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最後の魔女2


 数分後、沙良と由愛の二人に拘束された彼方は、使われていない会議室まで連行されていた。


「ここら辺ならいいかな」

「うん、ここでいい」


 会議室に入って早々、二人の少女は脱いだ服をソファに投げるように彼方を無造作に放り投げる。


 放り投げられた彼方は長机の上を盛大に滑り、付近の椅子に足を引っ掛けながらもなんとか受身を取って着地した。


「っ! その扱いは酷いと思うんだがな」


 彼方は小さく頭をふって少女達の方へと向き直る。

 二人の少女は、ゴミでも見るような冷ややかな眼差しを彼方へ向けていた。


「ん、何か俺に言いたいことがあるのか? いや、君達の仕事の邪魔になったのはすまなかった。それでも遥の口から直接理由を聞きたかったんだ」


 彼女達が冷ややかな眼差しを向けている理由。それが先程遥と口論をしたことだと考え、彼方は二人に対して謝罪の言葉を述べる。

 だが、二人の反応は彼方の予想外のものだった。


「あーあ、沙良ちゃん、こいつ自分が置かれた状況理解してないよ」


 由愛と呼ばれていたピンク髪をした少女が、呆れたような表情で明るく言う。


「別にいい、どうせ結果は変わらないから」


 沙良と呼ばれていた栗色の髪をボブカットにした少女が、淡々と事務的に返答する。


「どういう意味なんだ? 俺には言葉の意味が分からないんだが」


 言われて彼方は首を傾げる。

 確かに彼方をつまみ出そうとするのなら七荻ビルから追い出すのが道理だ。それをあえてビルの中腹で解放する理由は思いつかない。


「それはねぇ……こういう意味!」


 言って、由愛がすっと宙にその手を滑らせる。


「────!」


 その動作に身の危険を感じ、彼方は転がるように横へ跳ぶ。

 それと同時、胸ポケットに手を当て携帯していたロッドを起動。音も無くロッドが動作を開始し、鈍い頭痛が一度だけ彼方を襲う。これにより彼方の思考とロッドの同調が完了し、簡易的な魔法の行使が可能となる。人類がウィッチの"真似事"をするために必要な手順だ。


 跳んだ彼方が着地すると、彼方が先程まで居た空間が歪み、近くに設置されていた長机が薄紙のように圧縮されていた。


「やはり魔法か!」


 呟く彼方の背中に冷汗が流れる。

 突如真横で起こった超常の光景。これこそがウィッチがウィッチたる所以、正式には因果調律と呼ばれる"魔法"による世界改竄。この場合は空間圧縮なのだろう。


「あっちゃあー、避けられた」


 一方、魔法を避けられた由愛は悪戯っぽく舌を出すと、自らの頭を握りこぶしでこつんとつついた。


「由愛、だから魔法を使うのに予備動作をつけちゃダメだって何度も言ってる」

「けどさー、沙良ちゃん。因果の流れも読めない旧人類が避けちゃうなんて思わないよー」

「おかげでロッドも起動された。凄く面倒、これは減点一」

「ぶーっ、だってまさかロッドを持ってるなんて思わないじゃん」


 現在、七荻グループは因果調律機ことロッドにおいてトップシェアを誇り、その開発普及に対してもかなりの力を入れている。そんな背景もあって、彼方も幼い頃からロッドを扱い、開発にも携わっていた。

 その為、今日も試験用のロッドを持っていたのだが、そんな偶然が無ければ今頃は背筋も凍るような目に遭っていたことだろう。


「次はちゃんとしないと報告するから。補助金が減ったら買い物や旅行にも行けなくなって由愛が困る」

「ぶーぶーっ、沙良ちゃんのイジワル。そんな風に脅かさなくたってちゃんとやるもん」


 彼方を襲っておきながら、全く悪びれずに和気藹々と会話する二人。


「どういうつもりなんだ。悪戯にしては度が過ぎている」


 彼方は胸ポケットのロッドを確認しながら、自らに危害を加えようとした二人を睨みつける。

 二人にとっては遊び半分かもしれないが、彼方にしてみれば冗談では済まされない。


「貴方は未来予測により魔女議会の邪魔になると決定付けられている。遥は貴方を連れて行けとだけ言ったけど、私達は貴方をまともな状態でここから出すつもりはない」

「これから色々するのにお兄ちゃんがうろちょろすると邪魔なんだよね。なら廃人にでもして保管しておいた方が楽じゃん、ね?」

「ついでにあのサイズにまで圧縮しておけば机の引き出しにしまっておけて便利」

「未来予測……? そんなもので廃人だなんて不条理にもほどがある。一体どんな未来予測で俺が邪魔だと言うんだ」


 彼方は自らに対して行われているこの狼藉が妹と無関係であることに安堵する。

 そして、一目散に逃げるべき状況であると理解しつつも、妹の不可解な行動の理由を探るべくあえて危険な一歩を踏み込んだ。


「私達は平行世界の歴史を知っている。そして……ファントム、あれの登場で世界の歴史がそれと異なってしまったことも。私達は正しい歴史の続きが欲しい」

「異なった歴史の流れ? それに正しい歴史の続きというのは……」

「お兄ちゃんにはそれ以上の情報は要らないよ。だってお兄ちゃんはその時にはもう居ない予定なんだからさぁ!」


 由愛はその場でぐるんと横に一回転すると、虚空から身の丈ほどもある斧のようなものを引っ張り出した。


「大丈夫、今はまだ殺しはしない。貴方の命というリソースを消費する日は"黎明の日"だともう決まってるから」


 先程と同じ場所から動かずに沙良が言う。いつの間にか彼女の手にも槍のような物体が握られていた。


因果調律鍵(コード)……!」

「へー、物知りじゃん。これが因果調律鍵だって分かるんだ」

「伊達に七荻でロッドに携わっていないさ。魔法に対する知識は人並みよりあるつもりだ」


 言いながら、彼方は身構える体を一層強張らせる。


「そう、ならもう分かってるはず。ロッド如きではどうにもならないって」


 ファントムがもたらしたロッドにより、人類も限定的ながら魔法を行使することが可能になった。

 ならば数で勝る人類がウィッチと戦って勝つことができるのか。その問いの答えは間違いなく"人類が束になっても勝てない"だ。


 その理由となるのが、ロッドでは再現できない二つの能力。その片割れこそが今彼女達が手にしているもの。武器を模した攻勢概念"因果調律鍵(コード)"だ。

 通常の魔法が世界というコンピュータをハッキングし内容を改竄するものだとすれば、因果調律鍵は世界というコンピュータ自体を作り変える。


 故にその世界干渉は魔法と比べても強力無比。

 因果調律鍵は干渉の為の手段に過ぎないにもかかわらず、既にその影響力自体が武器の形状として可視化され、ウィッチでなくとも認識できるのが何よりの証拠だ。


「ロッド起動しちゃったのは大失敗だねー。それ起動しちゃうと周りの因果が強固になって普通の魔法は通んないんだよ。だから本気を出さないといけなくなっちゃうんだわ」


 由愛は手にした斧の柄で肩をぽんぽんと叩くと、じりじりと彼方ににじり寄り


 ──跳ねた。


「だから……生意気な旧人類は因果を喰われろッ──!」


 重力を感じない跳躍から、大斧を振りかぶり、彼方へ向けて叩きつける。


 彼方は横に飛んでそれを躱す。大斧が叩きつけられた床の因果律が支配され、由愛の思うままに破壊されていく。


「ビルの床をぶち抜いて! 邪魔というだけでそこまでやるか!?」


 受け身を取りながら彼方が叫ぶ。


 いくら新人類と呼ばれるウィッチでも、それが国に所属した者達ならば一般的な人間社会のルールに収まっているもの。彼方は疑いもせずそう思っていた。

 だが、それは甘い考えだったのだと、彼方の真横で吹き抜けになったフロアが雄弁に物語っている。


「くっそー、また避けられた! 沙良ちゃんは向こうの入り口塞いで! 今度こそ当ててやるんだ!」


 彼方が出口まで向かう経路を塞ぎながら、ムキになった由愛が沙良に指示を出す。


「二つの出口を塞がれた。本当ならこういう無礼者は放置したくないが……」


 僅かに視線を横に滑らせ沙良の様子を確認。再度由愛を見据えてその動向を窺う。

 こうも人命や人権を軽視する少女達は正直に言って気に入らない。

 が、だからと言ってここで勝ち目の無い勝負を挑むほど彼方は向こう見ずでもない。


「そんな大口叩く前にさ。自分の心配したほうがいいんじゃない」

「いいや、逃げるだけなら算段はあるんだ。何しろこのビルは俺にとって第二の自宅みたいなものだからな」


 彼方はそう言うや否や一瞬の虚を衝いて、由愛が開けた大穴から飛び降りる。


「あっ!」


 慌てて由愛も大穴から飛び降りるが時既に遅し、彼方はビルの何処かへと消えた後だった。


「……はあ、由愛、熱くなりすぎ。減点二」


 沙良は大きくため息をつくと、ゆっくりと大穴前まで歩いて下階の由愛に言う。


「あー、くやしーっ! 沙良ちゃん。このビルごとあいつ潰していい?」

「絶対ダメ。屋上では他の仲間が別の作業をしてるんだから」

「そっか、遥ちゃんを叡智の塔(パラレルヒストリー)の依り代にする作業がそろそろはじまるもんね」

「そう、だから逃げたあいつが屋上に行かないことだけを考えて」

「ちぇっ、分かったよー」


 由愛はつまらなそうにそう言うと、大穴の下から天井を見上げるのだった。


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