聖女の儀、当日 side 執行人
目の前には、一人の穢らわしい女。
髪は乱れ頰は青ざめ、大きく見開かれた目は血走っている。唇は震え、カチカチと歯の当たる耳障りな音を立てている。それに汚れた服から漂う、饐えた嫌な臭い。
この女は、聖女様……の筈だった。
しかし、常に優しく慈愛の笑みを湛えていた聖女様の面影は今や欠片もない。
ここにいるのは、背を丸め怯えと絶望と憎しみの入り混じった眼差しで辺りを伺う薄汚れたただの女。清らかさとは対極の存在。
これが、穢れを集めるということなのか。
あのいつも輝いて見えた聖女様が、こんなにも穢らわしくなってしまうものなのか。
衝撃で思わず手の力が緩み、握っていた剣が滑り落ちそうになった。
その感触に気づき、慌てて柄を握り直す。
しっかりしなければ。
聖女様はご自身の役目を果たされた。
御身を犠牲にし、穢れをその身に引き受けた。
ならば今度は、俺が自分の役目を果たす番だ。
聖女様がその身を挺して集めてくださった穢れを絶たなければ。
それが俺の役目なのだから。
この役目は名誉あるもの。
そう聞かされつつも、聖女様を弑する事など自分にできるのか。実は今この時まで不安に思っていた。
だが、これならば大丈夫だ。
これは殺さなければならないものだ。
こんなにも穢れに満ちたものは、この世に存在してはいけない。
滅さなければ。
代々聖女の儀で、穢れを滅し続けてきたこの剣で。
使命感が胸を満たす。
これは崇高な使命だ。
聖女様が身に集めた穢れを、この剣で絶つ。
それが聖女様の願い。
それが、身を捧げた聖女様に報いる唯一の方法。
……これは、聖女様の為。
手の中の、大袈裟なほどに大きな儀式用の大剣。その重みが心強い。
これならば、一振りで穢れを絶てる。
穢れに一歩近づいた。
「やめて」と、それの口が動いた気がしたが、気にするなと自分に言い聞かせる。
最後の瞬間、逃げ出そうと穢れが聖女様の口を借りることがある。だが決して耳を傾けてはいけないと、神官様から固く言い含められていたから。
ここにいるのは、もはや聖女様ではない。
滅すべき穢れなのだ。
穢れの目から涙が溢れ落ちたが、もう決意は揺るがない。
両手で儀式用の剣を握りしめ、ゆっくりと振り上げた。