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黄金の魔女7


 パチパチパチパチパチと盛大な拍手が巻き起こり、もはや聞き慣れてしまった悪夢の声音がビルの間に木霊する。


 周囲を見回し臨戦態勢を取る彼方とクラリーチェ。

 暫し呆気に取られていたエリスも遅れて周囲を見回す。

 拍手をしているのはエリスの手で世界から遮断されていたはずのウィッチ達──つまり庭園憑きが動き出したのだ。


『悲劇、ああ、黎明前の夜更けを彩るに相応しい一流の悲劇ですわぁ』


 数十人は居るであろうウィッチ達が声を揃え、自らの声音と違う声で言う。


叡智の塔(パラレルヒストリー)……いや、御巫彩華の意思ッ!」

「彼方さん、叡智の塔ってあの変な風景じゃないの? と言うか、全員私がやっつけたはずなのだけれど」

『ごめんなさいね、狸寝入りしておりましたの。さしもの庭園憑きといえど、黄金の魔女の相手は手に余ってしまいますから』

「それでも出てきたって事は、目的を達成できる算段がついたって事だよね? 私達も居るって言うのに」

『まあ、ファントムさん。そんなに可愛らしいお顔をしておりましたのね』

「君に褒められても嬉しくないね」

『うふふふ、お二人を倒すのは無理だと心得ておりますわよ。ただ、一度広げられた黒の詠唱列が消えてしまえば目的は達することができますの』


 ウィッチの少女達が一斉に武器を構える。

 その切っ先が向けられる先は彼方。


「つまり、俺の命だけが狙いというわけか」

『ええ、彼方さん、黎明の日にようこそ! 叡智の塔が記す未来から逆算し、ウィッチ達が紡ぎあげた因果の盤面でどうぞ踊ってくださいまし! 細糸を手繰る物語の如く、今宵は全ての偶然が貴方の敵でしてよ!』


 大地が唸り大きく揺れる。

 メトロノームのように揺れる街灯が彼方を狙い済ましたように倒れ掛かった。


「カナ君!」

「彼方さん!」


 同時、彼方目掛けて迫るウィッチ達。

 更にビルの上からも人形のようになったウィッチ達が次々と飛来してくる。


 クラリーチェが彼方を襲う街灯を魔法で受け止め、エリスが黒い大剣を用いてウィッチ達の武器を絡め取る。

 その間にもエリスと彼方の距離は徐々に離れ、押し寄せるウィッチの波が二人の再合流を許さない。


『黄金の魔女が持つ庭園の欠点は広げるまで時間が掛かること。自身を守る本来の用途ならば欠点足りえませんけれど、今のように離れた誰かを守るのには向かないですわねぇ』

「ううっ~!」


 エリスは自らに近いウィッチ達を斬り伏せながら、必死に黒い文字列を書き広げていく。


『ファントムさんの欠点は庭園が無いが故にその絶大な能力のほとんどを防御に割いていること。うふふふ、ですからそれを補う合流なんてさせませんわ』


 数の利を最大限に利用し、ウィッチ達は休む暇を与えず、彼方とその援護に入っているクラリーチェを攻め立てる。

 その動きは一つの意思によって統一され、今やエリスと二人の距離は容易に援護できない距離にまで達していた。


「むーっ! 庭園がないのをいいことに数の暴力を使って押してくるこの感じ! 七荻ビルでぼろ雑巾になったのを思い出すよ!」


 四方八方を取り囲んで襲い掛かるウィッチ。クラリーチェはそれを周囲に浮かべた五本の全断の剣(マスターキー)で迎撃していく。

 ウィッチの手にした槍をクラリーチェが受け流し──受け流された槍の切っ先が、丁度特大の槌を受け止めて一歩後ずさった彼方に向かう。


「っ!」

「カナ君!」


 クラリーチェは慌てて全断の剣を飛ばすと、彼方を襲う槍の軌道をずらした。


『うふふふ、言いましたわよね? この夜は魔女議会で因果を計算し尽くした魔宴(サバト)ですの。敵は私だけにあらず、偶然すらも彼方さんの敵でしてよ』

「エリス! 君の因果調律鍵(コード)は!?」

「まだ少し掛かるわ! 貴方達二人を巻き込むなら相応の追加計算が必要だもの!」

「むぅっ、エリスとの対決を早く終わらせ過ぎたか!」

「クラリーチェ、後ろにも気を配れ! 最初は居なかった新手が来た!」


 ウィッチ達は数の利を最大限に使い、じりじりと彼方とクラリーチェを追い詰めていく。

 そして──ウィッチの洪水に守りの堤が切れた。

 彼方に向かう大鎌を防ぐため、クラリーチェが三本の全断の剣を放つ。

 それによって生じた守りの隙間から二人のウィッチがクラリーチェに迫る。


「うぁ、まず──!」


 状況を察したクラリーチェが引きつった声を出す。


『さあ、選択の時間ですわ彼方さん! 貴方が生きるか、ファントムさんが生きるか! 貴方の素敵な物語を見せてくださいましっ!!』


 そう、叡智の塔が告げるように彼方には選択肢が与えられている。

 今、クラリーチェは彼方の真横に居る。彼方が身を挺して盾となれば彼方がその刃を受け、彼女は助かるだろう。

 つまりどちらかが犠牲になる。叡智の塔はそれを選んでみせろと嘲笑っているのだ。


「……すまん」


 彼方は迷わず決める。残された時間で僅かな謝罪の言葉を紡ぐ。

 また一人で決めてしまったことについて、相手の思惑通りに事を運んでしまったことについて──一緒に未来を創れないことに対して。


 そして、その手でクラリーチェを押し出す。

 ──はずだったのだが、その手は見事に空を切った。

 逆にクラリーチェが彼方の手を掴み、自らの横に手繰り寄せる。


「クラリーチェ!」


 手にした刃を突き刺すべく迫った二人のウィッチは、彼方とクラリーチェをすり抜け、その背中に全断の剣が雨あられと突き刺さる。


「カナ君は絶対にそうすると思ってた」


 クラリーチェは前を向いたままそう言う。

 その姿は蜃気楼のように揺らめいている。それはかつて世界中が畏れたファントムそのままの姿。


『うふふふふふふふふふふ! ついに業を煮やしてくださいましたわね! これで、封じられていた叡智の塔が再び依り代に入りますわぁ!』


 叡智の塔が歓喜に満ちた笑いを漏らす。

 同時、蜃気楼のようだった七荻ビルが実体を取り戻し、その上空から辺り一面に叡智の塔が見せる青空が広がっていく。


「クラリーチェ、庭園を戻したんだな」

「うん、だから……まずはこの前座を終わらせよう。君の罵倒は後で聞く」


 彼方を抱きしめたまま、クラリーチェの体が大きく揺らめく。

 ウィッチが持つ武器全てが蜃気楼の如く揺らめいて捻じ切られ、その代わりとばかりに舞い踊る全断の剣が意思を持ったように全てを切り裂いていく。


 圧倒的な力量差。これこそが種の終焉たる最強の魔女。

 数を無価値にする絶対の個がそこにはあった。


『うっふふふふふふふ! 素晴らしいものを見せていただきましたわ! さあ、黎明まであと僅か、素晴らしい物語の結末を見せてくださいましっ!』


 歓喜に満ちた叫びを残し、切り裂かれた叡智の塔が消え去っていく。

 クラリーチェは不機嫌そうな表情をして叡智の塔が完全に消え去るのを見届けていたが、消え去ったのを確認すると物憂げな表情になって小さくため息をついた。


「凄いじゃない、クラリーチェ! そんなことができるなら最初からした方がよかったわよ、絶対!」


 片手に握った黒い大剣をぶんぶんと振りながら、嬉々とした表情でエリスがクラリーチェの所へ駆けつける。


「ああ、助かった。お前のおかげで全員無事だ」

「……私達三人はね。妹さんの人格が消えるカウントダウンは間違いなく早まった。それも凄い勢いで」


 クラリーチェが申し訳なさそうに小さく首を振る。


「それでも私はカナ君を助けたかった。つまり私はカナ君と妹さんの天秤でカナ君を選んだの。エリスに偉そうな事を言ってすぐこれだよ」


 いかにも責めてくれと言わんばかりのクラリーチェ。

 彼方は彼女を無言で引き寄せると、


「全く、助けられた俺がお前を非難できると思うか? それにまだ遥の人格が消えると決まったわけじゃない、つまりこれも最良の未来に繋がる選択肢かもしれない」


 彼方はクラリーチェの頭を撫でてやる。


「そうよ、クラリーチェ、済んでしまったことをどうこう言っても仕方ないわ。まだ皆が上手くいく可能性はあるんでしょ? 私も頑張るから元気出しなさい」


 エリスも彼方と一緒にクラリーチェの頭を撫でる。


「ちょ、ちょっと、どうしてエリスまで撫でるかな」


 クラリーチェは照れくさそうに真紅と黄金の双眸でエリスを睨む。


「あら、でもちゃんと元気が出たみたいじゃない。笑顔で行きましょう、クラリーチェ。辛気臭い顔じゃ素敵な未来にはたどり着けないわよ」


 むふんと胸を張ってエリスは前を歩き出す。


「そう言うことだな。明日の夜明けは四人で見るぞ」

「うん……そうだね。ありがとう二人とも」


 クラリーチェはぎこちなく笑ってみせる。

 彼方はその表情を見て頬を緩ませると、前を向いて歩き始める。

 あの青空の向こうにある本当の黎明を見るために。

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