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午後三時1

  第三章 午後三時


 彼方は魔法を使い、ビルの山々を跳ぶように夜の街を駆け抜ける。

 辿り着いたロウフェラービルの前では、既に焦燥感を露わにしたソフィアがベルゼットの到着を今か今かと待ち構えていた。


「七荻彼方! 早くベルゼットを渡すのじゃ!」


 二人のウィッチが彼方へと駆け寄り、彼方は抱きかかえていたベルゼットをウィッチ達に託す。

 ウィッチ達は玄関からビルに入らず、そのままビルの外壁を駆け上がっていく。その慌ただしい様子を見るだけで、ベルゼットの容態が如何に危機的状況かが分かってしまう。


「ソフィア王女、何か手伝えることはないか?」


 ウィッチが飛び去った後、彼方は今まさに玄関へと走り出そうとしていたソフィアを呼び止める。


「手伝う? お主達がああしておいて何を言う!」

「その口ぶり、やはり偽ファントムの庭園を剥ぎ取ったのが原因なのか」


 足を止めて睨むソフィアに対し、彼方は腑に落ちないと言った表情を返した。

 クラリーチェは共鳴機関による多層庭園を剥ぎ取っただけ、まだベルゼット自身を因果調律鍵(コード)で刺し貫いてはいなかった。ベルゼット本人に直接的な干渉をしていない以上、ああも苦しむ理由はないはずだ。


「説明する義理はない。ワシとお主達は敵対関係じゃ」

「今は意地を張る時じゃないだろう! 俺だってお前達の所業は見過ごせない。だからと言ってベルゼットの危機を知らぬ存ぜぬでは通せない」


 彼方はソフィアを見て真っすぐに言う。

 ソフィアは唇の端を噛んで迷う素振りを見せたが、


「……だからお主は嫌いじゃ。説明は上でする、じゃから絶対に手伝うと約束せよ」


 そう言ってビルの中へと走り去ってしまう。


「分かった」


 それを「ついて来い」と言う意味だと判断し、彼方はその後を追いかけた。

 ソフィアを追いかけて辿り着いた先は重厚なダークブラウンの扉。つまりはロウフェラー支社長室だった。


「支社長室……? 医務室じゃないのか」

「急くな、この奥じゃ」


 言って、ソフィアは遠慮なく扉を開けて支社長室の奥へと踏み入り、更に部屋の奥に有る扉の先へと踏み入っていく。

 扉の先は病院の集中治療室を彷彿とさせる真っ白な部屋。

 支社長室とはまるで趣の違うその部屋に、既に運び込まれていたベルゼットが息も絶え絶えの様子で横たわっていた。


「お主は隣の接続口からアクセスせよ。共鳴機関が過負荷で焼き切られる前に相殺式を再構築し、出力自体も二割は上げねばならぬ」


 驚き混じりで部屋を見回す彼方にそう言うと、ソフィアは膝の上にキーボードを置いて作業を始める。

 相殺式とは共鳴機関だけで用いられる特殊な魔法式のこと。共鳴機関使用者の周囲で強烈な魔法が行使された場合、演算装置から送られてくる結果と周囲の魔法がぶつかり合い、過負荷によって本来発動するはずの魔法が共鳴機関内部で暴発してしまうのだ。そうなれば共鳴機関自体が魔法で破壊されてしまう、それを防ぐ逆止弁となるのが相殺式だ。

 つまり彼方達が共鳴機関を壊すために行う予定だった一連の流れ、それを防ぐための仕組みだ。


「ソフィア王女、共鳴機関の修繕は別の話だ。ベルゼットを助けるためなら手伝うが、共鳴機関を維持する手助けを認めた訳じゃない」


 街の人々がああも狂った姿を見せつけられているのだ。

 当然、共鳴機関の維持を手伝って悪事の片棒など担げるはずがない。


「同じ話になる……ベルゼットはウィッチとしての能力を制御できん。荒れ狂う因果の渦は常にあ奴の自らの体を蝕んでおる。故に共鳴機関を使ってその魔法を相殺せねばならぬのじゃ!」

「っ! そういう事か!」


 それを聞いた彼方は即座に自らの万能端末を共鳴機関に接続。端末を置いた机の上にホログラムキーボードが映し出されると、一流のピアノ奏者も顔負けの運指で素早くキーボードを叩いていく。

 今ベルゼットの身に起きていることはクラリーチェが語っていた並行世界のベルゼットの死因そのもの。

 こちらのベルゼットは無事にウィッチとして覚醒できたのではなく、並行世界では普及が間に合わなかったロッドを用いることで命を永らえていただけのことだったのだ。


「相殺式再構築完了。第六から第八機関の出力向上も終わった! だがまだ出力は足りないぞ!」


 キーボードを叩く手を僅かにも休めず彼方が言う。


「大丈夫じゃ、第二、第五の調整はできておる。ワシは本体の出力調整に入る故、第三の出力を後三パーセント上昇させるのじゃ!」


 それを受けてソフィアも滑らかな運指でキーボードを叩く。


「分かった!」


 彼方が機関の出力を僅かに上げ、ソフィアがそれによって乱れた動作を安定させる。二人は一流奏者の如くプログラムを奏でていく。

 やがて腹の底から響くような機関の駆動音が早まると、白い部屋が青白く発光し、バツンと駆動音が消える。

 部屋が再び元の静寂を取り戻すと、息も絶え絶えだったベルゼットの呼吸も落ち着きを取り戻していた。


「けふっ……。全く、七荻彼方もファントムも甘いでございますねぇ」


 ベルゼットはむくりと起き上がるとガーゼで口元の血を拭って言う。

 未だ本調子でないのか、その言葉にいつものような底抜けの明るさはない。


「無事のようじゃな、ベルゼット」

「ええ、なんとか。ベルゼットの魔法を押さえつけている多層庭園が切り裂かれた時は死んだと思ったでございますが」


 それを聞いてソフィアは胸を撫で下ろし、机の引き出しに山盛り詰められていたチョコレートバーを頬張った。


「この辺りの好みはエリスに似ているんだな」

「ふん、頭脳労働をすると糖分が欲しくなるのじゃ。ぐうたらの食っちゃ寝と一緒にするでないわ」


 ソフィアはチョコバーを咥えたまま彼方に非難の眼差しを向けると、別に取り出したチョコバーをぶっきらぼうに投げ渡した。


「……調整中に大まかな構成を見せてもらった。この共鳴機関はベルゼットを制御するためだけにあるんだな」


 チョコバーを受け取り、場が落ち着いたのを確認してから彼方がそう口にする。


 初回交戦時の見立てでは、共鳴機関の後押しでベルゼットを強化しているのだと思っていた。

 だが実際は違った。ウィッチと街の人々を取り込んだ莫大な演算力は、全て暴走状態であるベルゼットを制御するためのものだった。

 言い換えればこの共鳴機関はベルゼットの為の生命維持装置。


「そうでございます。規格外で制御不能の欠陥ウィッチを抑える為の装置、それがこの共鳴機関なんでございますよ。ベルゼットさんの庭園である信仰時計で直接人々を取り込まなければ、ベルゼットはここから一歩たりとも離れられないのでございます」


 ベルゼットは立てた人差し指をくるくると回す。恐らくこのビルの範囲を示しているのだろう。


「しかし、一度信仰時計を起動してしまえば、ベルゼットの能力は共鳴機関の性能限界を振り切ってしまう。信仰時計が不完全なまま限界を超えてしまわない為のタイムリミット、それが夜空に浮かぶ時刻という訳じゃ」

「なら、このビルで大人しくしている訳にはいかないのか。ベルゼットには不自由を強いてしまうが、それなら命の心配はないんだろう?」

「並みのウィッチだったらそれでひとまず落着となったでございましょうね。ですが、ウィッチとしてのベルゼットさんは次世代種の領域に足を踏み入れているのでございます」


 ベルゼットは弱々しい表情で小さく首を横に振った。


「共鳴機関でウィッチを取り込み、数多の人々を取り込み、性能限界を上げ続けても……それでもベルゼットが暴走させる魔法を完全に御することはできぬ。遠くない未来、共鳴機関と言う枷は引きちぎられることじゃろう」


 ソフィアは淡々と言う。言外に「だから私達はこの所業を止めない」そう付け足して。


「……だと言うのなら、ベルゼットを御することができれば、お前達は今していることを止めてくれるんだな?」


 目を背けず、曖昧にすることなく彼方が聞き返す。

 彼女達の主張が事実ならばそれでこの一件は解決となる。


「もし……そうだと言ったら、お前はベルゼットを助けるつもりでございますか? 既にこれだけ悪さをしているというのに」

「それで命朽ち果てろだなんて誰が言える? 悪さも失敗も誰だってする、なら生きて償う道を探せばいい。俺だって共鳴機関で失敗をした」


 凛然と言い切る彼方。


「はぁ、本当にあまあまの甘ちゃんでございますねぇ。そんなお人よしで大丈夫か他人事ながら心配してしまうでございますよ。まあ、嫌いではないでございますが」


 そんな彼方を見たベルゼットは優し気な表情で笑った後、


「……でも、ベルゼットにはもう信仰時計を完成させる他はないのでございますよ。ベルゼットさんの体は既に因果調律鍵にて解析され、その中身と働きのほとんどはデータ化して信仰時計……今は共鳴機関に移されているのでございますから」


 遠い目をしてそう告げた。


「なんて馬鹿なことを!? 狂気の沙汰だぞ!?」


 思わず彼方が机に身を乗り出す。

 彼方は偽ファントムと初めて対峙した時に解体された人間を見た。その先とも言える行為を彼女は自らに対して行ってしまっていたのだ。

 だとすれば暴走を上手く治めても、信仰時計か共鳴機関を停止してしまえばベルゼットは死ぬ。ならば人を取り込んで制御する以外の選択は選べない。


「延命措置でございます。そうでもしていなければこの体は耐えきれず、ベルゼットはとうの昔に死んでいたでございましょうから」

「なら! 一時的に次世代種に押し上げてお前の体を元に戻すことはできないのか? それができれば終わった後に取り込んだ人々を戻せるだろう!?」

「ウィッチができるのは自らを健常な状態に"戻す"ことだけ。ベルゼットは自分の健常な状態とやらを知らないのでございます。元の体に戻してもまた異なる死のレールに乗るだけでございましょう」


 ベルゼットが自らの病を治すということは、自らの体であっても他人の体を作り替えるのと同じ困難を抱えるのだ。

 そしてそれはウィッチであっても多大な困難を伴う。


「くっ……!」


 彼方が言い返せずに押し黙る。

 このままでは選べるのはあまりに絶望的な二択。信仰時計を止めてベルゼットを殺すか、ベルゼットを生かすために人々の思考を信仰時計で完全に制御するのを見過ごすのか、そのどちらかしか選べない。


「分かったじゃろう? ワシ等は無力じゃ、お主が思い描くような英雄譚は綴れぬよ。使うだけ使い倒して悪いがベルゼットも本調子でない。今宵はここで終いとしよう」


 ソフィアは同情するように目を細め、彼方の肩を軽く叩いて部屋から出ていくのだった。




 支社長室からの帰り道、ソフィアと彼方は互いに無言でビルの中を歩いていた。


「……ベルゼットは幼い頃から体が弱くてのう、外を出歩くどころか永くは生きられぬと言われておった」


 ゆっくりとした歩みの中、ソフィアが彼方の方を向かずにとつとつと語り始める。


「じゃからワシはベルゼットに共鳴機関の実験を持ちかけた。危険は伴うが、もしかしたらベルゼットを治せるかもしれないと思ってな」

「あの実験はそんな意図があったのか」


 ロウフェラーの令嬢を魔法機関の起動実験に使うなど常識的には考えられない。

 しかし、そんな意図があったのならば納得できる。


「……結果はお主も知っての通り、そのもしもは裏切られベルゼットは命の危機に瀕した」


 ソフィアはふうと小さくため息をついて視線を僅かに上に向ける。


「じゃが、それと同時にベルゼットはウィッチとしての能力を発現させた。ウィッチは自らの体ならばロッド以上の治癒力を持つ。もしかしたらこれで完治まではいかぬとも助かるかもしれない。ワシはそう期待した」

「…………」


 彼方は何も言わない。その言葉の続きは今さっき見てきたばかりなのだから。


「結局ベルゼットはより重い業を背負うだけとなった。じゃからワシは心に決めた、どのような手段を使ってもベルゼットを生き永らえさせると」

「街の人々をあんな風にしてでも、か」


 エレベータホールに到着し、二人が足を止める。


「そうじゃ、ワシもベルゼットも……もしもなぞもう要らぬ、信じられぬ。同じく業を背負うなら確実な答えしか選ばぬ。のう、七荻彼方……加担せよとは言わぬ、じゃが見て見ぬふりをする気はないか」


 暫しの無言。

 エレベータの扉が開き、彼方がエレベータ内に足を踏み入れる。


「それは……できない。それは背負う業を別の場所に移し替えるだけだ。それでは結局誰も救われない」


 もしも信仰時計が二十四時間起動し続けたとしたら、ベルゼットは肉体的な死を免れることができるだろう。

 だが、その代わりに信仰時計に取り込まれた数多の人々は今夜のように思考を支配され続ける。それは精神的な死に他ならない。


「あてもなくか?」

「諦めはしない。今はまだあてがなくてもこれから見つければいい」

「ふん、それは慢心じゃ。ワシ達が必死になっても見つけられぬ答え、それを自分なら見つけられると何故信じられる」


 エレベータホールに残るソフィアの表情が敵愾心に満ちたものへと変わる。


「じゃが何故じゃろうな……お主ならばそう言うと思っておったよ、だからワシはお前が嫌いじゃ。お別れじゃ七荻彼方、起こらぬ"もしも"なぞに未来は託さぬ、ワシもベルゼットもな」


 ソフィアが背を向け、別れ際の台詞と共にエレベータの扉が閉まる。

 彼方とソフィア、同じ過ちを持った二人の袂はここで完全に分かたれた。

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