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午後八時1

  第二章 午後八時


 翌日、ロウフェラー支社長室はようやく落ち着きを取り戻していた。

 部屋に深々突き刺さっていたトラックは魔法騎士団のウィッチ達の手によって撤去され、壊れた窓ガラスも既に綺麗に張りなおされている。


「七荻やっべえええええええええっ! でございますよっ!?」


 だがそんな部屋の中、ベルゼットだけは絶叫しながらソフィアの周りを落ち着きなく走り回っていた。


 ソフィアは一人落ち着きを取り戻していないベルゼットを横目に、デスクトップコンピュータを用いて昨夜の戦闘結果を確認していく。

 万能端末の性能が著しく向上した現在、過剰スペック気味の据え置き端末を用いるのは高度な演算を必要とする専門職に限られている。言うまでもなくこの端末が繋がる先は共鳴機関だ。


「頭のネジを根こそぎ置き忘れたような妹もヤバいでございますが、兄! 兄! 兄! なんで普通の人間がプログラムファントムに勝つのでございますか!? あれ人類が知恵と勇気で倒しちゃダメな奴なんでございますよっ!」

 

 ソフィアは騒ぎ立てるベルゼットを無視して作業を続けていたが、一向に落ち着かないベルゼットに根負けし、キーボードを打つ手を止めた。

 机の引き出しから取り出したチョコレートバーを大きく一口で頬張り、カップのコーヒーを一気に飲み干すと、呆れ顔でベルゼットの方へと向き直る。


「ベルゼット、静かにせよ。横で祭りのように騒ぎ立てられてはまるで作業がはかどらぬ」

「文句は七荻兄妹に言って欲しいでございます! あいつら本気でやべー奴でございますよ!? ベルゼットさんのあんよは未だに恐怖でバンビちゃんなのでございますがっ!?」


 ドスンと自らの机に両手をついて見せるベルゼット。

 その両足は生まれたての小鹿のようにぷるぷると打ち震えていた。


「確かに……信仰時計がまだ十時半だったとはいえ、本物を出す前にプログラムファントムが負けるのは想定外ではあったのう」


 どうどうとベルゼットをなだめつつソフィアが同意する。


 理論上、信仰時計の時刻が前に戻れば戻るほどプログラムファントムは強くなる。つまり昨夜のプログラムファントムは本来の一割も能力を発揮していない。

 しかし、プログラムファントムの"ベース"となっているウィッチは規格外。ほんの一割の力でも名の売れたウィッチにも劣らない戦闘力を有しているはずだったのだ。


「そうでございましょう? 更に本物はあの全断の剣(マスターキー)を無数に使うのでございましょう? インチキをチートで塗り固めた反則の権化にもほどがあるでございます!」

「かと言って今更避けて通る訳にもいくまい。今の信仰時計はファントムの知名度を間借りして運用されておるのじゃ、計画を最終段階に進めるまではこの形で維持し続ける他はない」


 信仰時計という庭園が持つ特性は"想いを束ねる器"。

 それに共鳴機関を掛け合わせることにより、古来より人間が行ってきた"祈り(おもい)を捧げて奇跡(まほう)を行使する"と言う行為をより効率的かつ確実なシステムとしたものがプログラムファントムの正体だ。


 しかし、人々の思考が好き好きな方向を向いていたら束ねようがない。かと言って今までの信仰時計では人々の思考を完全に制御することまではできなかった。

 その無理を通す苦肉の策こそが、抜群の知名度を誇るファントムの名を騙って共通項を無理やり作り出すこと。それによって信仰時計を辛うじて作動させていたのだ。


「ファントム相手に挑発行為を繰り返すなんてハイリスクでございますねぇ。もっとも、こんな悪巧み元々ハイリスクなのではございますが」

「それにファントムの存在は可能性でもある。正直な所、たった一回の交戦で信仰時計の針がここまで大きく戻るとは思わなんだ。これはかつてない快挙じゃ。本物を完全に解析することができたのなら、もしかすればお主は次世代種へと……」


 と、ソフィアはそこで言いかけた言葉を途中で止め、


「いや、これはもしもに見捨てられたワシ等が言う言葉ではなかった。ファントムにお主の因果調律鍵(コード)を突き立て解析する。そうすればお主は次世代種へと到達するじゃろう」


 そう言い直して、ソフィアはベルゼットの胸を手の甲で小突いた。


「ソフィア……その気持ちはありがたいでございますが、実際問題どうするつもりでございますか? 昨夜の件で本物のファントムも手を打ってくるはずでございます。しかし対抗しようにもその力量差は歴然。その上、ロウフェラーに権限を与えた連中も隙を見せたら襲い掛かってくる敵でございますよ?」

「確かに全断の剣一つ見ても異常な強さじゃ、ファントムと真っ向勝負は分が悪かろう。……ならば真っ向勝負などせねば良いのじゃ」

「と、言いますと?」

「七荻彼方の横に怪しい奴が一人居たじゃろう」

「ああ、あのクラリーチェとか言う凄い美人さん。ベルゼットさんもあの子のことは妙に気になるんでございますよねぇ」


 ぽんと手を叩いてベルゼットが納得する。


「あれを襲う。違うならば人質にでもすればよい。本物ならばとことんまで精神的に追い詰めてやれ、いかに強大なウィッチと言えど中身は少女、四六時中追い立てられるのは精神的に辛かろうて」


 ソフィアが邪悪な笑みを浮かべ、それにドン引きしたベルゼットが一歩後ずさった。


「そ、ソフィアが悪い奴になってるでございます!?」

「何を言っておる。実行犯はお主じゃぞ? この後あの男が共鳴機関のパーツを持ってくる、ワシはそれの調整をせねばならぬ」

「まさかのパス! ベルゼットがそんな大それた悪事を働くのでございますか!?」

「信仰時計の針が八時まで戻ったのじゃ、お主も多少は出歩く余力もできたじゃろう」

「それはそうなのでございますけれども……。ファントムとは無関係の可能性があるのに、そこまで粘着質に襲うと言うのも抵抗があると言うでございますか……」


 ベルゼットは手にした懐中時計のチェーンを弄びながら歯切れ悪く言う。

 その仕草と表情は気乗りしないと雄弁に語っていた。


「他に手がない以上は仕方あるまい。やらぬで済ませる術はない」


 ソフィアが小さく息を吐きながら言う。

 ベルゼットがこういう反応をするだろうことはソフィアも重々承知の上だ。


「や、やるしかないことは分かってるでございますよ。でも、今のベルゼットがしていることは間違いなくロウフェラーの恥晒し。その上無関係かもしれない相手をあの手この手で追い詰めたとなれば、この時計を託してくれたお母様に向ける顔が更に無くなるでございますねぇ……」


 ベルゼットは弱々しくそう言いながらも、実行犯となることを渋々許諾する。

 無論、そう言う結論となることもソフィアは重々承知していた。何しろ二人は悪事の共犯者なのだから。


「それに……無関係な者を巻き込んだ畜生の所業は何を今更じゃ。顔向けできぬのはワシも同じじゃよ」


 ソフィアは浮かない表情でチョコレートバーを口いっぱいに頬張ると、ディスプレイの脇に置いてある本を見つめる。

 それはソフィアが昔から心待ちにしていた小説の最終巻。困難を乗り越え人々に手を差し伸べる主人公の行く末が書かれた本。

 しかし、そんな前に進み続ける主人公の姿は今のソフィアには眩しすぎる。だから読まずに置いたままにしてあるのだ。


「はぁ、己が後ろめたいことをしていると承知している以上、あ奴が言いに来る文句を想像するだけで気が滅入るのう」


本から目を逸らし、ソフィアが大きくため息をつく。


「文句を言いに来る方でございますか?」

「うむ。王位継承権は名ばかりの癖に、黙っていれば王族の名に相応しい風格があるのが困りものじゃ。ほれみよ、狙い澄ましたように着信じゃ」


 小首を傾げるベルゼットを見ながら、ソフィアは着信を告げる万能端末を億劫そうに手に取った。


『だんちょー。エリス様がいらっしゃってます、通しちゃってもいいですか? って言うか、あの人威厳凄くないですか? ダメって言われても通しそうなオーラ出てるんですけど!』

「うむ、あれに見られて特に困る物はない。そのまま通してよい」


 端末越しに聞こえる狼狽した少女の声に対し、ソフィアは渋い顔をしながらそう答える。

 間もなくして支社長室の扉が開き、魔法騎士団のウィッチに案内されたエリスがやって来た。


「失礼するわ」

「こっ、これはエリス様、ようこそいらっしゃいました。一言仰ってくださればお迎えに出向いたのでございますが!」


 凜然とした立ち振る舞いでやって来たエリスを見て、ベルゼットが慌てて姿勢を正す。


「ベルゼット、元気そうね。病気が進んで立てもしないと聞いていたけれど良かったわ。申し訳ないのだけれど、少しソフィアを借りれるかしら」


 エリスは視線でソフィアを射貫く。


「ベルゼット、主は席を外してもよいぞ。お主の立場を考えれば飛び火してもつまらぬじゃろう」


 ソフィアはひらひらと手を振ってベルゼットの退出を促す。


「わ、分かったでございます」


 ベルゼットが逃げるようにそそくさと部屋を出て行き、それを見届けたソフィアが口を開く。


「さて、大方見当はついておるが……何の用事じゃ?」

「聞いたわ。彼方さんを指名手配して軟禁しようとしていたって」


 エリスはソフィアに鋭い視線を向けて言う。


「ファントムが犯人じゃてな、唯一明確な接点のあるあの男が共犯に上がるのは致し方ない」


 非難の視線をするりと躱してソフィアが言う。

 エリスと彼方が懇意であることはソフィアも承知している。だから彼方が動き出すのを促すべく、わざわざ家まで遊びに行ってエリスにファントムの噂を吹き込んだのだ。


「私の所に来てファントムの噂を流したのもそのためなのね?」


 エリスもそのことに気がつき、ソフィアを見据える視線を一層鋭くする。

 この少女は怠惰であるが愚かではない。


「無論、気づくのが少し遅かったのう」

「な、なんてことをしてくれるのかしら! 彼方さんの手助けをするつもりで、逆に貶める悪事の片棒を担いでしまったわ!」


 狼狽の混じりの表情でエリスが憤る。


「思ったよりも効き目は抜群じゃったな。主と七荻彼方の結びつきがここまで強いというのは嬉しい誤算じゃった」


 ソフィアがせせら笑いながら言う。ただしこれはエリスに向けた嘲笑ではなく、本来自らが忌み嫌う悪党紛いの行いをしている自分自身に向けた嘲笑だ。


「ソフィア、私は本気で怒っているのだけれど! このままじゃ彼方さんに合わせる顔がないわ!」

「丁度良い、ならばそのまま別れてしまえ。ワシはあの男は嫌いじゃ、お主の見栄えなら他に幾らでもよい男を引っかけられよう」

「……そう、全く悪びれないのね。なら私も相応の対応を取らせて貰うわ」


 全く省みるつもりのないソフィアに、エリスの纏った空気が凍り付く。


「相応の対応とは大きく出たのう。じゃが、この件はウィズダリアの意向も多少含まれておる。それを邪魔立てすると言うことはウィズダリアに逆らうと言うことじゃ、お主にその覚悟はあるまい?」


 その心胆寒からしめる眼差しに気圧されつつも、ソフィアはウィズダリアの威光を笠に着て言い返す。


「あるわ。ウィズダリアの意向だからと言って盲信的に従う必要なんてないもの」


 即答するエリス。


「何を言う、お主とてウィズダリア王家の一員。恩恵を受けている以上は従うのが道理じゃろう!」


 思わぬ反撃にソフィアが狼狽える。

 怠惰なエリスがここまで言って引き下がらないとは全く想定していなかった。


「私、王家の恩恵なんて受けた記憶がないのだけれど」

「ぐむ……!」


 ソフィアが二の句に困って押し黙る。

 ウィズダリアから離れたこの国に住まうことからも分かる通り、エリスは元々王家から距離を置いている立場。もし王家から除名されたとしても彼女自身は至って平常運転だろう。


「……ならばもうチョコバーを送ってやらぬぞ」


 反論に困ったソフィア苦肉の一撃。


「な!」


 エリスがおよよと小さく後ずさる。

 情けないことにこれが今日一番の有効打だった。


「そ、そう、そういうことするのね。ならこっちもクッキーを送ってあげることはできなくなるのだけれど」


 しかしエリスも気を取り直し、ここで負けじと踏み込んで返しの刃を放つ。


「ぐ……ならばマカロンも送らぬ」

「それならワッフルも送らないわ」


 王者の威厳を纏いながらバチバチと低レベルな火花をまき散らす二人。


「ガレット」

「ビスコッティ」

「レモンタルト」

「サ・ブ・レ」

「ぐぬぬぬぬ」

「ぐむむむむ」


 彼方が居たなら思わず目を覆ってしまうような低レベルな応酬が幾度となく繰り返えされ、


「ええい、とにかくお主は静観しておれ! それが双方に敵を作らぬ利口な立ち振る舞いじゃ!」


 ついにソフィアが音をあげた。


「静観なんてできないわ。既に私は彼方さんに不利益を与えた当事者だもの」


 むすっとした表情でそう答えるエリスに、ソフィアが驚きの表情をして詰め寄った。


「主はいつからここまで人の話が通じぬ輩に成り下がった!? ぐうたらじゃが利口な娘じゃと思っておったのじゃが!?」


 一向に退かないエリスにソフィアが焦る。

 予想外の事態に、自ら被っていた悪役の仮面がぼろぼろと剥がれ落ちているのにも気づけない。


「話は分かってるつもりよ、でも貴方が正しいとは思えないもの。ソフィアだって昔一緒に本を読みながら言っていたじゃない。ウィズダリアの王族として物語の英雄みたいに清く正しい行いをするんだって」


 ソフィアがギリと小さく唇をかみ締める。

 その言葉はソフィアにとって一番抉られたくない箇所を抉るものだった。


「その歳でまだそんな幼子のような綺麗事を言うか、そんなものはさっさと卒業せよ。ワシ等は物語の主人公のように万能ではない、現実に即した選択をせねばならぬ」

「欺瞞ね、私はそんなもの選ばないわ。学んだもの、後悔する答えを妥協で選ぶより、後悔しない答えを実現させるために必死になるべきなのだって。だから私は今からすべきことをするわ」


 宣言するようにそう言って、エリスは踵を返して部屋を立ち去っていく。

 ソフィアは暫くの間唖然と立ち尽くしていたが、


「こ、こ……」


 固まった体に喝を入れるように息を吐き出すと、


「この……ばっかものーっ! なんじゃ、なんじゃ、なんじゃ! ワシだって力があれば誠実正義の人でありたいわ、馬鹿者ッ! 人の気も知らぬで好き勝手いいおるわ、このぐうたらめ! それでもせねばならぬ事があるのじゃ!」


 エリスが出て行った後の扉に引っこ抜いた手袋を思い切り叩きつけた。


「ぬじゃああああああっ! あの残念様めがああああっ!」


 更に絶叫し、もう一方の手袋も力一杯投げつける。

 しかし、その手袋は扉に当たらず、扉を開けたベルゼットへと直撃した。


「…………ソフィア、ベルゼットはソフィアが残念様だと思うのでございますよ」


 頭からレースの手袋をぶらさげたまま、ベルゼットはソフィアの様子に呆れ果てるのだった。


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