黄金の魔女6
クラリーチェが言うと同時、天地から全断の剣が次々とエリスに向けて打ち出される。
ダイヤモンドダストのように煌いて、全断の剣が宙を舞う。
「受けて立つわ」
エリスはその場を動かず、漆黒の大剣を地面に突き刺した。
足元に魔法陣が展開され、そこから噴出した文字列が障壁となって全断の剣を余す所なく飲み込んでいく。
クラリーチェはなおも攻撃の手を緩めない。ひたすらに全断の剣を全方位から連射し続ける。
彼方の目にはエリスが防戦一方であるように見える展開。
「ふぅむ、こっちの世界でも健在か……厄介だねぇ」
だが、攻めているはずのクラリーチェの声色からは微かに焦りが感じ取れた。
「まさか劣勢なのか? 俺にはお前が優勢に見えるが」
「……この勝負は時間制限があるんだよ。彼女が因果調律鍵を使う前に勝たないといけない。アレは私が万全の状態でも耐えられる保証は無いからね」
「因果調律鍵? あの黒い大剣がそうじゃないのか?」
「あれは庭園の一部、ただの鞘だよ。強力すぎて一度放つ度に自壊してしまう因果調律鍵を圧縮、修理するためのね」
「鞘、あれでか──!」
彼方が驚きの声をあげた瞬間、全断の剣を防いでいたエリスがその場で剣を思い切り振り抜いた。
黒い衝撃波が夜を揺らし、彼方に迫る。
「彼方君! 振り抜いて!」
彼方がクラリーチェの前に立ち、黒い衝撃波を斬るように全断の剣を振り下ろす。
衝撃波が掻き消え、勢いに押された彼方が一歩後ずさる。
「剣の雨が弱くなったわ、隙だらけよ!」
クラリーチェの視界が彼方で遮られ、その僅かな隙を突いてエリスが駆ける。
カーテンのように地面から噴出す漆黒の文字列が撃ち続けられる全断の剣を防ぎ、エリスが二人との距離を詰めていく。
「ファントム、俺が前に出る!」
クラリーチェに庭園が無い以上、間合いを詰められてしまっては全断の剣を撃ち続けることはできない。
彼方はエリスに向けて真っ直ぐに駆け出す。
「彼方さんはすぐそうやって自分が前に出るのよね。だから……私は心配で見ていられないの!」
エリスが漆黒の大剣を振り下ろす。
「そうしなければ届かないだろう? 少なくとも今のお前には!」
迎え撃つ彼方も全断の剣を振り下ろす。
二つの剣閃が交差し、彼方が薄紙のように宙を舞った。
「っう!」
地面に着く前の彼方を更に薙ぎ払うべく、エリスは大剣を横に構えなおす。
彼方は魔法を用いて空中で体勢を立て直すと、そのまま宙を蹴ってエリスに迫る。
「流石彼方さん、ロッドの扱いはお手の物ね」
全断の剣の援護射撃にも動じず、エリスは彼方を見据えたまま大剣を横に薙ぐ。
彼方は再度空中を蹴ってそれを躱す。
──しかし、全断の剣が漆黒の文字列に絡め取られた。
それにつられ、翼をもがれた鳥のように落下した彼方が地面に転がる。
「終わりよ、彼方さん」
エリスが彼方の目の前に立ち、大きく剣を振り上げる。
「ファントム! 大剣を止めてくれ! それで届く!」
彼方は手にした全断の剣を引き抜いて絡みついた文字列を斬ると、動き出す。
間髪入れず、全断の剣が漆黒の大剣に向けて打ち込まれていく。
「そんなもので止まらないわ!」
エリスは全断の剣を吹き飛ばしながら、容赦なく大剣を振り下ろす。
だが、大剣は彼方まで届かず、クラリーチェ本人が手にした全断の剣で受け止められた。
「二対一ですまないね」
「そう思うのなら遠慮して欲しいわ!」
全断の剣と黒の文字列、最高峰の武器と防具による鍔迫り合い。二人は零距離で世界を書き換え合う。
クラリーチェは左手の全断の剣でエリスの大剣を受け止め、右手の剣で自らを絡め取ろうとする文字列を斬り流す。
「全断の名前に相応しい鋭利さ……! 本物が使うと一味違うと言うわけね!」
エリスは大剣を両手で持って目一杯の力で押し込もうと画策する。
クラリーチェに意識を集中している今のエリスは明らかに隙だらけだ。全断の剣ならば今の彼女の守りを突破できるかもしれない。
彼方は全断の剣を握り締める。手にした白刃を見つめ──
「俺がすべきことはこっちの方だ」
手放した。
そして、鍔迫り合いを続けるエリスの腕を横から掴む。
「エリス、そろそろ落ち着いて話を聞いてくれ!」
「ふぁう! ちょ、ちょっと!? 彼方さん!? 今必死なの! 私、今必死な所だから! 待ってて、次は貴方だから!」
突然腕を掴まれたエリスは半ばパニック状態だ。
腕を振って何とか振りほどこうとするが、彼方はそれを放さない。
ちなみに冷静に対処するのなら黒い文字列で拘束してしまえばいいのだが、気が動転しているのか、はたまた彼方本人に向けては使いたくないのか、鍔迫り合いをしていたクラリーチェのことすら忘れて腕を振りほどこうと必死だ。
「お前の考えていることと覚悟は伝わった。だから次は落ち着いて話しよう、それでも納得できないのならまた暴れればいい」
「べ、別に暴れたいわけじゃないのよ。私、彼方さんが心配なだけなのよ!?」
エリスは情けない顔をしたまま首を横にぶんぶんと振る。
「分かっている、だから一度武器を収めてくれ」
「……うぅぅ~、分かったわ」
エリスは叱られた子供のように拗ねた表情で漆黒の大剣を虚空へと収めた。
それを見たクラリーチェがくすりと笑う。
「それでだ、エリス。俺は遥を助けたいが当然死にたい訳じゃない」
「でも彼方さんが行ったら危ないわ。あの手この手で酷い目に遭わせるつもりだと思うの」
「それはお前やファントムも同じだ。お前が俺を心配してくれたように俺もお前達が心配なんだ。それは分かるだろう?」
彼方は諭すように務めて優しく言う。
「でも勇気と無謀は違うのよ? 庭園がないのだから彼方さんは安全な所に居て欲しいわ」
「本気で俺の命を狙いたいのなら安全な場所なんてないだろう。お前達が気に掛けてくれる分、近くに居た方が安全かもしれない」
「それは、そうかもしれないけれど……」
エリスは歯切れ悪く答える。未だ承服しかねるという気持ちがありありと表情に浮かんでいた。
「……ねえ、エリス。君が考える最良の未来は何? 明日、どんな未来が訪れれば君は後悔をしない?」
言いながら、割って入ったクラリーチェがファントムの仮面をはずす。
「クラリーチェ!? 貴方がファントムだったのね!?」
驚きの声を上げるエリスに、クラリーチェは淡々と言葉を続ける。
「私の知っている並行世界の君は空を見上げては戻らない過去を悔いていた。今、苦渋の決断でどれかを選んでもきっと後悔は残ると思うの。それなら君が絶対に後悔しないって思える未来はどれなのか考えてみたらどうかな」
「…………」
エリスは彼方の顔をじっと見つめる。
「私は彼方さんと遥のどっちも好きよ。だから二人が両方居る未来がいいわ」
「エリス、それなら俺達と一緒に行こう、力を貸してくれ。俺が逃げても、一緒に行っても、安全が保障されないなら、遥を連れて帰れる可能性が高いほうを選びたい」
手を差し出す彼方を前に、エリスはちらりとクラリーチェの方を見る。
「ねえ、クラリーチェ。本当に彼方さんが行けば遥が元に戻る可能性は増えるの?」
「増えると思うよ。その可能性を恐れるからこそ、叡智の塔……御巫彩華の思惑から逸れる可能性が高くなるからこそ、カナ君の命を狙うんだろうからね」
クラリーチェは彼方に向かって苦笑いする。
彼女自身も彼方が同行するのには乗り気ではないのだろう。
「……分かったわ、私は彼方さんと一緒に行く。そして遥も助けるわ」
エリスは覚悟を決めたように小さく頷くと、彼方の手を掴む。
見れば、エリスの横に立つクラリーチェの目も僅かに潤んでいた。
差し伸べる手が彼方に届かなかったこと、それが平行世界でエリスがした後悔。
その後悔を取り戻そうとしたクラリーチェにとって、これは一つの願いが実を結んだ瞬間なのだ。
『まあ、なんて不憫なのですかしら。その願いは僅か一瞬で砕け散ってしまうだなんて』




