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最後の魔女3


 彼方が二人のウィッチと対峙していた丁度その頃、七荻ビル屋上ヘリポート上空には異様な光景が広がっていた。


 折れた摩天楼に、穴あきチーズのようになったビル街。人の気配を感じさせない街並みは木々で覆われ、もう夕暮れだと言うのに空は青く透き通っている。

 文明の骸。そう呼ぶに相応しい風景が、屋上付近の一部"だけ"に広がっているのだ。


「A班配置はあっちに! B班は向こう! 叡智の塔( パラレルヒストリー)を入れた依り代が並行世界と接続するまでしっかり守り抜くのよ!」


 そんな異様な光景の真下、初秋の風が勢い良く吹く中、ウィッチの制服に腕章をつけた少女が腕をくるくると振り回して大勢の少女に指示を出す。

 その指示を受け、同じく制服姿の少女達がゆるゆると談笑しながら動いていく。


 現在判明している限りでは、ウィッチとしての能力が発現するのは魔女(ウィッチ)の名が示すとおり全て女性、それも未成年の少女に限られている。

 故にこの場に居るのは例外なく少女で、そんな少女達が緩い動きで右へ左へ動く様はさながら学園祭の準備のようだった。


「一之瀬さん、たるんでる! ちゃんと配置について!」


 腕章をつけた少女に名指しされ、一人の少女が不服そうな顔をして足を止めた。


「そんなこと言ったって、これだけのウィッチが居る場所に来て誰が邪魔できるって言うのよ。全人類が集結したって当然無理だし、さしものファントムだって何もできないでしょ」

「おやぁ、本当にそう思うのかい? だとすれば……それは慢心と言う奴だよ、君」

「ひっ──!?」


 他愛もない少女の愚痴に予期せぬ返答。

 恐る恐る振り返る少女の前、青空とヘリポートの狭間で黄昏の空を背負い、陽炎のように揺らめく影ひとつ。


 ゆらり。


 ゆらり。


 姿が揺らめき銀の長髪がふわりと舞う。

 それは体格すらも分からない。にやけた仮面をつけ白いタキシードを着た夜の亡霊。


「ふぁ、ファァぁッントム──っ!?」


 悲鳴にも似た叫びを上げて少女が怪異の訪れを周囲に告げる。


「ごきげんよう、諸君。君達の悪だくみは聞き及んでいるよ。並行世界──我が故郷は既に終幕を迎えている。その記憶である叡智の塔(あれ)をこの世界に持ってこないで欲しいね」


 警戒心に満ちた視線を一身に集めたファントムは、一層強くその身を揺らめかせ、凛然とした声で言い放つ。


「ぜ、全員で一斉攻撃を叩き込め! いくら相手がファントムだろうと私達もウィッチだ! 私達全員の攻撃に耐えられるはずがない!」


 誰が口火を切ったのか、少女達は一斉に揺らめく影に自らの武器を突き立てようと試みる。

 剣で斬り、斧で叩き、槍で突いて、鎖で縛り上げ、ファントムの因果を自らの支配下に置くべくウィッチ達の猛攻が始まった。


 だが、それら全てはファントムを通り抜けて空を切る。


 必死に攻撃するウィッチ達を無視して、ファントムは悠然とヘリポートの中央へと歩いていく。


「なるほど、君達の返答はよくわかった。しかし無駄なことは止めたまえ、私の庭園は絶対不可侵。君達では私が御する因果の庭に踏み込むことはできないよ」


 庭園。それはウィッチによって異なる形状と性質を持つ絶対の防御能力。

 その共通する性質は、因果調律鍵(コード)同様に可視化されていること、自らを害する物理法則、魔法、その他全ての法則一切を自動的に遮断し、自らの生存に適するよう世界を作り替えること。その上、因果調律鍵すら容易には通さない。

 言い換えれば因果調律鍵以外には絶対無敵の不可侵領域。


 そう、最強の矛と盾である因果調律鍵と庭園こそ、人類が魔法を手してもなお埋まらない彼女達の絶対的アドバンテージ。

 ならばその両方を持ったウィッチ同士がぶつかり合ったらどうなるのか。


 その問いの答えは至極単純──


「さて、これから忙しくなる予定でね。お仕置きは手早く済ませておこう。寝て居たまえ」


 揺らめくファントムの身から出現する無数の剣。


全断の剣(マスターキー)


 瞬間、空中に浮かんだ無数の剣が各々意思を持つかのように舞い踊り、少女達の庭園を悠々と切り裂いて蹂躙していく。


 ──そう、より強いウィッチが勝利するだけのこと。


 絶対の盾たる庭園を、唯一有効な武器である因果調律鍵を使って切り裂き、更にウィッチ本人へと突き刺すことで相手の世界干渉権を奪い取る。それこそがウィッチ同士の闘争。


 全断の剣により自らを取り巻く世界を改竄されたウィッチ達は、この世界への干渉一切を遮断され、その場に浮かんだ状態で停止する。


 ファントムは自らの勝利が至極当然の結果であるかのように、浮かんだウィッチ達には一瞥もくれず、先程と同様にヘリポートの中心へと歩いていく。

 ヘリポートの中心、言い換えれば異常地帯の中心に居たのは依り代と呼ばれていた少女、虚ろな目をしてその場に佇む遥だった。


「自我の喪失……。なまじ優秀な入れ物(ウィッチ)だった故に、詰め込まれた膨大な情報に本来の自我が希釈されてしまったわけか。……けれどエリス。彼女は君の親友だったはずだよね」


 ファントムは独り言のようにそう言うと、上空に浮かぶ青々とした空を見上げる。


「なら君の後悔は私の庭園と引き換えに未然に防ごう。それが私に代わって幕引きをした君への唯一の手向けだから」


 ファントムの姿が大きく揺らめき、屋上に広がっていた異様な風景が消失する。

 七荻ビルが蜃気楼のように揺らめき、その代わりにファントムの姿が霧が晴れたように鮮明となる。その正体は他のウィッチと同年代と思われる少女だった。


「ファントム……。本物なのですね」


 虚ろな目で呆けていた遥が意識を取り戻し、苦痛に満ちた表情で言う。


「勿論、これに懲りたらこんな愚行はしないことだね。平行世界の記憶なんて手に入れても、未来への道標になんてならないよ。そもそも引き換えに自分の意思を失っては何の意味もないんだから」

「その通りですね、私は愚かでした。ですが……話はもはやそれだけで終わらない。私の中には無くなっても、彼女達の中には既に叡智の塔(あれ)が入っているのですから」

「────!」


 遥の言葉にファントムが素早く周囲を見回す。


 全断の剣によって世界から切り離され、宙に浮かんでいるだけであるはずの少女達が、まるで悪霊に憑かれた人形のように虚ろな表情のままカタカタと再び動き出した。


「既にこの子達は全員庭園憑きか! 庭園で身を守れない状態でこの人数は──!」


 凛然とした、だが焦りに満ちた声でファントムが言う。

 ファントムが身構えるのと同時、取り囲んだ少女達が武器を手にして一斉に襲い掛かった。


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