聖女の儀、前日 side 神官長
目の前の聖女を見る。
凛とした佇まい。
本当に美しく育った。
思わずため息がこぼれるほどに。
そう育てた。
私たちが。
幼く美しい少女を選び、世の穢れには一切触れさせずに清らかに正しく優しくなるよう大切に育んだ。
そして、今日の日が来た。
彼女を穢れに塗れさせる日が。
今回は手違いがあり、聖女は自分が明日の儀式で命を落とすことを既に知ってしまっている。
だがその程度、大した問題ではない。どうせ今日の儀式を経れば、彼女にとってもそんなものは些細なことになる。
大事なのは、儀式の前日まで彼女が穏やかで清らかな優しい聖女であったこと。そして
今日の儀式で、私たちが聖女を穢すこと。
這い上がる気も起きないほどに、深い絶望を与えること。
だからこそ、聖女をずっと側で守り続けてきた私たちがこの儀式を取り行う必要があるのだ。
聖女をもう一度見た。
不安に苛まれ憔悴しているが、それでもなお美しい。
清らかで美しい聖女。
穢れとは無縁の存在。
その彼女を、これからこの手で一気に最下層へと堕とすのだ。
そう思うと、知らず気持ちが高ぶった。
いけない、聖職者にあるまじき欲望の高まりを感じる。この身にも、大分穢れが溜まってしまっているようだ。穢れ多き俗世で暮す身としては、仕方のないことではあるが。
だがそれも今日までのこと。
この身の穢れを全て聖女へと移し、私は、私たちはまた神に仕える清廉な身へと戻るのだ。そしてその後、全ての民の穢れをも一身に引き受けて、聖女は神の御許へ還るのだ。
そのための聖女。
そのために、そのためだけに、神殿で大切に育てあげた娘。
私たちの、大切な贄。
今日までの日々が、穏やかで優しいほど。落差が激しければ激しいほど。
聖女の受ける絶望は深くなる。
明日の儀式には、絶望に染まり全身を穢れに塗れさせた贄が必要なのだ。
誰が見てもわかるほどの穢れを纏わせた存在が。
穢れの化身と言われて、見た者全てが納得するほどの存在が。
そのために、聖女に絶望を与える。
それが今夜の儀式なのだ。
二日に渡る儀式の流れはこうだ。
まず今夜、私を含めた上位の神官が、自身の穢れを直接聖女に移す。それにより、聖女は穢れと絶望に塗れた状態となる。
そして翌日、清らかな聖女しか知らなかった民衆は、変わり果てた聖女を見て聖女が世界の穢れをその身に引き受けたと信じるのだ。それにより、民たちの穢れも自然と聖女へと移る。
その状態の聖女を衆目の前で殺すことにより、この世の穢れを滅する儀式は完成するのだ。
綺麗なものは、尊きもの。
綺麗なものは、殺せない。
だが一度穢れてしまえば、かつて綺麗だったものでも穢すことに躊躇はなくなる。
むしろ、更に穢したくて堪らなくなる。
だから、聖女を穢すのだ。
かつて清らかだった者を引きずり落とし、穢れと汚辱に塗れさせるのだ。
この身に溜まった穢れにより、どうしようもなく高まった欲望。
それに急かされるように、私は贄の腕をきつく掴んだ。今宵の儀式の場へと連れ出すために。