこに横槍を入れた。


「むーっ、義妹さんったら意地が悪いねぇ」

「ですがこれは大切なことなのです。客観的に見てファントムは最強、ベルゼットに敗北するとは考えにくい。ですが事態収拾の武器が親子であることに起因している以上、万が一が起こらないとは言えません。本来賭けの天秤に乗せるべきでない者達を天秤に乗せ、それでもしファントムが信仰時計に取り込まれたのなら、どのように責任を取るつもりですか?」


 毅然と言う遥。

 本当は言いたくないだろうに苦言を呈し、彼女は悪役を買って出ている。

 この問いに回答できないのなら、彼方達は野望の為に他者を脅かす者達と何一つ変わらない。ソフィア王女や七荻源十郎の行いを否定することはできなくなってしまう。


「あら、遥ったら七荻総帥になって回りくどい言い方を覚えたのね。つまり、もしもの時は私が止めろって言うんでしょ」


 エリスが遥の前に凛然と躍り出る。


「エリス、損な役回りをすまん……。だが、それを頼めるのはお前しかいない」

「彼方さんも変な事を言うのね。事の初めから私は当事者よ? だから最良の結末になるよう全力であるべきであって、損も得もないと思うのだけれど」


 エリスは金色の髪をふわっと揺らし、彼方に向かって微笑んでみせた。


「だから、ベルゼットだけでなくソフィアのこともお願いね。ソフィアが目指していた道に戻れる所で止めてあげて」

「ああ、勿論だ。全員が最良となる答えを選ぶ。そうでなければこんなリスクを背負う"もしも"に頼ったりしないさ」


 ソフィア達は確実でない"もしも"は選ばなかった。

 だが、最良の結末が"もしも"の先にしかないのなら、彼方達はそれでも"もしも"を選ぶ。たとえ確実でなかろうと足掻き続ければいつかは手が届く、そう信じて。


「と、言う事でこっちはそれで話がまとまったみたいだけれど、魔女担当大臣である義妹さんの判断はどう?」

「はあ、全く……この女は本当に性格が悪い」


 遥は目を細めてクラリーチェに非難の眼差しを向け、


「……並行世界では最強とも称された黄金の魔女の援護。それを取り付けることができるのなら、魔女議会としてもその案で行くほかはありません」


 遥は呆れる様にそう言った後、手にしていた書類をゴミ箱へと投げ入れた。


「遥、すまない」

「すまない? お兄様、状況に流され大切なことを忘れていませんか。……私とて最良の結末を選べるのなら当然それを選びたいのですよ」


 言って、遥はくすりと笑うのだった。



  ***



 ロウフェラービルのある臨海工業地帯にほど近い海上、五棟の高層ビルを多くの橋と十二の小型ビルで結んだ立体建造物が浮かんでいる。

 それこそが第二都市開発空域。ロウフェラービル以上の大型魔法機関を内包するそのビル群は、次世代の街並みを先取りした未来の風景。

 そして今現在、全ての人々を信仰時計に取り込み、その未来を奪いかねない厄災の塔でもあった。


 そんな厄災の塔の中腹、メインストリートでもある巨大橋からベルゼットは静かに夜景を眺めていた。

 その後ろには虚ろな目をしたウィッチの少女達の姿がある。源十郎の所と第二都市開発空域に居たウィッチ達だ。


「静かな夜でございます。……この平和な夜を脅かすのはベルゼットなのでございますね」


 物憂げな表情でベルゼットが言う。

 その姿は白いタキシード、偽ファントムとしての出で立ちだ。


「まだ割り切れぬか?」


 ビルの中から現れたソフィアがゆっくりとベルゼットの横に立つ。


「ソフィア、中継器としての調整は終わったのでございますか?」

「今回はウィッチも中継器として利用するからのう、ただの人であるワシが手出しできる箇所はそう多くないのじゃ」

「そうでございますか……。ベルゼットも大丈夫でございます、もう決別は済ませてあるのでございますから」


 ベルゼットは夜景を見据え、本来なら懐中時計の入っていたポケットをぎゅっと握りしめる。


「そうか、ならばよい。ワシはロウフェラービルに戻って共鳴機関本体の守りをしよう。あの男は間違いなくやってくる、あれはそう言う目の色をしていた」

「……笑っても泣いてもこれが未来の分岐点。緊張で胸が苦しくなるでございますね、今のベルゼットの体には心臓なんて入っていないでございますのに」

「すまぬ、ベルゼット。お主を緩慢な死のレールから急激な死のレールに乗せ変えたのは紛れもなくワシじゃ」


 ソフィアがベルゼットの隣で同じように夜景を見下ろして言う。


「ソフィアが謝る必要はないでございます。命のロウソクが燃え尽きるのを指折り数えるだけの生活よりも、業を背負った未来の方がまだ眩しいでございますから」


 ベルゼットはソフィアに微笑みかける。その眼はどことなく遠い目をしていた。


「どんな"もしも"も、可能性も、未来持つ生者だけが選べるもの。どんなに卑劣と罵られようと、ロウフェラーの面汚しと呼ばれようと、ベルゼットも明日が欲しいでございます」


 懐中時計の無くなったポケットを握っていた手を離し、ベルゼットは悔恨混じりの表情を完全に消し去った。


「ならばはじめるとしよう。ベルゼット、お主とワシの未来を賭した征界戦を」

「勿論でございます。今、ベルゼット・ロウフェラーの名の下に次世代種計画……プログラムファントムの最終宣言をするでございます! リミッター解除! 信仰時計よ、今ここより無限の時を刻め! 開園ッ!」


 天に手を掲げると同時、ベルゼットを中心に黄金色をした円環が展開される。

 次いで遠景のロウフェラービルが青白く輝き、第二都市開発空域がそれに続く。

 信仰時計が夜空に月と並び立ち、それを中心として更に巨大な時計の輪郭が描かれる。

 描かれた巨大時計は針を戻しながら街全域を覆うほどに広がっていく。

 ベルゼットの姿が揺らめき、中央の信仰時計が午前零時の僅か手前を指し示した。


「信仰時計の現在時刻は午前零時。共鳴機関によって掛けられていたお主のリミッターは外れた。これからお主が生き延びるには……信仰時計に取り込み続ける他はない。人を、ウィッチを余す所なく、真なる次世代種へと辿り着くまでじゃ!」

「承知しているでございます。今のベルゼットにとって、脅威となるのは時間制限と……ファントム位のものでございましょう」


 ベルゼットが手を滑らせる。

 光の線に束ねられ、虚空より現れた無数の刃が周囲に浮かんだ。


「共鳴、鍵束(ファントムソード)起動」


 無数の刃は砕け、その破片一つ一つが元の刃と同じ大きさまで復元されていく。

 明けぬ夜空を埋め尽くす刃の銀河。その数は、かつてファントムが第二都市開発空域で見せた全断の剣の雨に勝るとも劣らない。

 これこそが本来(フルスペック)のベルゼット・ロウフェラー。ウィッチとして無事に覚醒できれいれば届き得ただろう領域。いずれファントムへと至る次世代種への入り口。


「さあ、全ての因果を喰らい尽くすでございます。無差別に圧倒的に!」


 合成された機械音声ではなく、ベルゼット本来の声音で歌うように宣言する。

 無数の刃が夜の街へと降り注く。

 夜の街に無数の剣閃が煌めき、そして──


「──っ!?」


 全ての刃が僅か数本の刃によって打ち砕かれた。

 ベルゼットが歯噛みする。こんな芸当ができるのは唯一人、月を背負って夜空に悠然と浮かんでいるあの白き怪異以外に有り得ない。


「ファントム! やはりその答えを選ぶのでございますね! ベルゼットを殺して事態を収めると言う答えを!」


 ベルゼットがファントムを睨みつけて言う。


「ソフィアは急いでロウフェラービルに! ベルゼットはここでファントムを抑え込み、信仰時計で思考を制御したウィッチと人々でその勢力を拡大していくでございます!」


 ソフィアは頷くと、橋から飛び降りて夜空を駆ける。

 それと同時、ベルゼットが猛然と空を翔け、無数の刃を伴ってファントムへと突撃した。

 夜空で悠然と待ち受けるファントムに開戦を告げる最初の刃を打ち込み、ファントムが全断の剣(マスターキー)でそれを悠然と切り裂く。


 そして、全断の剣を振り抜いたファントムが厳かに口を開いた。


「……さあ始めようか、ベルゼット。君と私、二つの"もしも"と未来を賭した征界戦を」

「望む所でございますよっ! お前を打ち倒し、ベルゼットは未来を掴むのでございます!」


 天の川のように夜空を埋め尽くす刃と巨大時計を背負ったベルゼット。

 その中に有ってもなお存在感を失わない黄金の月を背負うファントム。

 二つのシルエットが夜空で交差し、戦いの幕が開けた。

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