聖女の儀の後で side 神官B、C、D
「やれやれ、今回の儀式もなんとか無事に終わりましたな」
神殿の中庭で、数人の上位神官が話していた。
聖女の儀式は興奮と感動のうちに終わり、民衆は通例通りそのまま広場で祝宴を始めた。儀式と祝いの宴はセットだが、厳しい戒律により呑んで騒ぐことのできない神官たちは、それには加わらずに神殿へと帰ってきていた。
酒を飲むことは出来ないが、宴のため今日ばかりは外部の人間が神殿を訪れることはない。だから皆くつろいでいる。
「ええ、よかった、よかった」
今回は聖女が儀式前に逃げ出すというアクシデントがあったため神官たちの間にも緊張があったが、何事もなく儀式は終わった。
肩の荷が下りた神官たちの顔には、安堵が浮かんでいる。
「よかったと言えば、昨日の聖女の体は…」
気が抜けた一人が昨夜のことを思い出し、舌舐めずりをした。
他の神官たちもそれにつられ、興奮した声を上げる。
「素晴らしかったですな!二十年の禁欲生活をすべて叩きつけるには到底時間が足りませんでしたが」
「そうですな。あの白く滑らかで穢れを知らなかった肌が、戸惑う間も無く淫らな欲望に汚されていくのを見ているだけでもう」
「何が起こっているのかわからない、と言いたげな怯えた目がまた唆ってーーー」
と、そこへ背筋をピンと伸ばした老齢の神官が通りかかった。神官長だ。
「これ、そのように言うものではありませんよ。昨夜のあれは、あくまでも儀式。穢れを聖女の身に下ろすために必要な、我々の責務だったのですから」
神官長は眉を顰めそう苦言を呈すると、その場を立ち去った。
その後ろ姿に、神官たちは反省する様子もなく悪態をつく。
「何を綺麗事言ってるんだか」
「「これも神官長の務め」だとか言って、一番最初に聖女に『儀式』を行ったくせにな」
「あの歳でよくやるよな」
「これまで孫のように可愛がってたくせに」
「あの欲望に血走った目、凄かったな」
「腰つきもな!」
「ははっ!違いない」
彼らの脳裏には昨夜の神官長の浅ましい姿が焼きついていた。そのため尊敬の念はかけらもない。神官長などと呼ばれ澄ました顔をしていても、一皮剥けばただの獣。欲望を持つただの男だと。
しかし、一番最初に聖女を穢す度胸が彼らにはなかったのもまた事実だった。
流されて。
仕方なく。
皆がしたから。
上位神官の責務だから。
長年続いている儀式だから。
民を信じさせるために必要なことだから。
どうせ既に、聖女は穢れてしまったのだから。
多くの言い訳がなければ動けない者たち。
多くの言い訳さえあれば、自分は悪くないと思い込める者たち。
そういった者たちの手によって、聖女は堕とされ壊され贄にされたのだ。
神への、ではなく民衆へと捧げる贄に。
「まあ俺たちは、普段娼館に行くわけにもいかないからな」
「二十年振りじゃ、ああもなるか」
散々こき下ろした後で、彼らは神官長に理解を示して寛容な振りをした。
「こうやって、あの気取ったお為ごかしを笑って受け流せるのも『聖女様が我々の穢れを引き受けてくださったおかげ』ってね」
「聖女様々だな」
「ありがたい、ありがたい」
自らをも、無意識のうちに貶めて。
聖女の儀の仕組みを知ってしまっているが故に、何も知らない民衆たちのようには穢れの消滅を信じられない哀れな彼ら。
そんな自らの哀れさから目を背けられる、幸せな彼ら。
「さて、少ししたら次の聖女を選ばないとな」
「聖女の選定は、我々の大事な役目の一つだからな」
「また、どこかの孤児院から連れてくるんだろ?」
「二〜四歳の金髪碧眼の女児、か」
「おっと、『見目のよい』が抜けちゃ困るぞ」
「そうだな」
二十年後を想像して、彼らは嗤う。
「綺麗なものが堕ちる方が民衆は興奮するからな」
「何より、俺たちの『秘された儀式』のために、な」
「くくっ、そうだな」
「ああ。『全ての民の穢れを祓うための聖女』をな」
完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。




