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最後の魔女1


 今から十年前、二十一世紀も中盤にさしかかった頃、彼女はなんの前触れもなくこの世界へとやって来た。


 にやけた顔の仮面に白いタキシード。その姿はゆらゆらと蜃気楼のように揺らめいていて、大人なのか子供なのかさえ分からない。

 正体不明、神出鬼没、故に人々は彼女をファントムと呼んだ。


 しかし、それだけで終わりだったのならば、ファントムは無数にある都市伝説のひとつに過ぎなかったはずだ。

 だが、ファントムは自らが都市伝説の類となってしまうのを許さなかった。


 ある時、武力衝突する二国の前にゆらりと現れたファントムは、たった一人で両国の兵力を蹂躙してのけてみせたのだ。


 砲弾飛び交う戦場を悠然と歩くと、群れなす兵士を這い蹲らせ、空を翔る戦闘機を地に縛り、無人兵器を瞬く間に解体し、ミサイルの炎を飲み込んだ。


 幽霊のように物理法則に縛られぬ彼女を捕らえられる者はなく、因果を改竄支配する彼女から逃れられる者もいなかった。


 世界中に配信されたその光景を見た人類が己の無力さを悟った後、ファントムは積み上げられた兵器の山の上から凛然とした少女の声でこう告げた。


『さて人類諸君、私は平行世界の地球、その少し未来からやってきた。私が今してみせた因果調律(まほう)、それを使える新人類"ウィッチ"が間もなく君達の中からも現れるだろう。しかし、人はウィッチに対して成す術がない。もしも君達人類が種の存続を望むというのなら──私がその可能性をあげよう』


 その時ファントムが人類に与えた道具こそが因果調律機──通称"ロッド"。


 胸ポケットに収まるサイズの板状機械であるロッドは、周囲の因果律を解析、操作し、瞬間的な物理法則の超越を可能とした。

 それはまるでファンタジー小説にでてくる魔法の杖(ロッド)のように。


 これによって人の歴史は今までと異なる方向へと動き出し、それを見届けたファントムはその存在が幻だったかのようにその姿を消した。



   第一話 最後の魔女



 そして今、ファントムが予言したウィッチと呼ばれる少女が出現してから数年。


 ウィッチ出現による社会的混乱も大してなく、多くの人々にとってのウィッチは、雑誌に載っている有名人のような少し遠い存在に過ぎない。

 ファントムがもたらしたロッドも人々が使いこなすには程遠く、まだ各国が大急ぎで使い手を育成している段階だ。


 鮮烈だった十年前とは打って変わって、世界は二十世紀と未だ地続き。街並みを二十一世紀初頭と比べても、ビルの割合が増えたぐらいの差異しかない。


 そんな過去と地続きの街並みを一望する摩天楼"七荻グループ本社ビル"の一角で、七荻彼方(ななおぎかなた)は実の妹に七荻グループ総帥の座を奪われていた。


「何度説明を求められても同じことです。私が七荻グループの総帥に就任し、私の権限でお兄様には家を出ていただきます」


 赤い絨毯の敷かれた部屋の真ん中でそう言い放つのは、彼方の妹である七荻遥(ななおぎはるか)。気品満ち溢れる黒髪の美少女と評判であるが、今現在の彼女を見てしまったのなら冷徹かつ強引以外の感想を抱けないことだろう。


「遥、俺はお前が総帥になることに異論は無い。だがそれでも、そう決めた理由ぐらいは聞かせて欲しい」


 二人の少女に両腕をがっちりと拘束された状態で彼方が言う。


「私に七荻総帥の座は荷が重いとでも言いたいのですか?」

「そうじゃない、納得がいかないだけだ」


 七荻グループは三百兆を超える総資産を持ち、千を超える子会社を抱える超巨大グループ。更に近年はロッド開発でも頭角を現しており、次世代を担うトップ企業の先頭を走る存在だ。


 幼い頃からそんな七荻の総帥になるべく英才教育を施された彼方と違い、妹である遥は至って普通に育てられていた。その上、当の本人も今の今まで総帥になるつもりなど毛頭無い様子だった。


 兄妹仲も恋人のように仲睦まじいと揶揄されるほど良好で、仮に遥が総帥になることを望んだとしても、その前に彼方に一言相談ぐらいはしてくるはずなのだ。

 それが今日、不意打ちで総帥に就任すると聞かされた。

 彼方にしてみれば何故という疑問が真っ先に来るのも無理はない。


「その座を追われるお兄様が納得できないのは無理なからぬこと。ですがご安心ください。生活には困らぬよう、ちゃんと相応の資金はお渡ししておきます。それでも不満ならエリスでも頼ったらいかがですかしら?」

「違う、俺が言いたいのはそこじゃない。急に決心した理由だけ聞かせてくれればそれでいい」


 彼方は身を乗り出して遥を問い質そうとするが、二人の少女に掴まれた彼方はその場からピクリとも動くことはできなかった。


 無論、少女に劣るほど彼方が軟弱なのではない。

 二人の少女が揃いで身に着けている小洒落た制服、それはこの国に所属登録されているウィッチに支給されるもの。


 つまり、彼女達はほぼ間違いなくウィッチであり、ただの人間である彼方ではファントムのように因果を超越する彼女達を振りほどける訳が無いのだ。


「……遥、まさかお前もウィッチになったのか?」


 自らを捕まえる二人が正真正銘のウィッチであると確信し、彼方はそれと同時に生じた疑念を口にする。


 国所属のウィッチ組織、通称"魔女議会"はウィッチに関わる事柄に対して超法規的権限を持つ。故に名目上は国に所属をしているが国に行動を一切縛られない。

 実質治外法権のようなものだとさえ伝え聞いている。


 いくら七荻グループが政界にも顔が利くと言っても、そんな彼女達を動員することは容易ではない。だが、呼びかけたのが自らの仲間であれば話は別のはずだ。


「……そうですか、妄言まで言い始めましたか」


 一拍の間を置いて、遥は顔を僅かに背けながら言う。

 それは彼女が後ろめたいことがある時によくやる癖、つまり彼方の問いに対する肯定を意味していた。


「やはりそうなのか、ウィッチは後天的に発現するものだとは知っているが……。だが、なぜ俺に一言の相談もなく魔女議会に所属したんだ」

「あー、もう、お兄ちゃんごねるの終わんないよこれ。遥ちゃん、早くお兄ちゃん追い出そ? 御巫(みかなぎ)さん来ちゃうよ」


 彼方を拘束する少女の片割れが言う。


「そうですね。こんな紋切り型の台詞は言いたくありませんが、もうお兄様とお話することはありません。由愛、沙良、連れて行ってあげなさい」

「はーい」


 待ってましたと言わんばかりに、彼方の両腕を持つ少女二人が動き出し、そのまま彼方を部屋の外に連行していく。


「遥!」


 彼方の呼びかけに遥は無言で背を向け、連れ去られた彼方の目の前で扉が閉められる。


 遥はそれを無言で見届けると、


「お許しくださいお兄様。ですがこれも全て愛しいお兄様のためを思ってのこと。これも愛なのです……! この全身からあふれ出るお兄様へのディープラ・ブ! 嗚呼! 駆け巡れ乙女の脳内麻薬(エンドルフィン)!」


 兄の残り香のする空気を思い切り吸い込むのだった。

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