第二都市開発空域8
「カナ君、こっちこっち!」
Aエリアにたどり着いた彼方を見つけ、クラリーチェがテナントの間にある物陰から手招きする。
「すまない、遅くなった」
クラリーチェに招き入れられ、彼方は裏口から有名アパレルショップの店内へと潜り込む。
「カナ君、途中で何かあったの? 君、凄く嫌な顔してるよ」
メインストリートから死角となった一角で、剣呑な表情の彼方を見てクラリーチェが尋ねる。
「……魔女担当大臣に敵対宣言をしてきた」
「うええっ? なんでまたそんなことをしたのさ。こっちは色々と不利なんだから目立たず騒がず上手くやろうよ」
「すまん……分かっては居たんだがな。それでも、実際に対峙したら言わずに済ませることはできなかった」
彼方はクラリーチェに小さく頭を下げた。
「噂は色々と聞くけれど……そんなになの?」
「ウィッチ達の企みが全て分かった上で、更に言えばそれが平行世界と同じ末路を辿ると分かったとしても、その企みを後押しし続けることができる。そう人間だ、彼女は」
「ふぅん、そういう類の人間か……」
クラリーチェは暫し考える素振りをする。
「じゃあここがもうすぐ崩落しそうだってのも分かってやってるわけだ」
「ああ、歴史の修正は破壊と再現が重要だと笑顔で教えてくれたよ」
「笑顔……なるほどねぇ、ならその件はこれ以上何も言わない。カナ君の性格でそんなこと聞かされちゃったら見過ごせないって知ってるから」
クラリーチェはむうとうなった後、試着室に入って着替えを始める。
以前彼方が尋ねたところによると、ファントムの衣装は鞄内部の空間を圧縮して常備しているらしい。由愛と沙良が彼方に対してしようとしていた空間圧縮と同じ原理の魔法だろう。
「た・だ・し! カナ君に対する警戒は強くなってるはずだからね。絶対に無理はしないように、いいね?」
ファントムの出で立ちに着替えたクラリーチェは、念を押すように白い手袋をつけた指をぴしりと彼方の鼻先に突きつけた。
「ああ、大丈夫だ。動きはさっき話した通りでいいな?」
彼方は力強く頷く。
元々クラリーチェの負担をできる限り軽くしてやりたいと思っているのだ。
警戒が強まるのはむしろ好都合と言ってもいい。
「はぁ、ここにエリスが居てくれれば、かなり楽ができるんだけどねぇ……」
「俺は置いてきて正解だと思ってる。こんな危険な所にあいつが居たら見ていられない」
「それはエリスから見たらカナ君が自分を置いて危険な場所に居るってことだよ? エリスがそれを知ったら心配……ううん、後悔すると思う。今日手助けして貰えとは言わないから、そのことだけは覚えておいて」
クラリーチェはじっと彼方の顔を見て言う。
その表情を見て、彼方の脳裏にさっき見たエリスの心配そうな表情が浮かぶ。
「そう言っても性格的な向き不向きだってある。この場に限って言えば、俺が心配させないようにウィッチを相手取ればいい話だ」
しかし、やはりそれでもエリスを巻き込みたくないと言う心情が勝る。彼方はクラリーチェだって危険な場所には居させたくは無いのだから。
「相手取るって……ロッドも全断の剣もあくまで護身用! 君にウィッチを倒して欲しいとは思ってないからね。そこの所ちゃんと分かってる?」
「勿論だ」
彼方はそう答えるが心中は真逆だった。
いくら彼方が注意を自らに引きつけようとも、叡智の塔の本体を封じているのはファントムなのだ。ならばウィッチ達がファントムを優先して狙うのは間違いない。
ならばクラリーチェに負担をかけないためには倒すほかは無い。
「むーっ、その顔怪しいなぁ……私だってエリスに言いたいのをぐっと堪えたんだから、君だってちゃんと聞き分けてよね」
「大丈夫、それに体だけはお前よりも頑強だ。さあ急ごう」
彼方はロッドを起動してテナントの外へと向かう。
エリスの時と同じ逃げ方だなと彼方は心の中で自嘲する。
「もう、カナ君! もし危なくなったら絶対に私を呼ぶんだよ!? 約束、いいね!?」
背後から聞こえるクラリーチェの言葉に、彼方は片手を小さくあげて応えた。
夕焼けに包まれ始めた通路を抜け、一般人立ち入り禁止の非常階段から彼方は上層へと上がっていく。
階段を上るにつれ、ゴゥンゴゥンと規則正しく響く駆動音が聞こえ始める。上層エネルギーエリアが近づいている証拠だ。
階段を上り切った彼方は、鉄で作られた分厚い扉を開ける。扉は厳重に施錠されていたが、魔法で空間を広げてやると難なく開くことができた。
「対魔法のセキュリティは今後の大きな課題だな。ウィッチが増え、ロッドが一般に普及したら旧来のセキュリティは全て無意味だ」
扉を開けた先には石碑を思わせる黒い物体が列を成して立ち並んでいる。これらは全てロッドだ、
魔法機関とは、ロッドを並列結合し魔法由来のエネルギーによって電力を得る装置。
第二都市開発空域は世界最大級の大型魔法機関により、都市運営に必要なエネルギーの全てを賄っている。浮遊建築と魔法機関によるエネルギー。この二本柱こそが第二都市開発空域が新時代のモデル都市と呼ばれる所以だ。
そして、その二本柱の基盤がどちらもロッドである以上、この都市は平行世界には影も形もないはずの都市。歴史を修正するためには完全破壊が妥当と言うわけだ。
「さて、ロッド自体に不具合はないようだが……」
魔法機関の隙間を縫うようにして進んだ彼方は、警戒しながら中央制御室の様子を探る。
内部は無人、常駐しているはずの技術者達の姿は無い。間違いなく人払いがされている。
彼方は制御室に立ち入ると、中央の巨大パネル、机上のモニターに映る計器類の順に状態をチェックしていく。全て正常運転、魔法機関自体にトラブルは一切無い。
「やはりフードコートでの説明は嘘か……!」
「くっくっくっ、見事に釣られたようだな」
背後からの声に振り返る彼方。
中央制御室の入り口には、仰け反る様なポーズを決めたゴシックドレスの少女──綾音が居た。
「……お前はさっきのウィッチ!」
「来ると思っていたよ、七荻彼方。全ては我が未来予測の通り。汝が脅威であるという事実はこれで疑う余地はないということだ」
「未来予測……やはりお前も庭園憑きだったか」
「そう、我こそは平行世界に選ばれし者が一人!」
綾音はポーズを決めたまま右手で左目を隠すと左手で彼方を指差す。どうやら彼女はこれがかっこいいと思ってやっているらしい。
「お前もウィッチがこの星の支配者となるために、人類を滅ぼすことを厭わないんだな?」
「くっくっくっ、物を知らぬ旧人類は野蛮なことよ。無論、我等とてそれは本位ではない。厳重な管理の上、我々の繁栄の為に生きて貰うつもりだ」
「平行世界ではそれを失敗したんじゃないのか。都合のよい歴史改変なんてできる訳が無い」
その言葉に綾音は哄笑する。
「フゥハハハハ! その都合のよい歴史改変が成された世界がこれであろう!? ファントムが平行世界の知識とウィッチの権能を持って自然な流れから異なる道を歩ませた世界、それがこの世界。ならば叡智の塔で平行世界の知識を手に入れた同種が、同じことをできないはずがない!」
「なるほど、お前達から見ればそう見えるのか。だが一石を投じたのはファントムでも、この流れを作ったのは大勢の人だ。お前達の独断では同じように行くとは思えないが」
「ウィッチならざる身では分からぬも無理も無い。ましてや汝は黎明の日にて消費されるのが決まっている身」
「黎明の日? それは何を意味する」
黎明の日。それは七荻ビルで対峙した二人のウィッチも口にしていた言葉。何らかの重要な意味を持つのは明らかだろう。
「フゥハハハ! やはり気になるようだな。黎明の日、それは叡智の塔が記された未来への道筋が開ける確定点! ファントムの作り出した流れの断ち切られる時!」
「つまりは歴史修正が完了する予定の地点だな……大よそ理解できた。感謝する」
「ならば喜ぶがいい! 黎明の日、汝も舞台の演者となる! 故に汝が舞う夜は今日にあらず。今宵は命乞いして歌いたまえ! 終の亡霊を呼ぶ哀れな小夜曲を!」
言いながら、綾音は鎖の先端に刃が付いた武器を顕現させた。
「気前よく喋ってくれると思えば、ここで倒れる俺には何を言っても関係ないと言う算段か」
これは彼方にとって好都合だ。
ここで彼女達の狙いを一身に集めることができれば、クラリーチェにかかる負担は大幅に減る。
「さあ、鳴け! 我が白銀の鎖に跪いて! それが開戦へと至る道筋とならん!」
「いいや、開戦の合図は今すぐにして貰う。ファントムに代わって俺がその勝負受けてたとう」
彼方は起動中のロッドに加え、もうひとつのロッドを並列起動する。
これこそが二ヶ月かけて準備してきた彼方の成果。このロッドに彼方の基礎スペックを加えれば、前回ような庭園憑きが相手でも容易に負けはしないはずだ。
「受けて立つ? フゥハハハ! 喜劇の主役になったつもりかね、古き民よ! 汝等には我らの見える世界が見えぬようだ!」
綾音は鎖を振り回しながら哄笑する。
「慢心した者に負けるほど容易くはない。こい」
「図に乗るなッ──!!」
綾音が手にした鎖を横に振る。鎖の先端に付いた刃が意思を持つかのように彼方に迫る。
彼方はゆらりと体を揺らし、体捌きだけでそれを躱した。
「なん、だと──!?」
忌々しげに綾音が鎖を引っぱる。床に刺さっていた刃の切っ先が向きを変え、彼方の背後から迫る。
「その切っ先は当たらん」
彼方は綾音の方を向いたままそれを躱す。クラリーチェと協力し、彼方は対ウィッチ用の戦闘術をこの二ヶ月で完全に体得していた。
「ちいっ! 踊るのが上手と見えるッ!」
目論見の外れた綾音は忌々し気に彼方を見据えると、更に勢いよく鎖を振り回す。
右、左、左、右、荒れ狂うように振り回される鎖。その度に切っ先が彼方に向けて襲い掛かる。
「当たらないと言っている」
だが、彼方はその全てを軽々と躱した。
「ホケエェェェ!! あたんない! あたんない! あたんない!? 助けてお姉ちゃん! あいつ捕まえてぇぇ!?」
動揺のあまり素の口調で絶叫する綾音。
対する彼方も見た目の戦況ほど余裕は無い。
庭園と言う絶対の守りを持たないない彼方には繰り出される全てが致命傷。鎖に掠ることさえ許されない。
加えて、反転攻勢するには全断の剣が必要。それには追加起動したロッドの計算が終わらなければならない。
「思ったよりも時間がかかる。ここはもう少し簡略化しておくべきだったな」
隙だらけの綾音を注視しながら彼方が呟く。
「……あ、なぁんだ! そういうことか! ……フッ、汝も児戯が得意と見える。だが我が真眼は見抜いているぞッ!」
好機にもかかわらず一向に攻めてこない彼方に、綾音も彼方が攻めあぐねていると言う事実に気が付く。
「ならばこれで逃げることは叶うまい!」
余裕を取り戻した綾音がポーズを決める。それを合図として、ぐるぐると鎖が彼方の周りを回り始めた。
鎖は蜘蛛の巣のように幾重にも張り巡らされ、その間隔が徐々に狭まっていく。
「これが汝の鎮魂歌だ! フォルテッシモ!」
綾音の掛け声と共に鎖が一気に引き締められる。
「残念だが気が付くのが遅かったな」
しかし、鎖が彼方を縛り上げることは叶わない。
彼方の手にした全断の剣により張り巡らされた鎖は一刀両断されていた。
「馬鹿な! 因果調律鍵!? まさか、汝──女の子だったのかッ!?」
「いや、それは違うが」
「ちょっと、待って、これどうなって、え! 叡智の塔でも知らないんですか!? ヤバないですか、これヤバないですかねぇ!?」
自らの武器たる鎖を両断され、持ち得ないはずの因果調律鍵を使われ、綾音の顔から完全に余裕が消えた。
「悪いがここからは逆襲させてもらう」
机に飛び乗り、綾音に向けて一気に彼方が踏み込む。
二つのロッドを用い、一方を全断の剣へと置き換え、もう一方を魔法に対する防御と身体能力の強化に用いる。これが彼方がウィッチに対抗するために身につけた戦闘スタイルだった。
「ええい、くそっ! そうだ、旧人類は身を守る庭園がないんだった。なら……これでどうだ!?」
瞬間、部屋全体が青い炎に包まれる。物理的干渉を挟む極めて原始的な魔法。ウィッチが誕生するまで魔法と言われて人間がイメージしていた光景だ。
「無駄だ」
彼方はそれを意に介さない。全ての因果を壊し貫く因果調律鍵と違い、物理的な干渉を挟む魔法ならば、庭園を用いるまでもなくロッドの簡単な魔法でも十分に防ぎきれるのだ。
あの夜、クラリーチェがビルの瓦礫で怪我をしたのは、庭園がない状態での連戦で、既に満身創痍だったと言う例外中の例外に過ぎない。
「至極当然! 炎は囮だッ!」
燃え盛る炎の中を切り裂いて、刃のついた鎖の切っ先が彼方へと迫る。
「それを含めて無駄だと言ったんだ」
彼方は手にした全断の剣をひらめかせ、白銀の鎖を粉々に打ち砕く。
掻き消えた炎と共に砕かれた鎖の残骸が光の粒となって消失した。
「そんな、そんな、そんなぁ!?」
「お前の後にも叡智の塔本体が控えているのは分かっている。大人しく負けておけ」
電光石火。彼方は返す刃で容赦なく綾音を一刀両断する。
綾音は情けなく仰け反った状態で世界から遮断され、その場に浮かび上がった。
人々が夢焦がれた色とりどりの魔法。
その極致が因果調律鍵と言う武器を用いた純粋な斬り合いに帰結したが故に、ただの人類である彼方がウィッチに勝てる可能性が生まれたと言うのは皮肉な結果だろう。
「……そして、ここからが本番だ」
全断の剣を構えたまま、彼方は世界から切り離された綾音を見据えた。




