聖女の儀、前々日
さくりと地面を踏む音が聞こえて、反射的に顔を上げた。
「やっと見つけましたよ」
そこに居たのは、神官の一人だった。
「突然いなくなるなんて、驚くじゃありませんか」
年の離れた兄のような神官たちの一人。彼は
「皆で探していたんですよ」
と、ため息を吐くと近づいてきた。
「さ、帰りますよ」
咄嗟に逃げ出そうとしたけれど、それより早く腕を取られる。
「い、いや!帰らない!」
必死に腕を振り解こうとするけれど、彼の手は私の腕をしっかりと捕んで離さない。
今まで反抗らしい反抗をしたことがなかった私の抵抗に、彼が首を傾げる。
「どうしたのです?お腹もすいたでしょう?」
宥めるような、あくまで穏やかな声。けれど緩まない手の力。
それが「決して逃がさない」と言われているようで恐怖が増していく。
「いや!死にたくないの!」
私の金切り声に、彼は少し目を見開いたあとで静かに頷いた。
「ああ、知ってしまったのですね」
焦りも何もない、ひどく淡々とした声だった。
そして手の力を緩めぬまま、私を引きずるようにして強引に歩き出した。
「やめて!離して!」
逃げようと暴れるけれど、どんどん森の端が近づいてくる。
そして別の神官が視界に入った。
暴れる私を見て、その神官は不思議そうな顔をした。
「どうしたのです?」
「ああ、儀式のことを知ってしまったようでして」
それを聞いた神官は難しい顔になった。
「お願い!助けて!」
必死に訴えるけれど、彼はこちらを見ようともせずその表情は変わらない。
私の腕を掴んでいる神官は、なんということもないような調子で尋ねた。
「眠り薬を持っていますか?私はちょうど手元になくて」
もう一人の神官は、黙って懐から小さな瓶を取り出した。
薄黄色の液体が揺れる。
興奮した患者を無理矢理に寝かしつける時に使う強力な薬。
「助かります」
私の腕を強く掴んだまま、にっこり微笑む神官。
あまりに普段通りのその笑顔が怖い。
もう一人の神官は何も言わずに瓶の蓋を開け、中身を布に浸した。独特な匂いがここまで漂ってくる。
顔を背けたけれど、布を口元に当てられた。
強い薬草の匂いが、口を閉じていても鼻から入ってきてしまう。
くらりと目眩がして、私は意識を失った。