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叡智の塔1


   第四話 叡智の塔



 七荻ビル屋上ヘリポート。青空を背にした彩華は、夜の街を見下ろしてほうと小さく息を吐く。

 彼方の命を奪い損ねた落胆ではない。その逆、彼方がここまで無事に辿り着くことに対する安堵だ。


 彩華は誰かを殺したいわけではない。むしろ全ての命を愛しているつもりなのだ。

 だからこそ全ての人間に百年の生に勝る眩いほどに輝く劇的な人生を与えてやりたい。

 それ故、人々に人類史の終焉を自覚させ、その命を余すところなく煌めかせることを望む。

 無論、彩華自身も潰える人類史の中でもがき散るのは覚悟の上だ。


 そんな彩華にとって、彼方がここまでの道半ばで倒れてしまうなど許されざる不完全燃焼。

 不本意な死以外の何物でもない。


 彼方と言う人間に相応しい最期を見繕うのならば、兄妹の対決の末と言う物語が理想的。いや、理想的だった──


「素晴らしいですわ、ファントムさん。貴方と彼方さんの絆、堪能させていただきましたわ」


 彼方とファントムの姿を見て、彩華の心の内には別の筋書きが生まれていた。


 人類史が終焉に向かうこの夜がここまで華やかに彩られているのは、二人に確かな絆があるからこそ。

 ならば自分はその二人の絆に報いなければならない。きっとそれは兄妹の悲劇よりもドラマチックな結末になることだろう。その悲劇はきっとこの上ないほどに命を美しく輝かせる。


 彩華は恍惚の表情でもぞもぞと内股をこすり合わせる。


「まあ、わたくしったらはしたないですわ。事の済む前にもう劣情を催してしまうだなんて……」


 恐らくこれは愛なのだろうと彩華は思う。

 それと同時に遥に言われた通り酷く歪んだ愛なのだろうとも。

 彩華は自らが狂っているのだろうと言う自覚はあった。

 ──だからといって、どうして溢れ出るこの愛を止めることなどできようか。


「歪んでいても、これがわたくしの愛ですの。ですから……ファントムさん、彼方さん、わたくしの愛を余すところなく受け止めてくださいまし!」


 乱れた巫女服を夜風にはためかせ、彩華は一面の青空に向けて大きく手を広げた。




 七荻ビルを中心とした一帯は既に勢力を盛り返した叡智の塔(パラレルヒストリー)に覆われていた。

 既に七荻ビルがどこに有るのかさえ彼方には分からない。叡智の塔はドクンドクンと脈打つように刻一刻とその範囲を広げている。

 残された時間は少ない。その光景は否が応にもその事実を突き付けてくる。


「さあ、時間はないよ。行こうか」


 揺らめくクラリーチェから数十を超える全断の剣(マスターキー)が現れ、それが縦横無尽に駆け回り叡智の塔を切り裂いて回る。

 切り刻まれた叡智の塔が剥がれ落ち、宵闇に包まれた七荻ビルのエントランスが現れる。

 それと同時、剥がれ落ちた叡智の塔の欠片が幾つものシルエットを形作った。


『うふふふふ、そう簡単にことは運びませんわよ』


 いつも通りの声音を伴い、先程大通りで倒したウィッチ達が大挙する。


「ふぅん、もう大通りまで叡智の塔の勢力が及んでるんだ」


 クラリーチェはくるりと後に振り返る。

 大挙するウィッチの足元に全断の剣が現れ、瞬く間にそれを蹂躙した。


 しかし、同時に引き裂かれた叡智の塔の欠片から再びシルエットが形作られ、大通りとは別の方向から無数のウィッチがやってくる。

 新手のウィッチの方を向かないまま、クラリーチェは操作した全断の剣でそれを蹂躙した。

 実力差は歴然だが、かと言って完全に無視できるほどウィッチ達は弱くない。


「細かく時間を使わせる算段か……!」

「みたいだね」


 見れば大通りに居たウィッチ達も、侵食していく叡智の塔の影響を再び受けて動き出していた。更に別方向からも新たにウィッチ。

 現在、この国に所属しているウィッチは約三百。そのほとんどがここに動員されているとしたら、ゾンビ映画のように迫るウィッチの相手をしていても埒が明かない。


「ねえ、彼方さん、クラリーチェ。分断狙いと言う可能性は高いと思うのだけれど、それでもここは私が引き受けるわ。急げば急ぐほど遥が無事である可能性は高まるんでしょう?」


 状況を見かねたエリスが二人に提案する。


「見え透いた罠だけれど……ここは任せるしかないね。エリスが黒の詠唱列を周囲に描ききれば、あの物量でもそう簡単には近づけないはずだから」

「そうだな……。エリス、ここはお前に頼る」

「ええ、任せておいて! どんどん頼ってくれていいのよ!」


 エリスはむっふと胸を張るとぽんむと胸を叩く。

 緊迫した状況の中でもいつものマイペースを崩さないその姿は確かに頼もしく思えた。


「エリス、クラリーチェの言う通り、俺はお前を甘やかしすぎていたのかもしれない。今度からは一人前の淑女として相応の扱いをしないとな」

「え、ええっ!? よ、よく分からないけれど何やら不穏よ! いつも通りが良いわ! そのままの彼方さんで居てっ!」


 真剣な顔で言う彼方に不安を覚えたのか、エリスは慌ててそれを拒否した。


「全く、俺としては最大限に褒めたつもりだったんだがな」

「うーっ、急に変わるって言うのも不安なものだったのね」


 呆れ顔の彼方を見ながら、エリスは困ったようにむむむとうなる。


「それはそうとしてエリス、君の因果調律鍵(コード)はちゃんと温存しておいてね。もしもの時に必要になるかもしれないから。それと万能端末もあるね?」

「ええ、そこは勿論分かっているわ」

「エリスの万能端末か……。連絡を入れたとしてちゃんと届くのか?」

「大丈夫、届くから! 本当は彼方さんには秘密だったのだけれど、クラリーチェと沢山練習しているのだもの!」


 エリスは電源の入った万能端末を取り出し、指でつついてアピールする。

 つつく指に合わせてタッチパネルが反応し、画面がくるくると目まぐるしく切り替わっていた。


「そのぎこちない手つきは少し不安ではあるが……」

「大丈夫だよ、カナ君。こっちのエリスはちゃんと間に合ったんだもの。私はエリスを信じているよ」


 不安気な表情をする彼方に、クラリーチェが僅かに微笑んで言う。


「……そうだな。エリス、俺も信じたからな。頼んだぞ」


 緩んでいた表情を引き締めて彼方が頷く。


「ええ、すぐに追いつくわ」


 エリスも二人に呼応して力強く頷くと、大通りへと振り返って漆黒の大剣を地面に突き刺す。

 それを見届けた彼方達は、自らの役割を果たすべく七荻ビルのエントランスへと駆け出すのだった。


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