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黄金の魔女5

 まるで中央から爆風で吹き飛ばされたかのように、ドーナツ状になって世界から遮断されているウィッチの群れ。その数は優に数十を超えている。


 その中心にただ一人立つ少女は、道の先で揺らめく七荻ビルを見上げていた。

 ビルを抜ける風に黄金の髪がなびき、傍らには漆黒の大剣が突き刺さっている。


「エリス……? まさかこれを全員エリスがやったのか?」


 エリスがウィッチであることは彼方も知っている。だが、これほどまでに"強いウィッチ"であることは知らなかった。


 彼方は恐る恐るエリスの方へと歩いていく。


 それに気が付いたエリスはくるりと振り返ると、彼方にいつもの笑顔を向けて駆け寄って来た。


「彼方さん! 良かった、無事だったのね!」


 エリスは彼方の手を握ると勢いよくぶんぶんと上下に振った。


「エリス、クラリーチェから連絡を受けたのか?」

「クラリーチェ? 私は遥に頼まれて来たのだけれど、クラリーチェも何か用事があるのかしら?」

「遥から……?」


 そう聞き返す彼方に、エリスは少し困った顔をすると、もごもごと歯切れ悪く説明を始めた。


「ええと、今日遥が来て、その、なんて言うのかしら、彼方さんが危ないことしそうだからって頼んできて、ええと、そう、彼方さんが夜遊びするかもって!」


 最後にむっふと力を込めてエリスが言い切る。

 どうやら彼女にとってこれが会心の嘘だったらしい。

 だが、今の彼方にその嘘に乗ってやるような余裕は無い。


「今日遥に会ったのか!? その時の様子はどうだった!? 俺は今から遥の所に行かないといけないんだ」


 その言葉にぴたりとエリスの動きが止まり、


「うー、だ、駄目よ。彼方さん! ダメダメ、今日は帰らないと駄目よ!? 送っていくから帰りましょ? ううん、私のお家にお泊りしていくといいわ!」


 大慌ての様子に切り替わって彼方の背中をぐいぐいと押し始めた。


「そう言う訳にはいかないんだ、エリス。遥は大変なことになっている」

「……知ってるわ。でも行ってはいけないの。私はそう遥に頼まれたから」


 エリスは苦々しい表情で言う。


「まさかお前まで魔女議会のウィッチになったわけじゃないだろう?」


 世界から遮断されたウィッチ達を見ればそうでないことは分かる。

 だが彼方は他に理由が思いつかない。


「それは違うわ。あいつ等は彼方さんを……ううん、とにかく今日はダメ。せめて行くなら明日にしましょう?」

「それはできない、時間が無いんだ。だから一刻も早く行ってやらないといけない」


 彼方は視線をあげて七荻ビルを見据える。

 その様子にエリスは痛みを堪える様に下唇を噛んだ。エリスらしくない表情に彼方は首を傾げる。


「どうしたんだ、らしくないぞ」

「ごめんなさい。私、彼方さんが遥を助けようとしていることは知っているわ。けれど、それでもここは通せない。私は彼方さんを全力で止めるわ。貴方の身を守るため、今ここで」


 エリスは彼方に背を向けて数メートル歩いた後、くるりと向き直って漆黒の大剣を構えた。

 その表情は彼方が良く知ったエリスのものではなく、研ぎ澄まされた白刃のような真剣で鋭い顔だった。


「エリス! どういうことなんだ!? せめて理由を言ってくれ!」

「彼方さん、戦うつもりなんでしょう? 叡智の塔(パラレルヒストリー)とか言うものや、遥と! 私はそれを止めに来たの──! 彼方さんに危ないことはさせないため……私が後悔しないために!」


 エリスは毅然とした表情で彼方を見据えて駆ける。

 それを追うように、手にした大剣が漆黒の軌跡を描きながら宵闇を滑っていく。


「っ──!」


 彼方は全断の剣(マスターキー)を手に取ると、大剣を全断の剣で受け流す。

 大剣が彼方の僅かに横を通り過ぎ、全断の剣が悲鳴をあげる。


「全断の剣が軋むか!?」

「受け流した──!? 彼方さん、それはロッドじゃなくて因果調律鍵(コード)なのね!?」


 エリスは一瞬驚きの表情を浮かべたが、大剣を振り回した勢いをそのままに、剣の軌跡に黒い文字列を描いて再度彼方に斬りかかる。


「本気でやる気なのか……!」


 彼方を見据えて迫るエリスに、彼方は仕方なく全断の剣を構えて迎え撃つ。

 エリスの放つ研ぎ澄まされた一閃が黒く軌跡を描く。

 彼方はそれをバックステップで躱し、エリスが受け止める体勢になる前に剣を振るう。


「すまん、エリス」


 全断の剣ならば外傷は与えない。そう分かってはいても体を狙うことを憚られた彼方は、大剣を握る腕を狙う。


「大丈夫よ。それ、届かないもの」


 ──が、言葉通り全断の剣はエリスの体に届かない。全断の剣が黒い文字列に絡めとられたのだ。

 磁石に対する砂鉄のように纏わりつく文字列のせいで、最優先法則であるはずの全断の剣がその切れ味を発揮しない。


「厄介な!」


 更に侵食する文字列に全断の剣を包み込まれる直前、彼方はかろうじて全断の剣を抜き取ることに成功した。


「この黒い詠唱列は私の庭園。彼方さんの(それ)凄く切れ味がいいみたいだけど、どんな名刀も鞘に収めてしまえば斬れないでしょ?」


 言って、エリスは再度振り上げた漆黒の大剣を振り下ろす。


 彼方は身を翻して全断の剣でそれを再び受け流す。軌跡に黒がたなびき、解けた黒い文字列が滲んで魔法陣を形作っていく。

 エリスは素早く切り返して再度彼方に剣を打ち込む。概念の可視化である大剣は、本物のそれと違って全く鈍重さを感じさせない。


 エリスが剣を振るうたび、黒い文字列は刻々とその侵食域を広げ、世界の理を自らの色に染め上げていく。


「そう言う事か……。これが庭園、俺はウィッチに対する理解が甘かった」


 彼方は理解する。エリスの大剣は武器であると同時に絵筆でもあるのだ。

 因果調律鍵に相応しい威力を持つ武器であり、斬れば斬るほど自らの庭園を描き広げる絵筆、それがあの大剣の正体。


 思えば彼方はウィッチの庭園に対する知識が欠如していた。クラリーチェは庭園を叡智の塔の封印に使用しており、他に彼方が知る庭園は庭園憑きの使う叡智の塔のみ。


 彼方はウィッチ自体を使役する叡智の塔が特別厄介な庭園なのだろうと思っていた。

 だが、そもそも因果調律鍵と庭園は剣と盾であり対を成している。ならば因果調律鍵と同等に厄介な代物なのは当然のことだ。


「ファントムが理論上はと但し書きをした意味がようやく分かった。叡智の塔は人間にとってまだ戦い易い庭園だったのか」

「ファントム!? 彼方さん、さっきの言葉といい、もしかしてその剣が全断の剣なの!?」


 彼方の言葉を聞いたエリスが驚いた様子で問う。


「……ああ」


 彼方は一瞬思案した後に肯定する。

 彼方は隠すべきかと思ったが、エリスの様子を見て隠すべきではないと判断したのだ。


「彼方さん! 私、それが欲しいわ! 遥を助けるために全断の剣が必要なの!」

「そうなのか、なら俺と協力すれば……」

「彼方さんはダメよ! 私がファントムに頼み込んで一人でやるわ!」

「エリス、どうしてそこまで俺を遠ざけようとする」

「……聞いたのよ、叡智の塔に取り憑かれた遥に」


 エリスは大剣を横に構える。刀身を形作る黒い文字列が荒れ狂うように渦を巻く。


「平行世界の彼方さんは今日、死んでしまったって……ウィッチ達はそれを再現しようとしているって──!」


 感情を込めたエリスの叫びと共に文字列が漆黒の魔法陣となって次々と花開き、彼方の動きを完全に封じてしまう。


「っ!」

「私、他のことでは彼方さんに敵わない。でも魔法なら私は負けないわ。だから彼方さんは安全な所で大人しくしていて」


 拘束された彼方の前に立ってエリスが言う。


「そうはいかない、俺はファントムと約束してるんだ。なあ?」


 言って、彼方は一本の街灯を見上げる。

 そこにはいつの間に居たのか、静観しているクラリーチェの姿があった。


 彼方を手助けしようと思えばできたのだろうが、エリスが相手ならば危険はないと判断したのだろう。もしくは心情的にエリスとは戦い難かったのかもしれない。


「君、そこで私に会話を振るのは意地が悪いと思うよ」


 街灯の上からすとんと降り立ったクラリーチェは、全断の剣で手早く彼方の戒めを解く。


「ファントム……貴方がそうなのね」

「それで、エリス。君の言っていることは本当かい?」

「遥が言ったことが真実なら。私は遥が言うことを信じるわ」


 エリスが毅然とそう答える。

 クラリーチェは顎に指を当て、ふうむと唸った。


「彼方君、思えば君はいつも嵐の中心に居る。確かにこの叡智の塔を巡る一連の流れにおいては、私以上の中心人物と言っても過言ではないね」

「だからと言って、俺一人殺した所で人類の未来にまで響くとは思えないがな」

「けれど並行世界の君が作ったであろうロッドが今の世界を作り替えている。それを思えば君の可能性は脅威に違いない。ううん、きっとそんな理屈付けは大した問題じゃない……これまでの道筋に君が居なければ、これからの未来に君が居なければ、きっと私の行動の全ては過去の清算の為だけに使われるものだった。だから私も彼女言葉を、叡智の塔の記した未来からの逆算であるだろう魔女議会の企みを信じることが出来てしまう」


 ファントムではなくクラリーチェとして、彼女はそう言葉を紡ぐ。


「ほら、ファントムもそう言っているわ! 彼方さんは帰ってちょうだい!」


 エリスは熱心にそう主張し、クラリーチェもそれ以上は何も言わずに静かに彼方の回答を待つ。


「……それはできない。ファントム、エリス」

「ど、どうしてなの彼方さん! ファントムだってああ言ってるのに!?」

「本気なのかい、彼方君?」

「それで未知の未来へと辿り着いたとして、未知の未来が全て尊い訳じゃないだろう? だから、俺は自分で未来を選びたい」


 クラリーチェ、エリス、遥。彼方が大切に思う三人から背を向け、それで得た明日に何の意味があるというのだろうか。少なくとも彼方にはそんな未来に価値は見出せない。


「けどね、カナ君」


 クラリーチェがファントムではない自らの口調で苦言を呈そうとする。


「お前が言った言葉そのままだ。一緒に未来を創りたいんだろう? リスクなんて分かっている。それでも……俺だってお前に与えられた未来をただ受け取りたいわけじゃないんだ」

「ん、む、むぅ……。そこを言われると言い返せないなぁ」


 仮面の下で深々とため息をついてクラリーチェは押し黙る。


「……私は嫌よ、彼方さん。私は承服できないわ。彼方さんが無理をする必要はどこにもないじゃない。第二都市開発空域で彼方さんに置いていかれた時、私……心配で胸が張り裂けそうだったのよ?」


 しかし、黙ったクラリーチェの代わりにエリスが彼方の答えを否定した。


「私はいつも彼方さんに頼りっぱなしだし、ぐうたらで怠け者よ。ずっとのんびりして、皆で楽しく遊んでいれればよくって、世界の行く末なんてどうでもいいわ」


 大剣を握り締めながらエリスは涙目で言葉を繋げる。


「彼方さんは生き延びるのに必死になって欲しいわ。努力が必要だと言うのならそれは私が代わりに私がするわ。怠け者でもそれぐらいはしてみせる。もし貴方が死んでしまって、それでも遥を助けられなかったら、私の夢は欠片も残らず無くなってしまうでしょ」


 エリスは涙を振り払って、大剣の切っ先を彼方に向ける。


「私、後悔はしたくない。だから今日は彼方さんの言うことだって聞かないわ。後で怒ってくれてもいいわ、彼方さんが無事だったらおやつ抜きでも我慢するから!」

「彼方君……君も知っているね? ああなったエリスは梃子でも動かないよ」

「ああ、昔からそうだ……。だが、エリスが何を考えてあの場に立っているか分かった以上、俺にはそれを受けて立つ義務がある」

「気軽に言ってくれるねぇ。それこそ叡智の塔よりも強敵だよ、彼女」


 言って、クラリーチェは彼方に背を向ける。エリスと戦うのに協力してくれると言うことだ。


「いいのか? お前だって乗り気じゃないだろう」

「惚れた弱みって奴かな。私も君と未来を創りたいの。そして、その為には絶対に死なないこと、いいね?」

「ああ」


 彼方は自らの目の前に浮かんだ全断の剣を再び手に取る。


「それと……ありがとう、カナ君」

「ファントム?」

「差し伸べる手が君に届かなかった彼女の後悔、私はそれをよく知っている。けれど今の彼女はその手が届く所に立っている。例え今は刃を向けていたとしてもね」


 クラリーチェは宵闇をはためかせ、無数の全断の剣を浮かべた。


「だから私は君の選択を信じる。それが正解だと見せて欲しい、エリスにもね」


 クラリーチェはファントムのものでない自らの口調でそう言うと、浮かべた全断の剣を周囲に展開する。

 全断の剣は漆黒の空を埋め尽くし、彼方とクラリーチェを中心とした地面からも次々と現れていく。


「勿論だ、俺が今ここですべきはエリスを倒すことじゃない」


 目の前で立ち塞がるエリスを見て彼方が言う。

 きっと今の彼女は第二都市開発空域での彼方と同じだ。だからこそ、彼方はここで何をすればいいかも分かっている。


「それでははじめよう。エリス、開園だよ」

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