午後八時2
共鳴機関の件を受け、彼方は七荻ビルの資料室へと足を運んでいた。
彼方は紙媒体で保存されている資料に目を通しつつ、データベースに入っている共鳴機関についての資料をプリントしていく。
共鳴機関は彼方にとって忌むべき失敗。それが悪行に使われているとなれば余計に許せるはずがない。
戦闘中のような表情で調べ物をする彼方に、クラリーチェが心配そうな視線を向ける。
「んもう、予想通りぽっかぽっかに温まっちゃって。こんな予想は幾らでも裏切ってくれていいんだけど……カナ君、カナ君、コーヒー貰って来たよ。少し休もうか」
「後にしてくれないか、共鳴機関について早く調べたいんだ」
資料の束に視線を向けたままそう答える彼方。
そんな彼方の態度にクラリーチェは小さくため息をついた。
「駄目です、後にしません。まずは私の方を見てみようか」
彼方は渋々クラリーチェの方へと向き直る。
クラリーチェは眉を吊り上げて怒ったような表情をしていた。
「クラリーチェ、何かお前を怒らせるようなことをしたのか?」
「これは今君がしている表情。君、自分の悪癖が出てないって言いきれる?」
言って、クラリーチェは怒った表情のまま、口の両端を人差し指で吊り上げて不自然な笑顔を作って見せた。
「……すまん、言い切れない」
クラリーチェに諭されたことで、ようやく彼方も自らが熱くなっていたことを自覚する。
彼方は近くの椅子に腰掛け、資料を机の脇に置いて紙コップに入ったコーヒーをすすった。
「分かればよろしい。私にダメな真面目さだって言ったんだもの。それと同じことして貰っちゃ困るよ?」
その言葉は彼方がクラリーチェの過去を知った時の言葉。自らの時間を過去の清算に当てていたクラリーチェに未来へ向いていて欲しくて言った言葉だ。
共鳴機関と言う過去の過ちと対峙したことにより、彼方がそれと同じ轍を踏みそうだと彼女は看破したのだろう。
「重々気を付ける」
彼方は真剣だった表情を緩め、無理やり笑顔を作って見せた。
「はい、よろしい。その表情ができるなら、とりあえず大丈夫そうだね」
それを見たクラリーチェが生徒を褒める教師のようににっこり笑う。
「それで調べた感じなんだが、信仰時計の性質は連動している共鳴機関に似通っているはずだ。推察される特性は庭園内部の人間の精神に干渉し、思考を制御して魔法行使の為の演算装置とすること」
彼方は資料をクラリーチェに手渡してコーヒーをもう一口すする。
「私達が道中で出会った人達の様子がおかしかったもんね。それは思考制御されて演算装置になっていたからなんだ。だとしたら捨て置けないね、一刻も早く何とかしないと」
クラリーチェは受け取った資料をパラパラとめくって言う。
ウィッチとして高い能力を持つ彼女はこれで資料の内容を全て覚えてしまうのだ。
「同感だ。そして、その共鳴機関を束ねる偽ファントムの中身は相当に優秀なウィッチじゃないと務まらない。強敵になるだろうな」
「彼女は間違いなく規格外のウィッチだもの。何しろ並行世界でもそうだったらしいから」
クラリーチェは懐中時計のチェーンを指で弄びながら言う。
「正体に心当たりがあるのか?」
意外な返答に彼方が驚く。
もしクラリーチェがその正体を知っているのなら、信仰時計に対する対抗策も容易になるだろう。
「うん、ほぼ間違いなく」
「それは……」
彼方が正体を尋ねようとしたその時、
「お兄様! やはりこちらだったのですね!」
遥が慌ただしい様子で資料室へと駆け込んできた。
「遥、そんなに慌ててどうしたんだ。淑女らしからぬ立ち振る舞いになっているぞ」
「失礼、お兄様の前ではしたない姿をお見せしました。昨夜聞いたロウフェラーの権限についてですが、やはりウィッチ案件に対しての権限を有しているのは事実のようです」
彼方の言葉に遥は足を止めて身だしなみを整えると、コホンと咳払いをして口を開いた。
「ふぅん、本当に持ってるんだ。口から出まかせであって欲しかったんだけどねぇ」
「対ファントムに限定して、ですが。ファントムは独力で対処できる存在ではないため、国が直に協力を要請したと言う名目になっています。……もっとも国に働きかけたのは七荻グループと言うことになっているそうですが」
「七荻の仕業? 一体誰がやったんだ」
それは意外な犯人だった。何者かがロウフェラーに権限を与えるよう圧力を加えたのは元より分かっていた。しかしそれが身内の七荻グループであるとは思いもよらなかった。
魔女担当大臣をしている遥の名を騙りつつ七荻の名を出したのなら、通常はあり得ないこの権限委任もあり得るだろう。
否、冷静に考えればそれ以外では恐らく通りはしまい。
「源十郎叔父様の仕業のようです」
「あの人か……。権力欲の強いあの人なら有り得るな」
彼方は渋い顔で小さく頷く。
「ええと、カナ君達のお父さん……七荻前会長のお兄さんだっけ?」
「ああ、権力欲の強い男でな。父が前会長に選ばれたのも品性による所が大きいとも言われている」
七荻源十郎は若い頃から七荻の威光を振りかざし、事ある毎に政界にちょっかいを出しては顰蹙を買っていた。
結果、それを見かねた先々代に引導を渡されることとなったのだと聞いている。
「偽ファントムを叩いて身内の恥が出てくるとは思いもしませんでした。しかも先手を打ってこちらに出向いてきたようです。応接室で待たせてありますが……お兄様もお会いになりますね?」
「ああ、俺達も同席させてくれ」
言って彼方達は源十郎を待たせてある応接室に向かうのだった。
「やあやあ、二人共久しぶりだね」
彼方達が応接室へと入ると、ソファにふんぞり返っていた源十郎が我が物顔で出迎えてきた。
「お久しぶりです。少し見ないうちに変わった趣味をお持ちになったようですね」
源十郎の後ろに視線を向け、少しの皮肉を混ぜて彼方が言う。
「そうかね? 私の格好はいつも通りだよ。これが私のトレードマークだからね」
長身に似合う洒落たオーダーメイドスーツに高級腕時計、源十郎はいつも通りの出で立ちをしている。無論、そんなことは彼方達も知っている。
彼方が気にしているのは後ろに控える数人の少女達だ。
遥と同年代であろう三人の少女がメイド服を着て源十郎の後ろに控えていた。
「お兄様は後ろに居る少女達のことを聞いているのです。何者なのですか、彼女達は」
「困るなぁ遥、我が社の社員に決まっているじゃないか。七荻グループ総帥を名乗るのならば社員の顔はしっかりと覚えてくれたまえ。ウィッチとなれば記憶力も高くなると聞いているんだがねぇ」
愉快そうに笑ってはぐらかす源十郎。
対する遥は至極不機嫌そうな視線を源十郎に向けた。
「彼女達はウィッチですね」
ここで源十郎の戯言に付き合っても不愉快な気分になるだけだろう。
彼方は単刀直入に切り込んだ。
「ほう、ご明察。遥が魔女担当大臣と七荻総帥を兼任している現状を危惧している人が多いのは知っているね? そして七荻総帥と魔女担当大臣、その両方の手綱を握れる人間が居るとしたら私だけ。だから私が彼女達の面倒役に抜擢されているという訳さ。ははは、人徳があると言うのは時に困りものだよ」
「よくもいけしゃあしゃあと言えたものです」
遥が呆れ半分の表情で源十郎を睨みつける。
源十郎の魂胆は実に単純明快。ウィッチとなった遥が強引に七荻総帥になったのを見て、自らもウィッチの力で権力の座に就きたいと考えたのだ。
「叔父様、ウィッチは貴方が思うような武力装置ではありません、あくまでも年頃の少女です。彼女達を教え導く立ち振る舞いが求められることをゆめお忘れなきよう」
「しかと覚えておこう、何しろこれから長くしなければならない仕事だからね。さて、私は多忙でね、今日は顔見せだけで失礼させてもらうよ」
源十郎はメイド服を着たウィッチ達に声を掛けると、物言いたげな顔をしている彼方と遥を無視して部屋を後にしていく。
「源十郎そーすいー」
源十郎の後ろを歩いていたウィッチが応接室の扉を閉め終えると、メイド服を身に着けた四人目のウィッチが廊下の物陰から源十郎を呼び止めた。
「ははは、レイナ君、総帥はまだ気が早いよ。もう少しだけ待ってくれたまえ」
「目的のもの、ありましたよー。こっそり貰ってきました」
「そうかい、それは良かった。これで魔法騎士団にも恩が売れる」
少女が持っている大ぶりの機械を確認し、源十郎が満足げに頷く。
「めんどくさいことするんですねー。どうせウィッチはあの女一人なんだし、私達四人なら力ずくで言う事聞かせられますよー?」
言って、レイナと呼ばれた少女は手にした機械を宙に浮かべ、自らの因果調律鍵である弓を指で弄んだ。
「強硬手段は取っておいてくれたまえ、スマートに行こう。次期七荻総帥としては本社ビルでの荒事は避けたいからね」
「それはいいですけど成功したらちゃんとボーナスくださいよ、ボーナス。月末皆でライブに行く予定なんですからー。グッズも交通費もお小遣いじゃ足りないしー」
「勿論だとも。何のライブかは知らないが、全て首尾よく行ったのなら君達の為だけにドームを貸し切らせる位の給金を払おうじゃないか」
源十郎の台詞に少女達が顔を見合わせてドッとどよめく。
「……そう、それぐらいなら安いものさ。七荻総帥に大臣の座、失ったはずのチャンスが目の前に次々転がってくるとは正にウィッチ様々だよ」
源十郎は下卑た笑みを浮かべて七荻ビルを後にするのだった。




